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 青龍王子の寵愛を受けていた緑林領(りょくりんりょう)の娘が、そして黒龍王子の寵愛を受けていた淡彩領(たんさいりょう)の娘が、身ごもったことが明らかになったのはほとんど同時期だった。


(ついに、きたか)


 白露は、唇を噛んだ。これで青龍か黒龍のどちらが王の系譜を継ぐのかが分かるのだ。

 カンヘルの印を子供に継がせることができるのは、誰か一人。基本的に、一番大きなカンヘルの印を持つ人間だ。この場合は、青龍王子だろう。


「そっかぁ。じゃあ、どっちの兄上でもどうせ二番目の子供で僕の印はなくなるよね。じゃあキリュー、僕、最後に母上の所に帰りたい」

「え?」


 自分の聞いた言葉が信じられず、白露は白龍の言葉を聞き直した。


「母上に会いたい。だって僕、もう不要でしょ?」

「白龍様」


 どう返事したらいいのか分からず、白露は立ち尽くした。

 その日は、使用人達が来ていたが、懐妊の知らせに浮足立っていた。

 その中の責任者に白龍は声をかけ、

「明後日、来る時に僕を母上の所に連れていって。どうせ僕、その後はどこかで余生を過ごすだけだから、最後に母上に会いたい」

と、伝える。


「かしこまりました。では、明後日に参ります時にお連れいたしましょう。本日の内に、王宮へも知らせを出しておきます」

「ありがとう」


 そんなやり取りが耳を通過していくのに、白露は何も言えなかった。


(行かせてはいけない。いや、だがここにいても・・・)


 そうなると使用人達も慌てて今日はもう帰ると言い出す。というのも、王宮へ知らせを出す以上、その手配が早くないと間に合わないからだ。

 いなくなってしまった使用人達だが、二人しかいない生活とあって、別にさほどしてもらうこともない。

 誰もいなくなった部屋で、白龍が白露を振り返る。


「長い間ありがとう。キリューもこれで僕から解放されるね」

「白龍様、あなたはそれでいいのですか?」


 自分でも何を問いたかったのか、白露には分からなかった。

 いつだって白龍はそうだ。物わかりよく、微笑んで終わらせる。


「あなたはっ、少しは足掻こうって思わないんですかっ。悔しいなら悔しいって、そう言えばいいでしょうっ!」

「・・・言ったって、何にも変わらないよ。キリュー」


 両手を大きく空に伸ばして、白龍はベランダへと歩いていった。


「何を言ったって僕の言葉は誰にも届かない。だったら諦めて受け入れるしかないじゃないか」


 はっと、白露は吐き捨てるように言った。


「ご立派なことで」


 どうして苛立つのか、自分でも分からなかった。白露にしても、ここで本当に白龍が泣いて暴れて叫んだところでどうしようもないというのに。

 大体、青龍や黒龍の相手が妊娠するかしないかなど、白龍だってどうしようもあるまい。


「立派、なのかな」


 ゆっくりと伸びをした後、その手を下ろして白龍は呟く。白露の方など見もせずに。


「僕はさ、別に立派に生きているわけでも何でもないよ、キリュー。もしかしたらキリューは、いつか僕を誰よりも軽蔑するかもね。だってそうでしょ? 永遠に立派な人だなんて死者しかいないもん。・・・キリュー、僕にとってもキリューだけは本当に分かんなかった」


 その大人びた口調に、白露もつい苦笑する。


「いつからそんな背伸びしたことを言うようになったんでしょうね」

「いいじゃない。もうこれで終わりなんだから。七年間って、結構長かったよ」

「そうですね。思い起こせば七年、ずっと一緒でしたね」


 青龍王子19才、黒龍王子18才、白龍王子17才。そして霧生白露は22才。

 初めて白龍がこの第三の宮殿に来てから、七年が経っていた。

 そこでくるりと振り返って白龍が首を傾げる。


「ねえ、キリュー。一つ訊いてもいい?」

「どうぞ?」

「なんでそこで、まるでキリュー、懐かしそうに言うの? 本当は僕のこと、嫌いなくせに」


 白露は息を呑んだ。


「ずっとずっと不思議だった。だけど僕にはキリューしかいないから言わなかった。それでも、もう最後だから訊いてもいいでしょ? どうして嫌いな僕に、キリューはいつも嫌いじゃないかのように振る舞ってたの?」


 白露は、返す言葉を持たなかった。

 何かを言おうとして、言えずに黙りこむ。


「ごめん。そんなの言いたくないよね。悪かった。じゃ、僕、用意もあるから」

「あ・・・」


 白龍が部屋を出ていく。

 引き留めようとして、それでも白露は引き留める言葉を持たなかった。

 そんなことはないと、言いたかった。

 叱りつけていたのをそう思われていたなら心外だと、そう言いたかった。


(俺は、何を言い訳しようとしたんだ?)


