第四話 目覚め
「……やっぱり…」
「何…?あれ…」
「酷い…」
彦乃たちが到着する直前、強烈な風を感じた事からも薄々そうじゃないかとは思っていた。
建物が崩れるような大きな音も、ガラスが次々と割れて行く音も、考えている事を悪い方へと突き動かすには十分すぎる。
駆けつけてきた彦乃たちが目にしたのは、コンクリートが抉れ地面に突き刺さった結晶体のような物だった。
飛び散った岩石は周囲の車のガラスを割り、ボロボロにしていた。
映画で車が掃射を受けてボロボロになるシーンがあったりするが、あんな感じだろうか。
と、そこへ何か粉のような物が集まって行くのが見える。
「…?これは…?」
「分かんない……けど、人から出てるのは見たよ…」
彦乃の言葉にゾッとしつつも操は周囲を見回してみた。
粉のような物は風に流れるようにして結晶体のあるところへ集まって行くように見える。
それの出所を目で追ってみると、大通り沿いの店の数々からいくつも黒い筋が通っているのが分かる。
同時にそれが粉の集まりだと言う事もすぐに分かる。
「ホンマに人からなんか出とるんやな……」
「なんというか…これは…」
「……?そう言えば、織姫ちゃんと操ちゃんからは出てないね、その黒い粉みたいなの」
そう言えばと言われ、織姫と操も自分の身体をぐるっと見回してみる。
身体のどこからもそれらしい粉は出てはいないようだ。
「彦乃からはなんにも出とらんし、もしかしたらウチらもそんな風になれるんかもな」
彦乃と同じ、という言葉を聞いて一番うれしそうな顔をしたのは勿論織姫だ。
何やら手をわきわきと動かして悶えているようだが、見るに堪えない。
「何しとんねん織姫…」
「彦乃ちゃんと一緒彦乃ちゃんと一緒彦乃ちゃんと…はっ!?」
「織姫ちゃん…」
やってしまった。
こんな変態的な行動を見てしまえば、嫌われるのは必定、最悪罵倒される事も考えられる。
以降は近づく事すら許されない生活など織姫には耐えられそうにない。
しかし、彦乃はそんな事思ってなどいなかった。
「私も嬉しいよ?織姫ちゃんと一緒ならなんだって怖い物無しだよ!」
「彦乃ちゃん……私、もう死んでもいいわ…」
「だ、ダメだよ織姫ちゃーん?!死んじゃダメだよーっ!!」
「……なんやコレ…」
呆れた寸劇に肩を落とす操だったが、ふと様子がおかしい事に気付く。
粉が集まって行くばかりで一向に化け物の類が姿を現さないのだ。
そう操が気付いた時には、既に遅すぎた。
「…っ?!彦乃っ!」
「ん?なぁに、みさおちゃ…」
操の呼びかけに彦乃が答えたとほぼ同時の事だった。
前と同じく、それは足元から突然飛び出した。
いや、これはきっと飛び出したのではない。
地面スレスレの位置で口を開けて待っていたのだろう。
アナゴが地面から飛び出して獲物を取るような行動に出るのが以前の種類だとしたら、こっちはアリジゴクかゴカイのような物なのだろう。
穴を掘ってそこに潜み、獲物が来るのをじっと待つ。
そんな奴に、彦乃は喰われて姿を消した。
「彦乃ぉ!こんのっ!彦乃返せやアホぉ!」
「……え…?彦乃…ちゃん…?」
『あ、その声、操ちゃん?』
意外にも、その声は怪物の腹の中から聞こえてきた。
まぁ、彦乃が居る場所が腹なのか口なのか、それとも喉なのかは全く分からないが。
「彦乃ちゃんっ!無事なのっ?!」
『大丈夫だよ~?なんか手も足も縛られてて動けないけどー』
「何やてっ?!」
想像してみよう。
ミミズの化け物の腹の中で、触手めいた物に四肢を縛られて身体の自由を奪われた巫女装束の少女の姿を。
『なんかヌメヌメしてて気持ち悪いよー。あと真っ暗!』
「ヌメヌメっ?!」
『うぁっ!なにこ…ホントに何これこの細長いのーっ!?こっちくんなー!』
「……ゴクリッ…」
『ちょっ?!何して…ひゃんっ!やめっ…』
「いいぞもっとやれ」
『えっ?!織姫ちゃん今なんて…んぅっ!』
どんな事をされているのかはこれを読んでいる方々のご想像にお任せします。
後の展開を理解して羞恥に悶えるがいい!!
