第九十六話 深夜のシティバトル
力を吸い取られ身体が思うように動かない彦乃。
そこへ右腕を禍々しい剣へと変えたミカゲと名乗る少女が迫る。
「くっ…」
「無理無理、無駄だってー」
どうにかして逃げようとしても、身体に力が入らないのでは動くことすらままならない。
彦乃が這うように逃げている間にもミカゲは近づいてくる。
「ほぉらほら、変身でもして逃げないと すぐに…こうなっちゃうよ?」
剣を振り回しながら近づいてくるミカゲは、勢い待って廊下の窓の一枚を切り裂いた。
ガラスをまるで紙のように容易く切り裂いたあの剣で切り裂かれてしまえば、彦乃などひとたまりもない。
「変身…? スターライトの事も知ってるの?」
「スターライト? あぁ、今はそう呼んでるんだっけ?呼び方コロコロ変わるよねぇ」
なんて話している内にミカゲは彦乃の足元まで迫ってくる。
このまま手に持つ剣を振り下ろせば彦乃にそれを避ける術はない。
だが彦乃だって、このままダルマに切り分けられて生きているかも分からない状態で持って帰られるなんてまっぴら御免だ。
であれば、抗うしか生き残る道は無い。
「っぐぅ…」
「頑張れ頑張れー? ちょーっとづつ傷つけてあげるからー」
剣の切先を彦乃の肩へ突き入れるようにしてじわじわと刺し込んで行く。
今でこそ上着を切ったくらいだろうが、すぐにでも彦乃の肩を突き刺そうというのだろう。
「…どうして…」
「うん?」
「どうして…っ…そんなこと…するのっ!」
ゆっくりとだが力も戻ってきた彦乃は自分を踏みつけているミカゲへ問う。
剣を弄るような動きがピタリと止まった。
「どうしてって…?」
ミカゲの口角がぐいっと上がりニヤリとした笑みを浮かべる。
だがそれは決して無邪気だとか可愛いだとか、そういった物ではない。
どちらかと言えばこれは狂気だとか妄執だとか、そう言ったものの方が近いものだ。
「そんなの戦いたいからに決まってるじゃない…」
「っ!?」
「おっ?」
そんな顔を見ていて、彦乃が放っておけるわけもなく。
急に身体中に力が漲って来たかと思えばミカゲの剣を素手で掴んで起き上がる。
「さっき言ってた「あの子」って…」
「サクラの事?」
「やっぱり… ミカゲちゃんだっけ?キミの所に桜ちゃんが居るんだよね?」
見つけられていなかった桜への手がかりが、いきなり目の前に現れたのだ、それを逃がすまいと彦乃の手に力が入る。
指を切ったのか血が流れてしまっても気にするものか。
何があったってこの少女を逃がしはしない。
そう思う彦乃の意思が漏れ出していく。
「居るけど…何、あの子がそんなに大事? あんな出来損ないのスクラップが? 笑える冗談ありがとう」
「っ… 今、なんて言ったの…?」
「笑える冗談…」
「違う…」
「んー? あぁ、出来損ないの…」
ミカゲが全てを言い終わる前に、彦乃の左手の拳が彼女の顔面を全力で殴り飛ばした。
スターライトの時に付けている篭手が装備されていると気付いたのは、もう少し後の事。
少なくとも今の彦乃に、自分がどうなっているかなんて気付く余地もない。
「桜ちゃんを… そんな風に呼ぶ奴は…許さないっ!」
彦乃の怒りに呼応するように、アルタイルの輝きはどんどん強くなっていく。
炎がより激しく燃え上がるかのように。
「なぁにカッコつけてんだか…ねっ!」
「はぁっ!」
吹き飛ばされたミカゲが、お返しとばかりに何かを投げてきた。
だがそんな物、今の彦乃に通用しはしない。
それが例えガラス片の塊だって、彦乃はそれを蹴って返す。
「もいっちょ!」
「させないっ!」
もう一度、同じようにガラス片の塊を投げてこようが彦乃は容易く蹴り返す。
スターライトの時のような緋袴になっていると気付くまでもう少し。
だがまだ気付いていない。
「調子に乗って…っ!?」
「だあぁぁぁっ!!」
起き上がって彦乃へ追撃をかけようとしてきたミカゲだったが、既に遅い。
文字通りの一瞬で距離を詰めた彦乃の右手が再びミカゲを捉える。
足元から前半分にかけて持ち得る全体重をかけて、腕を渾身の力と共に…振り抜く!
