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 愛しているわ、ずっと愛してる。

 たとえあなたが、私のことを忘れてしまっても。

 あなたが、私を愛していなかったのだとしても。

 それでも私には、あなただけしかいなかったの。






 周囲を自然豊かな森や湖に囲まれたその場所には、五つの小さな宮殿が並んでいた。

 どの宮殿も造りは同じである。尚、現在使われているのは三つだけだった。残り二つは閉鎖されている。

 第一の宮殿に住むのは、第一王子である青龍(せいりゅう)

 第二の宮殿に住むのは、第二王子である黒龍(こくりゅう)

 第三の宮殿に住むのは、第三王子である白龍(はくりゅう)

 そこは、王子が10才から暮らすことが義務づけられる場所だった。




 エフリート王国は、様々な領土が集まってできた国だ。しかし、王は領土を持たない。王が持つのは権力と自分の宮殿のみ。

 それでも王が王でいられるのは、その体にカンヘルの印を持つからだと言われている。

 そのカンヘルの印は、ある血脈にしか出ない。そして、どんな時でも五人以上に増えることはない。カンヘルの印を持つ者が同じくカンヘルの印がある子供を儲けた場合、今までカンヘルの印を持っていた人からそれが消えていくからだ。

 カンヘルの印を持つ人間は奔放な性格の持ち主が多く、ゆえに子供の頃からきちんと教育を受けさせねばとんでもないことになる。

 失うわけにはいかず、かといって牢獄のような場所に閉じ込めるわけにもいかず、エフリート王国ではカンヘルの印を持つ人を丁重に迎え入れ、自分達の王として戴いたのだ。

 カンヘルの印。

 それは体のどこかに浮かび上がる緑色の杖の形をした痣とも言われている。その緑色の痣が大きければ大きい程、力が大きいのだと。

 





 10才になって第三の宮殿に連れてこられた時、エフリート王国の王子、白龍(はくりゅう)は心の底から悲しくなったものだ。


「つまり、僕、どうでもいい三番目だから、どこの領も放置ってことなんだね」

「よその領については分かりかねます。霧生(きりゅう)領から参りました。霧生の白露(しらつゆ)と申します。15才です。霧生でも白露でも、お好きな方でお呼びくださいませ」


 瞳以外の全てを茶色い布で覆った少年が、そう挨拶する。

 目の部分以外は全てを隠した覆面頭巾(フード)をかぶり、首部分だけをくりぬいたような茶色いポンチョで膝近くまでを覆っていた。しかし、下穿きとしてふくらはぎまでの長さのものを巻きつけてあるのだから、結局見えているのは足首程度のものだ。

 そのポンチョから手首はかろうじて出ているが、それでも全てが茶色い塊のように見えた。


白露(しらつゆ)って、(しろ)(つゆ)?」

「はい。白龍様と同じく名前に白がつくことから、これも何かの縁だろうと、今回こちらにお仕えさせていただくことになりました」

「そうなんだ。だけど白露も兄上達の方に行った方が良かったと思うけど。僕、どうせすぐにカンヘルの印もなくなるだろうし、だから誰もがここはどうでもいいって思ってると思うよ」


 投げやりな気分になりながら、白龍はそれでも精一杯クールに振る舞ってみせた。

 しかし、白露は何も言わずに少し頭を揺らすばかり。顔が見えなくて、白龍には何を考えているか分からない。

 白龍はどうしようかと迷い、そこで尋ねた。


「その格好、何なの? 気持ち悪くない?」

「霧生の人間は誰もがこのような格好をしております。青龍様、黒龍様にお仕えしている霧生も、同じ格好をしております。白龍様が白露を受け入れるというのであれば一度だけ素顔をお見せしますが、やはり違う人間の所へ行けとおっしゃるのであればこのままでおります。なぜなら霧生は、たった一人のカンヘルの印を持つ人間しか受け入れないからです」


 もしかして、本当にこの白露は自分の返事によってはいなくなってしまうのだろうか。

 白龍は、かなり考えた。とても考えた。

 やっぱり初めての場所は心細い。しかも白露がいなくなったら自分は一人だ。場合によっては、兄王子達に泣いて助けてもらわなくちゃいけないかもしれない。自分一人で何でもできるようにと教えこまれてきたけど、こんな大きな建物に一人は寂しすぎるし、怖い。