そこ!ご都合主義とか言わない!
『こん…のぉっ!……あ、出たぁ!』
「出たって何がっ?!」
『んっ…このまま突き刺すから、二人とも下がってて!』
「突き刺す?!」
『うん、ブスリと行くよ!』
「ブスリっ?!」
『せぇ…』
「ちょいまてぇ!彦乃ぉ!」
『のぉっ!』
彦乃の掛け声と共に、何かが突き刺されるような音と共に槍の切先が表れた。
「ちぇすとーっ!!」
「彦乃ちゃんっ!」
そのまま縦一直線に、まるで魚のワタでも取るかのように腹からバッサリと切り裂かれ、中からはワタではなく彦乃が姿を現した。
槍のブースターが火を噴いていてその勢いと共に彦乃が空高くジャンプする。
化け物の方はといえば、一撃が致命傷だったらしくその場に倒れて動かなくなる。
アナゴの開きのような形…とはとても言いにくいが、倒せたのだから良しとしよう。
「…自分から出てくるとかとんだ赤ずきんやな……あ、赤いわこの子…」
食べた主が狼でも無ければ事前に問答も無かったが、そこは気にしてはいけない。
大人の事情と言う奴だ。
「彦乃ちゃーん!大丈夫?何もされてない?純潔なまま?」
「純潔…?何言ってるの、織姫ちゃん?」
「…え?だって出るとか突き刺すとか…」
「あっ…」
ではかなり早かったですが、ネタばらしのお時間。
「……!あぁ、槍出そうとしてたんだけど、やっと出てきたって事。あと、これ突き刺した時にもし二人がコイツに触ってたら手ごと貫いちゃうかもと思って…」
「彦乃ちゃん……私、彦乃ちゃんになら貫かれてもいい……というか貫いて…」
「何言うてんねんお前は……ん?なんかおかしないか?」
「え?お菓子?ちょっと待ってて…って違うか!」
一体何世代前のボケをかましてるのかとも思ったが、操の直感はそんな事は全く気にも留めていない。
操の瞳はただひたすらに空を見ていた。
周りは6階建てほどのビルがいくつも並んでいる所為か、空を見渡すような事は出来ない。
だが、真上くらいならちゃんと空を見る事も出来るだろう。
その空は、未だに夜のような暗さのままだったのだ。
徐々に青い空が広がる事も無ければ、これといった変化は何も起きない。
「つまり……どゆこと?」
「アホ!また喰われんぞ!」
「彦乃ちゃん!後ろっ!」
彦乃には見えていなかった。
鋭い牙を持った、さっきのイモムシみたいな怪物とはまた別種のやつが突っ込んできている事に。
気が付けば、操と織姫は彦乃の腕を同時に掴み、後ろへ逃がすように思いっきり引いていた。
「二人ともっ!?」
「ほれ、これで安心やろ?」
「彦乃ちゃんばっかり…ダメだよ?」
彦乃が二人を見ると、そのすぐ背後には象のように大きな怪物の一対の牙のような角のようなそれが二人を確実に貫こうと、振り下ろされる所だった。
一瞬見たくないと目を閉じそうになる彦乃だったが、それとはまた別の理由で目を閉じる事となる。
「うぁ!眩しっ!!」
―
「………どこや、ここ…?」
操は、まるで天国にでも居るかのような錯覚に陥っていた。
周囲は眩しいまでに輝き、靄なのか雲なのか、視界がほとんど見えなかったのだ。
それに地に足も付いていないような感覚が、操には酷く気持ち悪かった。
「はは…天国かいな……まぁ、彦乃助けて死ねたなら本望やろか…?」
本当は、認めたくない。
こんなにあっさり死んでしまうなど認めてなる物か。
これから先も彦乃や織姫、他の友達らとも明るい人生を歩んでいくはずだったのに。