相手が少女の姿をしていようが、それが脅威である事に変わりはない。
このタイミングで右腕も篭手に変化しているが、当然のように気付いてはいない。
「…アルタイルっ!」
仕上げにアルタイルを呼び出せばいつものスターライトとしての姿の彦乃がそこに立つ。
吹き荒れるルミナスが、まるで逆巻く炎の渦のように燃え上がっている所がいつもの姿とは言えないだろうが、それ以外には変化も無く普通の彦乃の姿である。
殴り飛ばされ校舎の外へ出たミカゲを追う為に、彦乃は牛頭を手に外へ飛び出した。
「やれやれ… いきなり殴るなんて酷いんじゃない?」
「っ?!」
追いかけた先で見たのは、傷なんてどこにもないと言った感じに無傷なミカゲの姿だった。
完全に顔面を捉えた拳が入ったのだ、傷が全くないのはおかしい。
彦乃の腕が普通の人間の状態だったとは言っても、なんともないのはおかしいではないか。
だって、それはつまりきっとあんな派手に吹っ飛ぶような事も無かったのだから。
「それも女の子の顔をさー? でも、これで戦う気にはなったでしょ?」
「…いいよ、戦ってあげる!」
牛頭を構えて地を踏ん張る。
足に力を集中させて、牛頭の推進力ではなく自分の勢いで戦う。
それが戦いで大事になってくる、そんな気がした。
「いいねぇー、そうこなくっちゃ…」
「けどっ! 私が勝ったら、さっきの言葉取り消して!」
「はーいはい、いいよ? なら、私が勝ったらー… あー。考えるの面倒くさいや、普通に死んで?」
ミカゲの方も準備は出来ているようだ。
さっきの剣をずっと握っているのだから。
「死なないよ だって、私が勝つから」
「おー傲慢 けど面白そうじゃない」
互いに距離を詰め、二人の剣筋が重なった瞬間から戦いは始まった。
何度となく押し返しては跳ね返し、推し込まれては耐えて見せるの繰り返し。
一進一退、なんて一言で言ってしまうのは簡単だが、彦乃はちょっと違う。
「はぁっ!」
「にっしし… はりきっちゃってぇ!」
ミカゲの剣を槍の切先で弾き返し、即座にこちらも攻勢へ出る。
だがそれもすぐ同じように弾き返されて攻撃を許してしまう。
そんなやりとりが暫く続く。
「くぅっ!」
「あーらら、もうおしまい?」
けれどそれも長くは続かない。
彦乃が完全に押し切られてしまったのだ。
けれどもそれっぽっちで挫けたりなんてしない。
「牛頭!」
「…あ、逃げた」
そう見えても仕方ない。
牛頭で空を飛んで一旦距離を置こうというのだから。
「ふーん、今度は鬼ごっこって訳? 上等じゃない そーれっ!」
「と、とりあえず一旦距離を…っぐ!」
距離を置いて仕切り直そうとしていた彦乃の下へ飛んできたのは、人の顔ほどもあるような岩だった。
しかも彦乃が気付かない程の速さで襲い掛かったそれを無防備な状態で食らってしまう。
流石にそんなものを食らってまともに飛んでいられるはずもなく、撃墜される形で学校の屋上へ転がり落ちていく。
「かはっ!」
地面に激突して更にダメージは増し、ついには吐血してしまう。
「よっと… んー? もうおしまい?」
「くっ…」
「さっき私を殴った時みたいなのはどうしたのー? そんなんじゃこのまま殺しちゃうぞー?」
どうやったのか、校舎を屋上まで飛び上がって来たミカゲは余裕そうな表情で言う。
実際余裕なのだろう。
狙った獲物を傷つけ甚振り楽しむ狩人のように。
「一瞬で片付けちゃおうか」
「っ!?」
彦乃が体勢を立て直す前に、ミカゲは急接近して彦乃へ切りかかってきた。
防御に集中していなかったらきっと首を切り落とされていただろう。
僅かに届いた切先が彦乃の頬を切り裂く。
「ダメなの? 面倒くさいなぁ…ん? ちょっと待った」
「…? 何を…」
攻撃してこないかと思っていたが、どうやら何か考え事をしているらしい。
というのが彦乃側の視点。
ミカゲ側はと言うと。
《いつまで遊んでいる? もうこっちは仕上がったぞ?》
《あぁ、アルタイルの子と遊んでたトコ。 それよりさ、あの子こっちに頂戴?》
《何? お前、何を考えている… と言っても無駄か。 面白い事なんだろう?》
《まあね、よろしくー》
とまぁ、こんな会話を頭の中でしていたのだが、それが彦乃に聞こえている筈もなく。
「…おまたせー、それじゃ行くよ? 半端もののアルタイル!」
「半端もの?」
ミカゲの言う半端ものの意味とは一体?
それを考える暇さえ与えずミカゲは彦乃へ苛烈に襲い掛かる。
なんとか防ぎ避ける事は出来ても今一歩攻め手に掛けてしまっている彦乃。
どうにかしてこちらかも攻めて行かなければそのうち押し負けてしまいそうだった。
続く