(そして兄上達の周りにいる人達にも笑われて馬鹿にされるのかな)


 それはとても悲しかった。

 結局、唯一の使用人になりそうな白露にこのままいてほしくて、それを受け入れる。


「では、お見せしましょう」


 その場で茶色い覆面頭巾(フード)を取り去り、そして体を覆っていたポンチョを落とし、中に着ていたものも脱いだ白露の体は、凄まじい程の刺青があった。手足や背中、肩や腹部といった体全体に、赤や青、黄や橙、黒といった色でほどこされた刺青が、不思議な模様を描く。翼のような、鱗のような、それでいて図柄のようなものが、その白露の体全体に生き生きと踊っているかのように広がっているのだ。

 白龍は息を呑み、泣きそうな顔になる。


「そ、それ、痛く・・・」

「痛かったです。しかし体が大きくなるごとに更に何度も色鮮やかになるようにと入れ続けていかねばなりません。そして白龍様、あなたのカンヘルの印で、私のここに触れてください」


 白露は自分の胸の中央を白龍に示した。

 自分のカンヘルの印が小さいことをいつも陰で馬鹿にされていることを知っていた白龍だ。恥ずかしかったが、それでも自分の左手首にあった緑の小さな棒状の痣をそこに当てる。


(あつ)っ」


 驚いて白龍が手首を離すと、白露の胸部に緑色の小さな棒状の痣ができていた。


「カンヘルの印が、・・・移った」

「違います。あなたのカンヘルの印を受け入れた証拠です。これで、私はあなたの霧生となります。・・・可愛らしい小ささですね、白龍様」

「ほっといてよっ」


 泣きそうになりながら、白龍は言った。まじまじと自分の左手首を見られたくなくて、急いでシャツの袖を引っ張って隠す。

 そして白露の体をじーっと見た。

 こんなにも沢山の刺青をいれただなんて、白露はどんなに痛かったことだろう。

 だけどその胸の中央に自分とお揃いの緑の痣ができているのが少し気恥ずかしくもあった。


「いつまでそれ出してんの。いいかげん、服着なよ」


 ぶらぶらと股間に揺れるものも披露していた白露だ。同じ男の子同士なのだからどうでもいいんだろうけど、さすがに一人だけ裸でいられると恥ずかしいし、こっちも見てしまうから隠してほしい。

 そう思って白龍が言うと、白露は「ははっ」と、笑った。

 自分よりも一本一本が太目な黒髪で、しかもお腹や太腿も自分よりも引き締まっていそうなところがちょっと悔しいと、白龍は思った。自分の髪は白露よりも細めだし、お腹もぽっこりしている。


