第六十七話 彦乃と犬
長野での一件を終え、大阪まで帰って来た彦乃たち。
夜通しで車を走らせていたからか、朝日が昇ってくる頃には帰ってくる事が出来た。
休日な事もあって渋滞が予想されていたらしいが、幸運にも渋滞に引っ掛かる事無く帰ってくる事が出来た訳である。
「……」
「…zzz」
「気持ちよさそーに寝とるで、ホンマ…」
後部座席では彦乃を真ん中に織姫と桜が互いに彦乃に寄り添うように眠っていた。
帰路についた頃こそ彦乃と桜がギスギスした感じになっていたが、帰り道の間にすっかり和解してしまう。
元から桜が危険視していたのも、彦乃ではなく彼女が抱いていたキツネなのだから当然と言えば当然である。
「…それにしても、何だったの? 虎姫さんのあの威力…」
「シューティングスターモードでも無かったのにねー」
「……ん? あぁ、なんかキツネをちょちょいと撫でてやったら私のルミナスがブワァーってな?」
「ブワァーッって…ヘレンさん説明下手かいな…」
運転しながらだとなかなか言葉が出てこないという話を聞くが、ヘレンもきっとそれだったのだろう。
まして夜通しで運転をしているのだから尚更である。
会話に反応するのが遅れているあたり、眠さが押し寄せつつあるのが伝わってきてしまう。
「キツネ? 雲類鷲さんが抱えてたっていうキツネの事?」
「おう。 ただのキツネじゃなくキツネ型のデブリだったらしいけどな」
「デブリを庇ったって事? 何やってるのよウチのリーダーは…」
「まぁまぁ、そう責めたらんといてぇな」
とは言うが、美波の反応も当然と言えば当然である。
普通であれば戦うべき相手であるデブリを庇うなど、普通なら考えられない。
「ちょいと昔話してもええか?」
「……いいわよ?」
「さんきゅ。 そやな、あれは確か…10年くらい前やったかな…」
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「彦乃ー! 遊びきたでー!」
元気いっぱいの少女の声が神社の境内に響き渡る。
もし参拝客が来ていたら全員がその少女の方を向いていた事だろう。
閑古鳥が鳴いているような状態であり、参拝客など一人も見えなかったが。
そんな中に、黄色いワンピースに麦わら帽子と犬のキャラクターのポーチを提げた少女が玄関から友人の名を叫ぶ。
「……おっ、きたきた…」
階段を慌てて駆け降りる音がドタドタと聞こえてきて、途中で何か蹴飛ばしたのかガシャンと何かが倒れる音とバサァと書類を盛大にばら撒いたような音が扉越しにでも聞こえてくる。
「…んっ! あ、開かないぃ!? こんのぉ!」
扉の向こうで扉の鍵に悪戦苦闘する少女の姿が硝子越しによく見える。
古い家だとよくあるレバーを上げ下げして開閉するタイプの鍵が、どうにか開こうとがちゃがちゃ音を立てながら動こうとしていた。
暫くその様子を面白おかしく見守っていたワンピースの少女だったが、どうやら鍵が開いたらしい。
扉を開けて出て来たのは、赤い髪をしたサイドテールの少女。
「操ちゃん、ごめん! おまたせー。お茶入れてくるから上がって待っててー?」
「はいなー。居間で待ってんでー」
操を招き入れると、彦乃は今度はキッチンの方へと駆けていく。
忙しいものだと思いながらも上がった操は自分の言っていた通り、居間へ行ってくつろぐ事にした。
「…あれ、じっさま居らんのかいな…ったく、女の子一人で置いてどこ行っとんねん全く…」
「お爺ちゃんなら朝から集会だってー」
「あ、そうなんや。 あんがと、一個貰うで」
彦乃が持ってきたお茶を受けとった操は、そのまま床に座り込む。
外では蝉が五月蠅い程に泣き続けていた。
「…あ、そうや! 怪我の方もう大丈夫なんか?」
「先生はまだ走ったりしちゃダメだって」
「……さっき走っとらんかったか…?」
操が言っているのは、さっき玄関の外から彦乃を読んだ時に聞こえてきた足音の事だ。
聞いている限りだと、とても歩いているようなゆっくりとした音でない事は誰にだって分かる。
「だ、だって…操ちゃん待たせるのは悪いかなーって…」
「家の鍵はゆっくりしとけって言うとったけどな?」
「うぅぅ…」
困った顔をして彦乃はその場で俯いてしまう。
