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星にネガイを  作者: シロクロウサギ
第一章 序章
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第三話 巫女の一日

「…はぁぁ~、ジメジメするぅ~…」


 彦乃の変身事件から翌日。

 今日は月曜日だが学校の設備不良の点検がどうとかで臨時休校。

 つまるところが休日である。


「今日も人、あんまりこないなぁ~……シーズンでもないし仕方ないけど……シーズンって何…?」


 神社の入り口となる鳥居の下で箒を掃く一人の巫女服少女。

 それは紛れもなく彦乃だ。

 夏真っ盛りのこの季節に対し、彼女は愚痴をこぼしながらも掃除を続ける。

 境内に続く階段には誰もおらず、その奥の境内にも誰一人として居ない。

 特段これと言って神社のウリとなる物もないのでしょうがないと言えばそれまでだが。


「……」


「…?…参拝の方ですかー?」


 見た感じ彦乃と同年代か少し下くらいの少女が一人、道路の向こう側からこちらを見ていた。

 薄手のTシャツにキャップとカバンを提げた少女はこちらをじっと見たまま動こうとしない。

 まぁ巫女が珍しいとかそんな感じだろうか。


「……?…織姫ちゃんと同じ事してる……見えてないふりすればいいんだっけ、こういう時って…」


 以前、織姫も同じように遠くから監視するようにこちらを見ている事があったのを思い出す。

 確かあの時は操と一緒に近所の駄菓子屋で駄弁っている時だっただろうか。

 まるで話に混ぜてほしいけど話の腰を折るのも申し訳ないといった感じの視線だった。

 まぁあの時は彦乃が気付いて一緒にお喋りする事となっていたが。


「……それにしても、何だったのかな、アレ…」


 目の前にいる少女の事は一旦さておき、昨日の事を思い返してみる。

 あれだけの事があったのに、終わった後には彦乃たち以外は誰もあの出来事を覚えていなかったのだ。

 死にそうな形相で逃げていた人も居ただろう。

 しかし、その人も全てが終わった後には何も覚えていないらしく話しかけても馬鹿にされるだけに終わった。


「それにコレも…」


 彦乃が腕に付けている、タグの付いた細身のブレスレット。

 それこそが、昨日の事件の中心となるものだった。

 彦乃が変身を解いた後、気が付けば腕にはこれが付いていたのだ。

 付けたが最後取り外せない…ような事はなく、見た感じだとただのブレスレットだ。


「…巫女にしては洒落た物を付けてるわね?」


「うぉあ?!な、なんですかっ?!」


 さっきから物陰に身を隠しながらこちらを見ていた少女がいきなり話しかけてきた。

 しかもいつの間にか背後に回り込まれていたらしい。

 と言うよりは、彦乃が無視して後ろを向いていただけなので回り込まれた訳ではないが。


「これと言って用事は無いわ。ただ珍しいなと思って声を掛けただけよ」


「そ、そうですか…」


 喋り方のせいだろうか、彦乃には目の前の少女が見た目よりも年上に思えてしまう。

 だから、つい敬語にもなってしまうというものだ。


「それじゃ……また会えるといいわね」


「は、はぁ…」


 どうも向こうのペースから抜け出せそうにないと思い始めた頃になって、ふとその少女はその場を去っていく。

 一安心したと思うべきなのだろうが、どうも心がそう思わせてはくれない。

 なんと言い表せばいいのかが分からないが、直感的にそう感じたのだ。


「………あれ?もうこんな時間っ!?急がないと…」


 すぐ近くにある公園にある時計にふと目が留まると、その時刻を見て彦乃は大慌てで箒を納屋へ仕舞いに行く。

 時刻はまだ朝の10時ほどだったが、10時を回っているのがそもそもいけないのだ。

 この後には神楽の稽古が待っているというのに、入り口で駄弁っていたなどとても言い訳には出来ない。

 なお神楽と言うのは、神に捧げる舞の事であり誰かの名前と言う訳ではない。



「お爺ちゃんゴメン!用意に手間取っ…ちゃっ…て…」


 境内の脇にある、少し小さめの稽古場がある。

 たまに町内会の宴会やらに貸し出したりしているが、今はそんな予定などは無く中には何も無ければ誰も居ない。

 誰も居ないのが問題であり、彦乃もそれに驚いて言葉が詰まる。


「お爺ちゃ…ん…?なにこれ…?」


 戻って社務所や本殿を調べようとしていた彦乃は、入り口の扉に張り紙がしてある事に今更気づく。