「他の霧生は違う色の衣装でしょうから、私は常にこの茶色い格好で統一しておきましょう」

「え?」

「どの霧生もこの刺青を見せない為に姿を覆っているのです。だから声を聞くまで誰か分からない時もあります。ここには私以外、九人の霧生がいます」

「そうなんだ」


 だけど自分の前には白露一人しかいないからどうでもいいやと、白龍はあやふやな気持ちで頷いた。






 エフリート王国の中にある霧生領(きりゅうりょう)。そこの領主を務める霧生一族の一人、白露は父親に呼び出されていた。


「何の用ですか、父さん」

「ああ。今度10才になる白龍王子だが、お前がつけ」

「すぐカンヘルの印を失うと分かっている第三王子に、ねぇ」

「まあな」


 いやみったらしく言う息子に、父の(ほまれ)は視線を逸らした。


「本来は俺がつく筈だった青龍王子も横取りされて、それでいてオマケの第三王子って何それって感じ」

「そうだな。だが(かさね)は第三王子に誰も出さないそうだ」

「はぁっ!?」


 呆れて白露は父の顔をまじまじと見た。


「いや、いくらオマケでも誰かは出すでしょ。何の為に伯父さんだって子供をバカスカ作ったのさ」

「その子供を全員、第一と第二王子に出したんだから仕方ないだろ」


 自分の聞いた話が信じられず、白露(しらつゆ)は問い直した。


「通常、一人に一人か二人しかつかせないよね? まさか四人も五人もつかせたとか?」

「実はその通りだ」


 重々しく(ほまれ)は答えた。


「何考えてんのさ、伯父さんも。いくらカンヘルの印を持つ王の機嫌をとらなきゃいけないからって、側近に四人も五人も出す必要なんてないだろうに」

「それがな、どちらもかなりの気まぐれさをお持ちなのだと。一人や二人では遠ざけられかねないと踏んだらしい」

「知らないよ、そんなの」


 白露はくさった気持ちで言い捨てた。

 霧生の領主である伯父、霧生(かさね)は九人の子供がいる。正妻だけじゃなく妾にも産ませた結果だ。

 反対に(かさね)の弟である父、(ほまれ)の子供は長男の白露(しらつゆ)と長女の紅雨(こうう)、二人だけだ。妻も一人だ。


「三人の王子がいるって分かってて、自分の子供を全員第一と第二に出すって、最初からこっちに第三を押しつける気満々じゃないか。何なんだよ、伯父さんも」

「まあ、そう言うな。兄といっても俺達は双子だ。どっちが兄で弟かだなんて、実のところは分からん。だから襲は焦らざるを得ないんだ」

「別にもう領主は伯父さんなんだし、何を焦るってのさ。そんなんで俺の青龍王子付きを邪魔しといて、それでこれってひどくない?」


 勉強して出した成果も無視され、決まっていたそれを覆された屈辱。それを奪い取っていったのは血の繋がった従兄弟達だと思えば、父が弟だっただけでと惨めさが募った。

 父親が双子同士だからこそ余計に白露にとっては理不尽でしかなく、だからそれ以降は努力することをやめた。

 そのまま適当に生きていくつもりだったのに。


「そうだな。だが霧生すら誰も出さなかったら、それこそ他の領も誰も出さんだろう。10才の子供が一人で、広い宮殿で付き人もなく暮らすのか。お前なんぞ10才の頃には何かと母さんに泣きついてたってのになぁ。甘えて、何が食べたいとかねだり倒してたのになぁ。白龍王子は母親とも引き離されてたった一人、誰もいない宮殿で暮らさなきゃいけないんだな」


 息子の気持ちは分かるものの、誉もまた襲に対しては色々と気を遣ってきた。これはもうどうしようもないことだと、既に諦めている。

 だから目下のこととして、息子の罪悪感を刺激してみせた。


「お、脅す気かよ」

「まさか。だがそんな非情な兄のことを聞いたら、妹の紅雨(こうう)こそが名乗り出るかもしれんな。不甲斐ない兄を持ったことを恥じて」


 白露は押し黙った。誉も何も言わなかった。

 じりじりと、沈黙の時間が行き過ぎていく。

 頃合いだと判断し、そこで慈悲深くも哀れむような笑みを浮かべて誉は言った。


「気にするな、白露。女よりも女々(めめ)しい奴なんぞどこにでもいる」

「わーった、分かったよっ!! 行きゃいいんだろっ、行けばっ!」


 喚くように白露は負けを認めた。






 小さな宮殿といっても、三階建ての宮殿だ。一階毎に幾つもの部屋がある。兄王子達には、様々な領から付き人の子供達が出されているから、青龍王子も黒龍王子も三階の一番大きな部屋を使っている筈である。そして付き人達はどれだけ気に入られているかで、部屋の階数が違っていたりもすることだろう。

 けれども第三の宮殿に住むのは白龍と白露だけである。


「別にわざわざ三階じゃなくても一階の部屋でいいんじゃないかな」

「そうですね。掃除も面倒臭いですしね」


 最初は三階の部屋も見に行った二人だったが、階段を上がるのも疲れるだけだしと、一階の部屋を使うことにした。厨房も浴室も近い方が楽だからだ。


「来客用の部屋は二階に移動させて、一階は暮らしやすくしちゃいましょうか」

「じゃあ、ここが僕の部屋になるんだ? 白露(しらつゆ)はどこにする?」

「そうですね。じゃあ、こっちでいいかな」


 二人だけと思えば寂しくもあったように思えたが、かえってのびのびと暮らせそうだ。

 白龍は、景色もよく広々とした部屋に満足する。三階の方が眺望としてはいいのだが、扉を開ければすぐに食堂とかに行ける方がいい。


(だって遠いと怖い)


 人の気配があまりにもない宮殿は寂しすぎる。けれどもこれなら怖くない。白露の部屋もすぐ近くだ。

 