指摘されるくらいなら最初からやらなければいいと言うのは簡単だが、この時の彦乃はまだ7歳。
分かる事と分からない事がごった煮になっている状態なのだ。
「見せてみ…ん?」
「わんちゃん…?」
彦乃の怪我の具合を確かめようと服を引っ張ろうとしていた操は、庭から聞こえてきた鳴き声に手を止める。
それは犬の鳴き声だった。
鳴き声からして小型犬だろうか。
ただ、その鳴き声は明らかに様子がおかしい。
「なんや、ケンカでもしとるんやろか?」
「ううん…これ、一匹の鳴き声だよ。 様子見にいこ?」
彦乃に引っ張られるまま、操と二人で庭の方へ行く事となった。
そのまま庭へ行ってみるとそこには一匹の子犬が倒れていた。
身体中が傷だらけで、他の犬や猫とケンカしたというより一方的に痛めつけられたように見える。
「っ! ひどい…大丈夫?!」
「これほんまにケンカか? どっちか言うたら虐待とかそっちちゃうん…?」
彦乃が子犬を拾い上げてみると、どうやら相当に衰弱しているようだ。
季節的に暑い時の犬と言えば荒い息で体温を調節しているイメージが強いがこの子犬はほとんど息をしていない。
呼吸が出来ていない訳ではないようだが、それにしたって呼吸をする音が小さすぎる。
「操ちゃん、この子病院に連れて行こう!」
「病院…動物病院か? どこあったっけな…って、ちょ!」
操が携帯で場所を調べるまでもなく、彦乃は子犬を抱えて飛び出して行ってしまう。
その後を操が慌てて追いかけて行き気が付けば目の前には動物病院があった。
「はぁ…はぁっ…操ちゃん、あった!」
「やなぁ…どこやここ…?」
場所的には神社のすぐ近所だったのだが、それを二人が知るのはこの後神社へ帰って来てからの事である。
病院の場所を知っていた訳では無いのだが彦乃にはこの場所がなんとなく分かっていたんだとか。
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「そんな事が……で、それが雲類鷲さんの犬好きになる一番の要因と…」
「元から動物好きやったんやけどな。 でも、あの一件以降は犬が一番好きんなったんとちゃうかな」
「……? なんかイマイチパッしなくねえか?」
「そりゃ、彦乃に聞いても「最初から犬は大好きだよ?」としか答えへんねんもん」
確かにそれなら、彦乃が何時から犬大好きっ子になったかを完全に判断するには無理があるだろう。
当時の事件があったとはいえ、それ自体が原因であるという訳では無いようだし、真相は操には語れない。
「ところで、その犬はどうなったんだよ?」
「あぁ、後で調べてみたら近所で動物虐待やっとったオッサンとこから逃げてきたらしくって」
「サイッテー……でも、その子犬は助かったのよね?」
美波が操に聞くが、その表情は暗いものだった。
少なくともそこから語られる内容がハッピーエンドでない事だけは確定している。
「助かっとらんで。 遅すぎたんや」
「それじゃ…」
「彦乃の腕ん中で静かに…な ショックやったやろうと思うで…まして両親が死んでそんな経っとらん頃やったし、相当来とったんは確実やで」
後部座席ですやすやと眠る彦乃の背負う物を操の話を聞いて部分的だが感じ取った美波達は、改めて彦乃という人物についていくらか理解出来た気がする。
あくまで気がする程度の物かもしれないが、その一歩は意味のある一歩だった事だろう。
「話してくれてありがとう、鵠戸さん。 おかげでクリスマスプレゼントは決まったわ」
「え、私への?」
「輝のとはまた別よ。 雲類鷲さんへのプレゼントが決まったって事よ」
美波の言うプレゼントとは何かを聞き出そうとする輝だったが、美波は何度お願いされようが秘密にしている。
輝の性格を考えるに、いつどんな弾みでネタばらしをしてしまうか分かったものではない。
本当なら彦乃へのプレゼントを考えていた事自体を輝に知られたくは無かったのだが、知られてしまったものは仕方ない。
「あぁ、一つ言っとくけど子犬買ってくるとかはアカンで?」
「いや、流石にそんな買い物する予定はないんだけど…なんでよ?」
「じっさま…彦乃の爺ちゃんが動物あかんのよ。 やから犬猫なんか飼った事ない言うとったしな」