 白龍の言うことは正しいのに、どうして自分はそれを恥じているのだろう。


(そうだ。別にもうこれで何も隠さなくていいじゃないか)


 なのにどうして、自分は後悔しているのだろう。


(あんな意を決したような顔をさせてしまっただけで)


 あんなにも、自分は王子をこの手で殺す日を待っていたのではなかったか。


(こんなにも心が痛むのは何故なんだろう)


 たかが相手は、カンヘルの印をいずれ失うだけの粗悪品だというのに。

 今の表情が心に突き刺さらずにいられないのは、何故なのだろう。






 霧生領に帰るようにとは言われたが、白龍が王宮へと去った後も、白露は第三の宮殿に留まり続けていた。

 青龍と黒龍、どちらが次代の王になるのか確認してから帰ろうと思ったからだ。


(あの王子一人がいなくなっただけで、こんなにも静かになるとは)


 今までも二人で暮らすには広すぎると思っていたが、一人で暮らすぐらいなら、それこそ第一か第二の宮殿の片隅にでも暮らさせてもらった方が良かったのだろう。

 けれども自分がいなくなったら第三の宮殿は完全閉鎖されるのが分かっていた。白龍の荷物も全く残っていないわけではなかった為、白露はそこを去る覚悟がつかず、ただぼうっと移りゆく日々を眺めて過ごしていた。


(食料だけ、第一と第二に運ぶついでにこちらに差し入れてくれと頼んであるしな)


 白龍がいないなら、使用人を来させる必要もない。

 誰もいない宮殿で、ただ思い出だけを数える日々はその寂しさに逃げ出したくなったけれども、それでも白龍との接点をなくす踏ん切りをつけられなかったのだ。


(子供が産まれるまでだ。そうしたら、俺もここと永遠に別れられる)


 恐らく白龍は、やがて王宮で暗殺されるだろう。

 その価値を失った「かつてカンヘルの印を持っていた者」は、その後も特権意識を持ち続けるのが分かっているので処理されるのだ。


――― 本当は僕のこと、嫌いなくせに。


 あのまっすぐ見据えてきたその瞳に、自分の心が射抜かれた。

 その通りだ。自分はずっと白龍が嫌いだった。

 だけどどうして自分はあの王子に会いたいと、そう願ってしまうのだろう。


(あなたがいなくなっても、花は咲くのに。あなたがいなくなっても、雨上りには虹が出るのに)


 白露は、白龍が使っていた部屋に行っては、その寝台に座っては懐かしまずにいられなかった。


 ガチャッ。


 宮殿の表玄関の扉が開けられた音がした。

 誰か来たのだろうかと、慌てて白露が様子を見に行くと、そこには背中に大きな荷物を背負った白龍がいた。


「あれ? なんでいるの? キリュー、とっくに霧生領に帰ったんじゃなかったの?」


 そう。二人の産み月が近づいた頃、ひょこっと白龍は一人で戻ってきたのだ。


「白龍様っ? どうして・・・」

「ああ。母上にも挨拶したし、それに兄上達が心配だったから。そろそろどちらも産まれそうだしね」


 心配も何も、兄王子達とは遠目に姿を見ることはあっても交流などなかっただろうにと、白露は思い、けれども王子の背負っている大きな革袋は何なのかと、そんなことも考える。


「それよりキリューは何でいるの? あ、もしかして新しい王子だか王女だかの為にいるの? だけど10才までは王宮で生活することになるんじゃない?」

「違いますよ。単にどちらのお子が男か女か、そういった報告もなしに帰れないだけです」

「ああ、そうなんだ」


 同行していた者達は帰らせたのか、一人だけ入ってくる白龍だ。

 どうすればいいのかも分からず、白露はその後をついていった。


「珍しいね。キリューがその顔を出してるなんて」

「誰も来るとは思っていなかったので」


 白露は、体を覆うポンチョこそ纏っていたが、覆面頭巾(フード)は外していた。


「ふーん。ま、いいんじゃない? たまにはそうしてなよ。モグラにも顔ってあったんだね」


 それまで使っていた部屋に行き、白龍は寝台に寝っころがる。


「さすがに疲れたかも。おやすみ、食事までは起こさないで」

「はい」


 自分一人だと思っていたから今日の食事も適当にすませようと思っていた白露だ。


(なら少しは豪華にしといてやるか。甘い果物か菓子もあった筈だ。少し多めに作ってやろう)