 入ってくる時こそ大慌てだったから気付かなかったのだろうが、A4サイズの張り紙を見落とす程慌てるとかどれだけ慌てていたのかと自分で自分を叱っていた。


「町内会のお誘いがあったのでゲートボールしに行ってきます。夕飯までには戻るので、神楽の稽古は自分でやる事……お爺ちゃーん…」


 怒りを通り越して呆れて言葉も出ない。

 裏返してみれば片面印刷のチラシだったらしく、近所のスーパーの特売についての情報がデカデカと書かれている。

 どうやら卵のL寸が一パック50円らしい。日付を見ると先週の物だったようだ。

 どうでもいいと思う人も居るかもしれないが、彦乃にとってはあと少しで舌打ちしてしまいそうな程に惜しい事だったかもしれない。


「……しょうがないかな。ちょっとやりたい事もあったし…」


 ぼやきつつも彦乃は稽古場へと上がる。

 そこには勿論誰も居らず、書いてあった事が真実ならば当分の間は誰も来ない事は確実だ。

 そこで彦乃の思いついたこととは…


「……『行くよ、アルタイル!』」


 ブレスレットのタグに話しかけると、彦乃の身体が一瞬で光に包まれる。

 一瞬で光に包まれたかと思えば次の瞬間には彦乃はあの時の姿のままでその場に立っていた。

 暗く渇いた血のような髪は、今は鮮血のように鮮やかな赤色へと変わり若干だが長くもなっている気がする。

 前髪には星を模した形をしたヘアピンが付けられ、仄かに光を放っている。

 眼の色も黒色から一転して煌めく炎のような朱色へと変わっている。

 背格好や顔は一切変わっていない筈なのだが、髪と瞳が少し変わっただけで大分違った印象を見せている事だろう。

 服装は巫女装束に最低限の篭手や胸当てを追加した、侍女のような恰好だった。

 腰には見慣れない近未来的な物が一対備えられていてヘアピン同様にここも仄かに光っている。

 見た目的には刀の鞘のようにも思えるが、肝心の刀は刺さっておらず、そも挿す場所すらも無さそうだ。

 そして、その手には前の戦闘にて活躍してくれた槍もしっかりと握られている。


「やっぱりそうだ……だからなのかな…握り慣れた感じしてたのって…」


 その場で試しに2,3度振り回してみて、先日の違和感の正体を突き止める事が出来た。

 似ているのだ、神楽で捧げる舞の際に扱う神事用の矛に。

 神楽の多くは大幣や扇子を用いた物が主流だが、この神社では長柄の矛を使う物もあるのだ。

 彦乃はそれの練習をやっていた訳である。


「……はっ!やぁっ!……たぁぁぁっ!!」


 有段者もビックリする程の気迫と素早さでイメージの中の敵を相手に槍を振るう。

 あの時のように火を噴いて空を飛んだりするような事こそなかったが、きっと自分の意志でああやって飛ぶ事も出来るのだろう。

 と、ここで彦乃は直感的に何かを感じ取った。


「っ!?誰か来るっ?!……この感じ、織姫ちゃん…と、操ちゃん?」


 稽古場の扉は閉めていたし、二人の気配を感じるのは境内ではなく入り口である鳥居の更に向こう側だ。

 ただ、どうしてか彦乃には「感じ取ったのが織姫と操の気配である事」と「確実に神社へ向けて歩いてきている」という事だけは確信を持てた。


「か、隠れないと…でもどこに…」


 周りを見回してみても、なるべく広さを持つためにも稽古場は倉庫も何も置いては居ない。

 隠れようにも丁度いい大きさの箱なんて無い。


「って、そうだ。変身解けばいいんだ……って、どうやって解けばいいのーっ?!」


 変身する方法は理解していたが、その変身を解く方法については分からなかった。

 前に変身した時は、やる事全部やったら消えていったし、何をすればいいのかなんてわからない。


「………こうなったら…」


 彦乃が思いついた作戦とは一体…


「彦乃ちゃーん?ここー?」


「彦乃ー?大丈夫…みたいやな。すまん、邪魔したわ…」


「綺麗…」


 どうやら社務所や本殿は見て回って来たらしく、稽古場へ二人がやってきた。

 彦乃の予想通り、やってきたのは織姫と操の二人だ。


「……はっ!や!たぁっ!……あれ?二人ともどうしたの?」


「遊びに誘いに来たんやけど…神楽の練習中やし邪魔したらあかん思ってな」


 なるべく二人が来た事を悟られないよう、出来るだけ自然に、二人が来たことに気付いたよう振る舞う。


「ううん、いいよ。今日はお爺ちゃんもおでかけしてるし、暇だったから」


「神社空ける気かいな……しゃーない。今日はここで過ごす、ってのはどうや?」


「賛成でーす。ついでに彦乃ちゃん、さっきの舞、一通り見せてほしいな~…」


