風の賢者と従者
風の向くまま、気の向くままに、
目的地を目指して人々は歩む。
その先に待ち受けている者こそが、新たなる出会い
それは、風の導きか?それとも、月の導きか?
太陽の光が空の、彼方から地上の全てを照らしだし恩恵を与える。
そんな昼間の姿とは異なり、その力強い光りを借り受けた淡い光を持って、星々と共に月が地上を照らし出す。
風によって波が立ち上がり、その逆に波によって風が生まれる、一見しただけでも流れが激しいのが見てとれる程の海が在った。
昼間の太陽が健在だったとしても、その光は海底深くまで照らしだす事は叶わず。
昼夜を問わない、その『暗闇』の存在があった。
そんな『暗闇』を抱く海上に、もしも船乗りの姿が在ったなら、こう言っただろう。
ーー 満点の星空に夜よりも尚、暗い影が在ったと。
時代の唄を語るべく、世界を旅行く吟遊詩人に就く者達の耳に入ったならば、それはそれは畏れ慄いた様の怪談になり、時に酒場に、はたまた大きな街の端に座して彼等は、唄を広めその商売で懐を細やかでも潤しただろう、
ここに、そんな月と星々の明かりに、照らしだされた存在『魔王の城』が在った。
見渡す限り、月明かりが無ければ海と空の境目さえも区別する事叶わずと言った水面の上、遠く離れた陸地からもその城の姿を目にする事は叶わず、然りとて船で城の下に辿り着くことも叶わない。何故ならば、
彼の城を中心とする様に、海底から水面にかけて大きな渦が、獲物を今か今かと待ち行く蟻地獄の様に、その姿を見せている。…それも一つや二つの一目で数えるに容易い程では無く。
もしも、先に例えた時の様に海上に舟が在ったならば、幾ばくかの時間と待たずして、その姿をただの木の屑に変えてしまっただろう。言い得て表すならば、海の藻屑。そうなってしまってはいけないとこの地は、近く船乗り達の’‘言い伝え’‘として、近づく事が憚れて居た。
それだけでも、城に侵入など考えた日には、空を翔ける手段しか無いと。
ここまでの話を聞いた誰もが思う事であろう、…だが、その考えとは裏腹に堅牢な自然の力に守られたかに見える城は、その力を空を翔ける者達にも牙を向ける。
天高くその壮大な姿で世界を旅行く雲の下、風に流せれる事なく尚その力に逆らってその場に座する城には、
気流が生まれていた。
然りとてその気流は、只の気流に非ず邪なる化身の在わす城に触れた事によってか知らず、それとも他の何者
によってか、
邪な魔を孕んだ風の流れとなっていた。
その流れは、城を護るかの様に流れ、城をぐるりと囲う帯の様な輪によって球体を作るかの様に導かれていた。
これらだけを持ってしても、彼の城に近寄り難しと言える物に加え、その『何者か成る者』が更なる手を加えた物が『砲身』で有った。
脅威という脅威を潜り抜けた先に、それらを退けた猛者達を待ち受けた先に在るソレは、如何なる者で有ったとしても、攻城する事敵わない正しく堅牢、難攻不落の要塞と言わしめた物だろうか。
だが、どんな事にも始まりと終わりが有る様に、この日その難攻不落にも終わりが訪れる。
彼の城の終焉を飾った者達の名はマサト、そしてその一行であった。
この物語の主人公マサト達は、遺跡から発見された飛行する船、その技術を研究する者達の力を借りて、空を駆け抜け、城の前へと訪れた。
船乗り達の’‘言い伝えの地’‘その脅威を避け得るが為に、見つけた策である。
世界樹に宿る精霊、
その僕達の力を借りて気流を打ち破り、対空放火を魔術の最高峰『賢者』の力と精霊の力を持って打開した。
それでも、これらは彼に訪れた最後の試練、その数々の始まりに過ぎなかった。
そんな、激闘を見せた時間から、然程の時も経たないままに、この物語はまたも動き出す。