受験の為にと勉強を頑張って、もうそろそろその受験シーズンだというのに、まだ受けても居ないじゃないか。
それなのに、受験に落ちるどころか命を落とすなんて洒落にもならない。
「………死にたないな……死にたないよ……ん?」
そろそろ本格的に、大人げも無く泣いてしまいそうだったその時。
操の右手の中に何かが光り輝いているのに気付く。
まるで自分を元気付けようとしているかのようなその輝きに、操の心は揺れ動く。
「……なんや…これ……っ!?」
操が手に持つそれに意識を集中し始めると共に、それは光を収め始める。
徐々に光が引いて行った後に操が握っていたのは一本の小刀であると分かった。
手から肘程の長さの刃が光の殻を破って現れる。
そして、頭の中にある一つの名前が流れ込んでくる。
「そゆことか……ほんなら行こか、『デネブ』!」
―
「……彦乃ちゃんっ!?……どこ、ここ?」
織姫もまた、さっきまでとは違う空間に居る事に驚いていた。
透き通るような青い海の中を漂っているような、そんな空間だ。
ただ、徐々に海底の方へ沈んで行っているのであろう感覚もあった。
「深層心理…?でも海と心理って……いや、もしかしてこの場合の海って…」
何やらブツブツと考え込んでいる織姫だったが、自分がだんだんと沈んでいく感覚に我を取り戻していく。
「はっ!そんな事より彦乃ちゃんは!」
上を見ても下を見ても、何も無い空間が広がっているだけだ。
左右や後ろを見てもそれは変わらず、何もない海が広がっているだけ。
「彦乃ちゃんは助かったの…?ううん、それよりあの後はどうなって……自分の目で見ろって事?」
織姫の彦乃を想う気持ちに反応したかのように、織姫が握った拳の中で何かが輝き始める。
その光はあっと言う間に光が爆ぜ、織姫の手の中には片手で持つには少し大きいようなライフル銃が握られていた。
単にライフル銃と言っても、きっと世界のどこにも似たような形をした銃は存在しないだろうと思わせるだけのデザインをしている。
どちらかと言えば、近未来系ファンタジーモノに出てくるようなデザインのそれは核のような部分が虹色に輝いていた。
「これが私の……彦乃ちゃんと一緒が良かったなぁ…」
なんて言ってはいたが、きっといくらでも抜け穴はあるのだろう。
例えば、射撃型の方が彦乃の援護には向いているだろうとか。
たとえば、後方にいる方が彦乃の雄姿を見ていられるだろうとか。
「さて……彦乃ちゃんをあまり待たせちゃいけませんから……行きますよ、『ベガ』!」
―
「全く……見た感じ、ウチのエモノあんま防御に向いてなさそうなんやけど?」
「そんな事ないですよ。ほら、眼潰しはしましたから」
二人が一瞬、光に呑まれたかと思えば次の瞬間には姿を変えてその場に立っていた。
「織姫ちゃん!操ちゃん!」
「彦乃。怪我あらへんか?」
刀一本で敵の牙を受け止めていた操の姿は、彦乃同様、ついさっきまでとは違った格好をしていた。
パッと見ただけで忍者とわかるような黄色い装束に身を包み手には忍者刀と来ればもうだいたいイメージが浮かぶだろうか。
ただ、忍者にしては少し、いやかなり露出が多めな衣装である。
膝上丈の白いニーソックスと、動きやすさを重視してかギリギリ隠せるところは隠す程度の長さしかないスカートとの間には所謂絶対領域がこれでもかと存在感を見せつけてくる。
肩丈までしかない袖口からは脇が覗かなくても見える程だ。