「犬好きの彦乃からしたら大変だろうな…」
犬や猫と遊んだ彦乃が帰ってきて、その服に付いていた動物の毛が原因で祖父が苦しんでしまわないよう彦乃はいつも気を付けているのだろう。
よく家へ遊びに行く操や織姫、一緒に住んでいる桜は知っているが玄関口には動物の毛なんかを取る為の掃除用具がいくつか設置されている。
ちょっとしたマッサージ感覚で服の毛を除去できる事もあってか桜はいつも彦乃にやってもらっているらしい。
「それに兄弟とかも居らんかったし、そういう意味でも桜はえぇ刺激になってくれとるんやろうね」
「刺激ねぇ……劇薬にならなきゃいいけど…」
先の衝突の件もそうだし、そもそも桜はデブリである。
今でこそ一緒に戦ってくれているが、その矛先がいつこちらへ向けられるか。
彦乃の為にと戦ってくれている桜だが、協力関係がいつまで続くかが問題になりつつあった。
事実、彦乃を守る為だったとは言え彼女へ武器を向けたという事には変わりない。
「もしかすると、これから先の桜の処遇が変わっちまうかもな…」
「かもしれないわね……まぁ、社長が雲類鷲さんを気に入ってるし、雲類鷲さん贔屓な作戦になっちゃうかもしれないけど」
「それでええと思うけどなぁ…」
最悪のケースである、桜の離反や裏切りを危惧していたヘレンや美波と違い、操は少し違った考え方をしていたようだ。
「もし彦乃と桜が喧嘩別れする事あったとしたって、それ家庭の問題っちゅーやつやし、ちっとばかし言い方アレかもやけど…」
「何よそれ…私達は変に首を突っ込まない方が正解って事?」
「ちゃうちゃう、桜の事は彦乃が解決すべきやなって事やって。 まぁ、それ以前に桜にそんな考えがあると思っとらんしな」
少し日和った考え方かも知れないが、それが操の考え方だった。
桜の事は彦乃が対処すべきだし、皆が考えているような裏切り行為に桜が出るとは思えない。
もし出てもそれに自分たちは関与するべきではないと。
「…まぁ、それも一理あるかもしれないけど…」
「まあ可能性の一つとしては考えておけよ? 絶対なんて言いきれないからな」
「……用心するに越した事はないゆう事で覚えときますわ」
少し暗い雰囲気が流れ出した所で車が止まる。
美波と輝の家が目の前にあったからだ。
「…よっし着いたぞ」
「ありがとうございました。 それじゃあこれで」
「ありがとうございましたー!」
「ちゃんと寝ろよー」
美波と輝を降ろして、ヘレンは次の場所へと車を走らせる。
次は彦乃の家だ。
そう言った時、操からある提案が出される。
「そうや、ヘレンさんて今日休みなんです?」
「ん? そうだけど…なんだよその顔?」
ヘレンが今日は休みだと聞き、操の表情はにやっとした物へと変わっていく。
「ヘレンさん、前一人暮らしやて言うてましたよね?」
「そうだけど?」
「彦乃ん家泊まって行きます?」
どうしてそれを操が決めるのかは分からなかったが、確かに一刻も早く布団で眠りたいという思いはあった。
夜通しずっと運転しっぱなしだったのだから疲れている。
家まではまた少し運転しなければならないし、一刻も早く家に帰るような理由がある訳でも無い。
「いいってんならそうするけど…なんでお前が決めてんの?」
「まぁまぁ、細かい事は気にせんと…ほら、着きましたやろ?」
「だな。 泊まってくかー。操、こいつら運ぶの手伝えよな?」
「がってん!」
こうして、ヘレンは彦乃の家に泊まる事となった。
手早く布団を敷いて、織姫の家へ連絡を入れて結局全員で寝る事になる。
織姫としても、目が醒めたら彦乃と一緒に寝ていたとなれば嬉しいだろう。
それはヘレンだって少なからず同じ気持ちの筈だ。
そう、これは操なりのサプライズと言う訳である。
「もうすっかり朝やなぁ…生活リズム崩れそうやわ…」
「すまねえな、寝ずの番させちまって」
「ええですって。 居眠り運転で事故られるよりは全然…たいした…ことや…ない…」
だんだんと消え入るような声になっていたかと思えば、言い切る前に眠ってしまったらしい。
だがそれを茶化すだけの余裕もヘレンには残されては居なかった。
そのままゆっくりと眼を閉じてしまえば即座に眠ってしまえる。
こうして彦乃たちは5人同じ部屋で眠るのだった。
つづく