新たにこの世界で『記憶』を覚醒した者の手によって。
そして、その城は今、主だった者達の『殆ど』をマサトによって倒されてしまった、そんな難攻不落と、この世の誰しもがその城の存在を知ったのなら言うだろうと、
そう言わしめた城だったモノは、今は見る影無く、高度はみるみる下がり、まるで砂時計の様に中央部から崩れている。
その崩壊の激しい中央部に、白い影が走り抜けた。
影は残像を残す様に、下へ下へと真っ直ぐに落ちると、白い影から光の線が走り、白を追う様に落下して居た瓦礫を一つ、また一つと打ち砕く。
「くっ…崩壊が思ったよりもずっと早い…」
白い魔力を纏った影の名は、ナハト。その弟を腰に抱え重力のままに落下しつつ在った。
そして、先程の様に虚空に魔力の弾を召喚し、瓦礫へと放った。
だが、現状を打開するまでには至らず、次々と瓦礫は彼等へと迫って来る。
加えて脅威は瓦礫だけでは無い、今彼等の身体を縛っている重力に引かれ落下している先、海だ。
海、つまりは水だ。
高所から落下すればする程に、その水はコンクリートの様な役割を成すと言う。
覚醒した記憶の中で、かつて何かで見かけた記憶が過ぎる。
万が一自分が助かったとしても、満身創痍の弟が助かる可能性は…低いだろう。
加えて、ただでさえ荒れ狂っていた海の最中、瓦礫がいくつも落下して行くが為に、流れはかなり入り乱れているのが容易く想像に禁じ得ない。
ーーーー もしかしたら、海の中で瓦礫に挟まって…
…しまうやも知れないなどと、最悪の想像がナハトの中でいくつも思い浮かんだ。
「クソっ!、…何か……何か手はないか!」
不幸中の幸いにして、高すぎる地点から落ちたが為に思考を走らせる時間は幾ばくかはある。
最悪の想像と相まって、背中に夜の肌寒さとは違った寒気を覚えながらもナハトは、考えを巡らせた。
ーーー 自分が飛び出した場所に転移する…?いや、もう既に有るかさえ怪しい、
ーーー 一か八かに何処かへと転移してみるか……?
ーー だが、そもそも転移が成功するか?
ーー 変身する事は出来たが、焦っている、この状況で使えるのか?
ーーー いや一層の事、ブラックホールを召喚して、瓦礫…城だけでも吸収してしまう……
しまおうか、とそう思考の中で呟こうと、そこまで考えを巡らせいた時、
遠くの空から光が見えた。
「あれは……?」
その光は帯を引き一筋の線となる。
その一筋の光は、次第に大きく、大きく姿を膨らませ凄まじい速度でコチラに迫ってきた、そこでナハトの身体が、頭の何処かで前世では知り得ない警鐘を鳴らしている事に気づいた、
その警鐘を言葉にして表したならば、きっとこうだ。
ーーー これは何者かによる……攻撃だと、
この世界の様々な事に慣れていない、この世界の誰もが当たり前としている事、例えば『戦う力』さえも覚束ない、まるで大きな赤子とも言い得た状況の中で訪れた身の危険、
そんな現状で、ナハトが知り得る、遠距離攻撃の対策も間に合わない。そして、その対策も実際に使えると言った確証もない、今この身を支配するは、かつての『自分の記憶』。
その『支配』がこの世界に在った『自分の反射的行動』をもまた阻害する。
「なに…コレはっ…!?」
瓦礫を飲み込みつつ迫る光線の中で、咄嗟にナハトは、もう一つの彼の反射的行動を阻害した理由…、いやコレは正しい言い回しではない、守りたい者』のマサトを強く抱きしめる。
とそれと同時に、己が首元で風に遊ばせていたマフラーが光輝いて見せた。
その光は、刹那の時の内に球状の白い障壁へとその身を転じた。
次いで、ナハトを光の巨大な光線が飲み込んで行く。
視界焼いてしまいそうな強き光の光線、その最中に光に争う様に目を細めつつナハトは光を睨んだ。