 操の提案により、半ば強制的に二人がここへ遊びに来る形となった。

 きっと最初は先日のモールのようにどこかへ遊ぶよう誘うつもりだったのだろうが、状況からして致し方ない。

 織姫のリクエストに、彦乃は二つ返事でニコリと笑って承諾した。

 多分その仕草だけで織姫は白米三杯余裕だったりするのだろうか。


「うん、いいよ。練習してた所だし」


「彦乃の神楽なぁ……ところで神楽て何?」


 それを聞いて呆れたようにため息ひとつ吐いて織姫が教えようとしたが、彦乃は「いいよ、見てたら分かるし」と言って織姫の解説の手間を省く。


「それじゃ始めるね。ホントは周りで小太鼓とかあるんだけど、型の練習だけだから何も無しで行くね?」


「任せるわ。ウチらは居らんと思ってくれや」


「……」


 操の言葉とほぼ重なるようなタイミングで彦乃は槍を構えて微動だにしなくなる。

 何度か深呼吸をして調子を整えて集中力を高めていき、そっと槍の尻を床に置く。


「………」


「おぉ…なんか様になっとる…」


 地面を踏み締め足音がしないギリギリの範囲で周囲をゆっくりと忍ぶように歩く。

 一歩一歩の動作ごとに無駄は無く、足は静かに動かし、槍は常に勢いを付けないようゆっくりと動かされる。

 しばらくの練習の後、一連の稽古が終わったようで彦乃の動きに厳かさが無くなった。


「……ふへぇ…できたぁ……二人とも、どうだった?」


「かっこよかったよ。一流の巫女さんみたいだった」


「……なんか、途中から変なもん見えた気したわ…」


 二人してだいぶ意見は違っていたが、どちらも褒めてくれている事はきちんと伝わっているようだ。


「ところで、その神楽はどんなものなの?」


「あぁ、それはウチも気になっとったんよな…」


 一言で神楽と言っても色々な物が、それこそ宗派ごとにいくつも存在する。

 その中のどれが、そしてどんな時に捧げる物なのかがふと気になった二人は彦乃に聞いてみる事となった。


「これはね、『河渡りの舞』……って名前にしようとしてるんだ~」


「しようと……って、彦乃ちゃんが考えたのっ?!すごい!」


「自作の踊りかいな……なんかテレビでも見て思いついたんか?」


 操の言葉を、彦乃はすぐに否定した。

 それはそんな軽はずみな気持ちで考えた物じゃないと。


「これはね?七夕伝説の織姫様と彦星様がちゃんと会えますようにって願いを込めたものなの。で、それを舞う人はその二人を無事に対岸まで運ぶ船頭さんなんだ」


「へぇ、ロマンチック…」


「ええ話なんやろなぁ…」


 二人が感傷に浸っていた、その時だ。


「えへへ……っ?!」


「どうしたの彦乃ちゃん?」


「…織姫、外見てみぃ?『暗い』で…」


 操が言うとおり、稽古場から見える外は昼前なはずだというのに夜のように暗くなっていた。

 玄関口の明かりも、光度センサーだからか暗さに反応して点灯している。

 まだあれから一日しか経っていないと言うのに、またしても同じ事が起こってしまった訳だ。

 そう判断するのが一番早い。


「……あ、ホントだ。こっち来てる」


『えっ?』


 いきなり何を言い出すのか、この巫女は。

 窓の方を見ても何も見えなければ、外を見たって何かが落ちてきているのが見える訳でもない。

 それだと言うのに彦乃には直感的に「何が来ているのか」が理解できた。

 目を閉じ意識を集中させると、頭の中にイメージが自然と浮かんでくる。

 前に降ってきた物よりいくらか大き目のモノが、コチラめがけて突っ込んできているのだ。


「彦乃ちゃん見えるの?!」


「え?ううん?なんかこう…イメージするみたいに見えるの…かな…」


「えらい半端やな……せやけど、これが異常なんは誰にかて分かるやろ。外出るで二人とも!」


 操が二人と共に外に出る。

 やはり外は暗くなっており、すっかり夜になっているのが分かる。

 森に囲まれているからか、余計に暗く感じる。

 そして空を見上げると思っていた通り何かが落ちてきているのが見えた。

 向きや角度を考えるにここではないにしてもすぐ近くへ落ちるだろう。


「あのまま行けば……スーパーに落ちる!?」


「あそこか!すぐ近くやないか…」


「行こう、彦乃ちゃん!」


 こうして三人は神社を飛び出して行った。

 結局は神社を留守にしてしまう事となったが、それは言わないお約束。  続く

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