 たとえ静かに眠っていても、あの王子がいるだけでこの宮殿に生気が満ちていく。

 白露の顔には微笑が浮かんでいた。




 どうやら白龍はこの第三の宮殿に戻ってくることを、ちゃんと伝えていなかったらしい。


「どうせもう僅かな間だしね。わざわざ使用人に来てもらう程でもないだろって思ったんだ。だけど僕の分が増えたんじゃ伝えとかないと、ご飯、足りなくなっちゃうね」

「いえ、別にもういいんじゃないですか。どうせ一人分も二人分も、食料なんて大して変わりませんしね」


 だから本当の二人きりで、白露と白龍は暮らしていた。


(嘘だ。俺が王子が戻ってきていることを伝えないのは・・・。時間稼ぎをしたいだけだ)


 けれども自分は決心などできるのだろうか。

 白龍をこの手で殺すのか。それとも誰かに殺させるのか。はたまた、・・・・・・全てを裏切ってこの王子を逃がすのか。


「なんでキリュー、僕の傍にいるの? 別に好きにしていていいんだよ? もしかして、前に僕が言ったこと、気にしてる? 別に気にしなくていいよ。僕、恨んだりとかしてないし」

「別に白龍様に恨まれているとは思ってませんよ。いいじゃないですか、せっかくだから植木の手入れでも一緒にしましょう」

「いいけどさ」


 自分の心が分からない。

 その時、自分はどうするのか。

 けれどもすぐに選択を突きつけられるであろう現実を考えないようにして、白露はその時間を独占したかった。


「キリュー、見てっ。ほらっ、こんな所に隠し扉があるっ」

「ええっ!?」


 宮殿の雨漏りの原因を調べていた筈が、ひょんなことから白龍によって見つけられた隠し扉。


「ど、どこに繋がってるのかな。キリュー、怖くない? この階段、細いし、とっても長い。これなら多分、地下に繋がってるよね?」

「中に入るなら灯りや縄やそういう物を用意してからです。いつの時代のものかも分かりませんし、途中で崩れたりしたらどんなことになるか。危険すぎます」

「そうだよね、真っ暗だ。何に使うんだろう」


 ぶるりと身を震わせた白龍だったが、白露には想像がついた。


(恐らく、ここを使って暗殺者がやってくるのだ)


 雨漏りだったから最上階の部屋を調べていたが、考えてみれば他の王子達の部屋は最上階の一番見晴らしのいい部屋だ。いくらカンヘルの印を持っていても、不死身ではない。寝ていたり、油断していたりする時に、背後から近寄られて刃物を突き立てられたら絶命するしかないだろう。


「非常用の脱出に使うものでしょう。ですが、ずっと手が入れられていなかった以上、途中で崩れるようになっていてもおかしくありません。かえって使用したら、誰にも気づかれることなく生き埋めになるのがオチです。・・・この隠し扉は打ちつけてしまって、使えないようにしておきましょう」


 白龍は白露を見上げた。


「いいの? そうしたら、ここ、使えなくなるよ?」

「いいんです。あなたが入りこんでいなくなったら、私がこんな危ない所まで捜しに来なくちゃいけないじゃないですか。私の仕事を増やさないでください」


 自分は何を言っているのだろう。


(他の奴に殺されるなんて冗談じゃないだけだ)


 白露は、道具を取りに行くと言って、その場を離れた。その時の、白龍の泣き笑いのような表情を見ることもなく。






 先に産まれたのは、第一の宮殿の方だった。つまり、青龍の子供の方だ。

 だが、重要なのはそこではない。


「子供に、カンヘルの印がなかった」

「なんだと? では、黒龍王子が王になるのか」

「いや、分からん。場合によっては青龍王子の(たね)じゃなかったというだけかもしれん」

「しかし、ここで黒龍王子の子にカンヘルの印が出れば、あちらが王になる」


 第一王子の青龍が緑林(りょくりん)領の娘に産ませた子供は男の子だったが、カンヘルの印はなかった。その知らせは、すぐさま王宮へと報告された。


「まさか青龍様のお子がカンヘルの印をお持ちでないとは」


 第一宮殿でそのことを聞いてきた白露が、愕然とした様子で椅子に座りこんで呟くのを白龍は小首を傾げながら見ていた。


「へー。別に僕、青龍兄上でも黒龍兄上でも、どっちが王になってもいいけど、そうなると青龍兄上はどうなるのかなぁ。だけど赤ちゃん、きっと可愛いよね。男の子かぁ」


 太平楽(たいへいらく)な白龍に、なんだか殺意さえ覚える白露だ。


(もし黒龍王子の子にカンヘルの印が出たら、青龍王子は殺されるだけだろうがっ)