「ぐっ……コレは…いったい…」
ナハトの疑問が口から零れ落ちる。
このマフラーから発生されているバリア状のモノは、今はマフラーに姿を変えているが羽衣の能力の一つ、
『月光の障壁』
光の屈折を用いて姿を偽る能力の他に宿す能力の一つである、
他に、羽衣の力に限度は有れども、相手の攻撃を受け流し、使用者を自動で守る能力をいくつか宿している。
今回のコレは使用者を守らんが為に羽衣が発動せしめた事。
月下美人がゲームの時代と同じ様に、今の自分に与えてくれた物に感謝したくなるのは、それは後程の事、今の混乱にも似た状態の最中の彼には、その事への考えまでは至る事はない。
なにせ、光の反対側、ナハトの背後以外は光で埋め尽くされているのだ。
側から見れば水道の蛇口の前に、ビー玉を置いて居るかの様な現状だ。そのビー玉の内側で薄皮一枚にも見える透明な硝子の向こうには、己が死へと仇なすやも知れない。そんな現状。
流石に羽衣も、巨大過ぎる攻撃は、受け流せないが為に障壁だったのだろう。とは思った事も、また後程この時を振り返って見た時の事だ。
そうして、その障壁も長くは続かなかった、次第にヒビが入り2人を守る透明な膜は鈍い悲鳴の様な軋みをあげる。
光線に瓦礫の雨の降る中を押し出され、障壁に守られながら当初の進行先とは違った海面に追いやられる彼等。
とうとう海へと落下せしめ障壁は、光と海との板挟みに会い、その衝撃には耐え切れなかった様で、
まるで、シャボン玉が地へと着いてしまった時の様に、硝子が砕けてしまった時の様な音を立てて、儚くも消えてしまった。
海中に沈み行く中、彼はマサトを庇い、障壁で多少弱まったであろう光線を背に受ける。
「がっ……はっ…」
その衝撃に、ナハトの口から空気が漏れ…、その身に映した『かつてのこの身』の姿が、
古くなってしまったテレビが、その役目を終えて虫の羽音の様な音を立てて消えてしまうかの様に、擦れて消えた。
その身は少女へと…ナフティアへと戻ってしまう。
ナフティアは遠のいていく、意識の中、
この攻撃の犯人の姿を思い浮かべた、奇しくも見に受けた痛みによって『前世の記憶』と『かつての魔王の下に居た自分』その身の警鐘が結びついた瞬間だった。
魔王とマサトの戦いの最中に、逃げおおせた科学者、
そして、『Light&dark〜太陽と月の兄弟〜2』においてラスボスである男の姿を思い浮かべ……
ナフティアは、弟を抱きしめながら、海の流れに飲まれていった。
ーーー その彼等の様子を見つめる影が二つ、
『ややや、ヤリマシタねー!!!ハハ博士!!』
『めめめ、命中シマシタヨー!』
『アアア、アンナ二、トオクノウゴク物体ニアテレルナンテー!』
片や全体的に丸く、頭と胴がくっ付き黒く丸い胴体から格闘家のグローブを思わせる手の形、その胴体を支える大きな足に関節部は管の様になった機械仕掛けの人形、端的に言い表わしたならば『ロボット』
その斜め前に佇む者は、よれよれの白衣に赤いホワイトシャツ、通称ワイシャツに、歳を思わせる白髪に髭を生やして居た老いた男の姿だった。
「とーうぜんじゃろ〜!!我が発明に不可能は無〜い!ハっハっハっ〜!」
『ソーデスヨネー!』
初老の男と、讃えるロボット。
彼等は童子の様に、はしゃいで嗤う。
「さ〜て、いくぞ、ボビット」
『エー?アイツラノシタイ、カクニンシナインデスカー?』
笑っていた初老の男は、突如踵を返すと何処かに向かうのか、歩み始める。
次なる目的を見据える様に、彼の眼鏡が怪しく月夜の光に輝く。
「よい、どうせこのぐらいでは、あの男も死にはせん……あの裏切り者もなあ」
老人は、そう枯れ気味の声で呟くと再び歩み始めた。
眼鏡の奥で、怪しく微笑みながら……。闇へと姿を消す。