「授業も二階でやってもらえばいいだけです。どうせ客もいないでしょうから、一階を暮らしやすく好きにやってしまいましょう」

「本当は霧生(きりゅう)がしたいだけじゃないの?」

「まさか。だけど中庭の木にハンモックとかがあったら楽しいですよね」

「うんっ」

「一階から二階まで、中庭側に鉄棒か太い縄を固定しておけば、それをするすると下りてきてしまえば楽ですよね」

「あはっ。そんなことしちゃいけませんって怒られちゃうよ?」

「誰も見てないから怒られません。花壇の草むしりなんかしたくもないし、ここは中庭で犬か兎か、適当に何か飼いましょうか」

「いいのっ!? キリュー、すっごーいっ」


 シラツユと呼ぶよりキリューと呼ぶ方が舌もまわりやすいからだろう。白龍は白露をキリューと呼ぶことにしたようだ。


(キリューじゃなくてキリュウなんだがねぇ)


 白露はそう思いながらも、覆面頭巾(フード)に隠れたそこで小さな笑いを漏らした。






 明日、白龍の家庭教師がやってきて勉強時間になったら、その間にこれらを設置させようと書き出していったものを眺めながら、私室で白露は今日会ったばかりの白龍のことを思い返していた。

 もう白龍は寝てしまっただろう。

 白露が作った食事を食べる時も行儀は良かったが、やはり第三番目という肩身の狭さがあるのか、大人しいものだった。


(俺が皿を運ぶ為に席を外した時には、じーっと突き刺して匂いを嗅いだり、少し齧っては考えこんだりしていたようだがな)


 霧生で食べられるそれらは白龍に全く馴染みがなかったからだろう、本当はどれも()めつ(すが)めつ観察したかったようだが、白露の視線を意識してやめたらしい。しかし白露がいなくなったら、これ幸いと好奇心全開で見慣れない食べ物をツンツンとしながら恐々と食べていたのだ。


(良く言えば素直、悪く言えば考えが浅いってところか)


 白露が食事室に戻ってきた途端、背筋を伸ばして綺麗に食べるのだから笑うしかない。顔を覆う布にどれだけ感謝したことか。


――― いいのっ!? キリュー、すっごーいっ。


 それまで瞳に寂しさと悲しさを湛えながら精一杯つっぱってみせていた白龍が、自分が何かを提案していくごとに泣き笑いしそうになって、そうして最後には顔を上げて笑ったことを思い出す。


(何かとちょこまか動いてしまうのは、やはり小さくともカンヘルの印を持つからか)


 どんなに隠そうとしても表情に出てしまうのは、風を司るカンヘルの杖の下にいるからなのだろう。流れるままに、心のままに、風を止めたら風でなくなるように、カンヘルの印を持つ者は感情をも風に乗せて動き続けるのだ。


(素直で、本当は人懐っこくて、だけど諦めを知っていて、期待をしちゃいけないことをわきまえている三番目の子供)


 ああ、どうすればいいのだろうと、白露は思った。


(一番ムカつくタイプだ)


 だから、カンヘルの契約を自分から言い出して結んでしまったのかもしれない。まさに小さな、カンヘルの印。胡椒粒(こしょうつぶ)程度の大きさの痣など、無いも同然だろう。


(これじゃ契約しなかったと言っても、まず気づかれないだろうな。上からホクロでも描いておけば、うちの一族でもすぐにはばれない)


 初めてその姿を見た時から、目を奪われた。

 第三宮殿の入口に置いていかれて泣きそうになりながらも、宮殿の窓は予め白露が開け放していたものだから風に乗って舞い落ちてくる花びらに気づき、その手を伸ばして嬉しそうに笑った王子。

 そこで姿を現わした白露の、全身を隠すような格好を見てちょっと怖かったらしく、身をすくませながらも無表情を作ろうとした。

 年相応な小さな体で精いっぱい虚勢を張って、それでもこっちが近寄っていけばホッとしたような顔をする、どこまでも感情豊かなくせにそれを隠そうとする末の王子。


(カンヘルの印を失ったら処理するだけだというのに、どうして契約してしまったんだろうな)


 こんなにも無力なレベルなら、契約の必要はなかったというのに。

 自分の胸部についた白龍と同じ痣。

 その契約を消す為には、白龍を殺さなくてはならない。そうでなければ、新しいカンヘルの印を持つ者と契約などできないのだから。

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