 だが白龍にそれを教えてはいけないのも分かっている。白露は何も言わなかった。


「あのさぁ、キリュー。どうしてまた覆面頭巾(フード)かぶってんの? それになんでブツブツ言うの? 赤ちゃんなんだよ? ここはお祝いするところなのに、どうして嬉しくなさそうなの?」

「そりゃそうですけど」

「そうだよ。キリューってばホント、変な人だよね」

「・・・・・・」


 まさかこんなお子様から、常識ある自分に対して「変な人」呼ばわりされることがあろうとは。

 白露はそっちの方にショックを受けながらも、それでも言葉を飲み込んだ。




 やがて数日後。

 第二の宮殿に赤ちゃんの泣き声が響いた。こちらは女の子だった。


「こちらにもカンヘルの印がなかった・・・!」

「何故だっ、よりによって青龍王子も黒龍王子も、どちらのお子もカンヘルの印がないとはっ」

「まさか淡彩領(たんさいりょう)の娘も他の男を連れ込んでいたのかっ?」


 それこそ、第一と第二の宮殿がどよめく騒ぎとなる。

 特に、第一の宮殿にいる緑林領の娘と、第二の宮殿にいる淡彩領の娘には、密通があったのではないかと、子供を産んだばかりだというのにしつこく責められ、否定しても否定しても休ませてくれないという事態だ。


「白龍様。ここにあなたがいることは知られていません。どうぞ姿をおみせにならないように」

「うん? いいけど。だけど、王宮に問い合わせられたらすぐばれるんじゃない?」

「あなたがここに戻ってきたのは誰も見ていません。しらばっくれれば大丈夫です」


 自分は何を言っているのだろう。


(情か? ずっと一緒にいた間に情が移ったとでも?)


 けれどもこうなった以上、カンヘルの印を持つ人間はもう一人いるのだ。

 白露は、もしも二人が密通などしておらず、それが明らかになった場合のことを考えずにはいられなかった。


(白龍王子のカンヘルの印は本当にあるかないかの僅かなもの。王である筈がない)


 しかし白露の気持ちをよそに、第一と第二の宮殿には、王子達についていた者全員に調べが入る有り様だ。

 こうなったら白龍だって一気に注目されるだろう。いや、まずは子供を作らせてみようと判断する筈だ。白龍が王になる者かどうかを確かめる為に。

 そんな折のことだった。






 わあぁーっという騒ぎに、白露は目を覚ました。


(何事だっ? こんな夜中にっ)


 慌てて外に出て様子を見に行くと、そこで同じ霧生の一族である従兄の火焔(かえん)にばったりと会う。


「火焔っ、何があったっ!?」

「白露っ、青龍王子を見なかったかっ? 黒龍王子でもいいっ」

「どっちも見てないっ。この騒ぎで起きたぐらいだっ」

「二人の王子が逃げたっ! 白露っ、すぐに探索に加われっ。白龍王子はまだ王宮なんだよなっ」

「ああ、そうだっ」


 慌てて部屋に戻って身支度を整え、そして白露は白龍の部屋へ行った。


「白龍様。すみません、起きてください」


 返事がないのでいつものように勝手に開ける。だが、そこに白龍の姿はなかった。


「白龍様? どちらに?」


 寝台に手を当てれば全く人の温もりが残っていない。


(まさか・・・っ!)


 天啓のように(ひらめ)くものがあった。

 白露は、ばっと踵を返して第一の宮殿へと駆けつけ、そして大慌てしている付き人達の間をすり抜けて最上階へと階段を駆け上がった。


(ここも打ちつけられている)


 まさかと思い、第二宮殿にも行き、やはり最上階へと駆け上がってみれば、同じく隠し扉のある場所は打ちつけられて入りこめなくなっていた。

 それで白露は確信できた。


(繋がっていたのだ、あの三人は)


 今まで交流のなかった三人の王子が逃げ出したのが、偶然同じ夜だった。

 そう考えるよりも、三人で示し合わせて逃げ出したと考えた方がよほどしっくりくる。


(何故、逃げ出す必要があった? それは、殺されない為だ。白龍王子はあの階段の理由に気づいていた?)