胸元もまるで水着なんじゃないかと思う程に開け拡げられており、激しく動いていると胸がはみ出してしまいそうだ。
この時ばかりは自分のスタイルの良さを嘆く操だったが、だからと言って両手で隠して恥ずかしがるような余裕などない。
「なななっ……なんやねんコレ~っ?!」
「わぁぉ…操ちゃん、ナイスバディ~!」
「うっさいわボケーっ!!はよ何とかせぇや!目潰しした所で怯まんぞコイツぅ!」
「……鬱陶しい…」
ギャアギャアと叫ぶ操から少し離れた場所に、織姫は居た。
織姫の姿も同じく変化しており、こちらはファンタジー系の世界で言うお姫様のような青いドレスに身を包んでいた。
ヒラヒラと舞う丈の長いスカートには、元からそういう模様なのか、撃ち落としているミサイルのような物の飛沫なのか、青黒い水玉模様が彩られている。
両手で銃を構え、ただ冷静にトリガーを引き敵を打ち抜く。
その姿はお姫様と呼ぶには些か野蛮な気もした。
「織姫ちゃ…」
「私と彦乃ちゃんの間に土足で踏み込む畜生は…」
「へっ…?」
「微塵も残さず駆逐してやるわ!!」
「お、織姫ちゃーんっ?!」
本人は気付いていないだろうが、おおよそ女の子がしてはいけないような表情で、正確に敵を撃ち落としていく。
「ぐぬぬ……っ!?ちょ!待てや…彦乃、そっち行ったで!」
「分かった!……そこだぁぁぁっ!」
その場で足元をおもいっきり踏み締めた彦乃は、火を噴き始めた槍を構え、そして敵めがけてそれを投げた。
投槍の要領でぶん投げたそれは、少し離れた位置にいる敵めがけてすっ飛んでいく。
「まだだよっ!」
「ひこ…のぉっ!?」
その槍が敵を貫く寸前、彦乃は地面を思いっきり蹴る。
次の瞬間には、彦乃は槍を握って自身の勢いを槍に上乗せする形で敵に突進していた。
投げた際の勢いに足す事の、彦乃の体重と突っ込んだ時の勢い、更には槍の鋭さやブースターの加速等諸々を足して、それら全ては敵を貫く破壊力となる。
だが…
「こんのぉぉ……っ!浅いっ!」
「なんや今の……電光石火やな…って避けぇ!彦乃ぉ!」
彦乃の槍は、中心を捉える寸前に狙いを反らされたのか、敵の大きな牙の片方を圧し折るのみに終わった。
折られた牙は、宙を舞うミサイルのようなものをいくらか巻き込みつつ遥か彼方へと吹き飛んで行く。
だが、ミサイルの方もそれで全滅という訳ではなく攻撃を弾かれた反動からか身動きの鈍っている彦乃へ大挙として押し寄せる。
「…彦乃ちゃんには、指一本触れさせないっ!」
一筋の弾丸が、一気に10近いミサイルを撃ち抜き爆発させる。
それが何発か連続して続き、そのどれもが貫通を繰り返して爆発させたり誘爆で他の物を巻き込むようにしたりしていた。
「織姫ちゃん!ありがとうっ!」
「ありがとうだなんてそんな……それよりもっ!」
続けて織姫が撃ったのは、ミサイルではなく大型の本体の方だ。
眉間と思われる位置へ一発見舞うが、弾丸が貫通したのがいけないのか、撃ち抜かれているというのに何事もなく暴れ回っている。
「……チッ…」
「どないすんねん!アイツデカいだけやのぉて強いで!」
「もう一回さっきので…」
体勢を立て直した彦乃も含め、巨大な敵と対峙し対処に困り始めていた、そんな時。
「――こんな雑魚も倒せないなんて、貴女たちそれでもスターライトなのっ?!」
「えっ?!」
「なんやっ?!」
背後から聞こえてきた声の正体とは一体… 続く