 まさかと思うが、カンヘルの印を持つ子を作れない王子や王女は殺されるのだと、青龍と黒龍、そして白龍は知ってしまったのだろうか。だが、そんなことがばれる筈もないのに。


(いや、だからこそ白龍王子が・・・)


 それは勘でしかなかった。けれどもあの人懐っこい白龍なら、こっそりと青龍、黒龍と繋がっていたとしてもおかしくない。


(ならば白龍王子が脱出経路も考えている筈っ)


 青龍と黒龍には、誰もが細心の注意をはらって余計な情報を耳に入れさせないようにしていた筈だ。


(そういえば、王宮から戻ってきた時のあの大荷物の中身は何だったのか)


 青龍や黒龍の行き先は分からないが、白龍なら分かる。胸の中央にあるカンヘルの契約。かなり精神力と体力を消耗するが、その代償に自分達は知ることができるのだ。その絆が強い程、詳細に。


(あっちだっ! 森でも村でもなく、山の方向っ)


 けれどもそれだけで、膝をつきたくなるぐらいに体力を消耗した。だから頻繁に問えない。自分が動けなくなるからだ。

 外に出れば、人々が様々な方角を指差し合い、どこから捜すべきかを喚くように話し合っている。

 その横を、

「俺も捜索に加わらせていただくっ」

と、声を掛けるや否や、白露は山の方へと駆け出した。


(こっちの山は険しく、更にそれを越えても、今度は実りのない森が広がる。だから行かないだろうと判断されるが、白龍王子はそれを逆手に取ったか)


 だが、同じことを考えた人間は他にもいるらしく、かなり前方に灯りが見える。


(おそらく霧生の人間だ。馬鹿だな、どいつもこいつもどうして霧生の人間に従わなかった)


どちらにしても自分の先を行っているところが悔しい。しかし追い越せばいいだけだ。


「駄目っ。行っちゃ駄目っ!」


 そこでざざっと、いきなり斜め前方から一人の娘が現れて両手を大きく水平に広げ、白露の追跡を阻止した。


「・・・・・・輝映(きえい)


 覆面頭巾(フード)とポンチョを身につけていても、その声が分からぬ筈がない。

 どうしてこんな所にいるのかと、白露は驚いてその名を呟く。


「駄目。ここから先は行かないで。・・・白露」

「輝映、いつの間にここへ? ああ、赤ん坊が産まれたからってやってきたのか? 悪いがそこを通らせてくれ。俺は行かなきゃならないんだ」

「・・・どうして?」


 白露は、そこで口ごもった。

 理由なんて決まっている。

 王子を捕まえる為に。

 王子を処分する為に。

 王子を・・・・・・。


「輝映。顔を見せてくれないか?」


 そんな場合じゃなかったのに、白露はそう尋ねた。

 戸惑った様子だったが、輝映がその覆面頭巾(フード)を外す。

 近づき、白露はその顔を両手で挟むようにして持ち上げた。


「綺麗になったな、輝映」

「白露・・・。あ、あの、そういう場合じゃないと思うんだけど」

「ああ、そうだな」


 けれども、白露は彼女に言わなくちゃいけないから。


「ごめん、輝映」

「え?」

「ごめん。やっぱり俺は白龍王子の所に行かなくては」

「・・・・・・殺す為に?」


 白露は、「ああ」と、答えようとした。

 けれども、輝映にはその言葉を言えなかった。


「輝映、ごめんな。すまない。俺のことは忘れてくれ」

「え?」

「俺は、白龍王子を殺したくない」

「だけど、他の王子と一緒にいるんじゃ」

「そっちは後で考える。だけど、だけどな・・・」


 一度は結婚を申し込んだ相手だ。だから嘘はつきたくない。

 白露は自覚せずにはいられなかった想いを、そこで口にする。


「ごめん。俺、初めて会った時から、白龍王子にイカれてたみたいだ」

「はあっ!?」


 大きく口を開けた輝映だ。そりゃ、まさか男への愛を、自分に結婚を申し込んできた男から告白されるとは思わなかっただろう。


「ごめんな、輝映。本当に好きだった」

「ちょっ・・・」


 山の方へと駆け去っていく白露を、止めるに止められず、輝映は引き留めようとした手が伸ばされたままで固まるしかなかった。


「何なの、それ」


 その言葉を誰も聞かなかったのが救いかもしれないと思いながら、輝映はへにゃへにゃと赤くなって座り込んでしまった。

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