『マッテクダサイヨー!ハーカーセー!』
ロボットも、初老の男を追う様に、闇へと姿を消して行った。
そう、初めから此処には誰も居なかった様に、先程までは確かに在った。
彼等の背後に見えた『砲身』さえも、影も形さえも残さずに消えてしまったのだ。
…………
時同じくして、何処かの白い空間……
「ナフティアっ!!マサトっ!!」
その空間の中に、響く女性の声があった。
空間の中は、何処かの神殿の様でいくつかの白い柱が見える、
女性は、その神殿の中央部で大きな鏡に身を寄せるように佇み、その背後に2人の男性が、膝を折って脆いて居た。
一見して先程の声の主は彼女だ。と分かる組み合わせだ。
その女性は白く輝く髪に、民族衣装を思わせる姿に、背後の男性らは一人は彼女と同じ和を重んじる民族衣装を見に纏って居る。
現代の宮司と巫女の立場が逆転したかの様な構図。
もう一人は、彼女らとは少し異なった出で立ちをして居た。
同じ和を思わせる着物を上半身に纏い、腰には藁を巻いて居る。座する傍らに木で出来た釣り竿を置き、それと共に鈴のついた白き刀を並べている。
頭の天辺から下まで白は、この場に居る誰もが同じだが、その刀から侍を思わせる男は一見鬼没にも見えた。
その3人の集まった中で一人だけ女性の彼女は、先程ナハトの前に顕現して居た、『月下美人』アメリアである、
鏡には、女性の姿は写されておらず、何処かの暗い海が映し出されていた。
「ナフティアっ!!マサトぉ!」
再び鏡に向かって女性の悲痛な叫びがこの場に木霊する、
されど鏡はその声には答えす、映し出されるのは相変わらずも荒れ狂う夜の海の様子だけだった。
彼女は、邪な力によって他の介入をも拒む’‘言い伝えの地’‘に、その強大な力振り絞ってナフティアに更新を求めた。
鏡に向かって、その時の様に両手をかざし、
だが、かざした両の掌に光が集まった直後、彼女は激しく咳き込んだ……限界だ。
そして、ひとしきり咳き込むと、集まった光は弾ける様に散り、後ろへと倒れこんだ。
「アメリア様!」
宮司の様な姿の控えていた男が叫ぶと、アメリアを支える。
「アメリア様、これ以上はお身体に触ります……お辛いでしょうが、どうかお休みください…」
「でも…」
アメリアは息を切らしつつ、一度目をうっすらと瞳を開き、彼の腕の中で何かに争うかの様に、立ち上がろうとする。
「アメリア様…どうか…貴女にもしもの事が有っては…、それにナフティア様達は、きっとご無事です、」
自らの手の中で、暴れる彼女に言い聞かせるかの様に男は極めて冷静さを装って告げた。
「他ならぬ貴女様の……お子なのですから、どうか…お休み下さい、」
確かな根拠など無いにも等しく、だがそれでも彼女の御身には変えられない。
時には仕えるべき主人の意に背く事も必要なのだと、そう彼は知っていた。
そう助言してくれた男は、彼等の背後で静かに、静かに鏡の向こうと…
そして、鏡の前に横たわる彼等を『立ち膝を立てて』見守っている。
自分が少し早かっただけ、それだけだ。
そう男に言われたアメリアは、一度男の方を見て口を何事かを呟くと……崩れる様に眠いについた。
「私は、大丈夫……か、」
言の葉として形作られなかった。彼女の声は確かに、従者の耳に届いた。
「ナフティア様、マサト殿…どうかご無事で…」
彼女を横抱きに、見上げた鏡に向けて従者の男は呟き。
彼女を、そのままに腕に抱えて、踵を返した。
波の音が聴こえる……
「うっ……」
明るさによってか、
ナフティアは薄っすら目を開けると、天高く登った太陽と青空が見えた、
「いっつ……あ…れ…わたし…海岸……?」
起き上がろうとしたが身体は言う事を聞かず、痛む身体によって、何者かの攻撃を受け海岸に流れ着いた事を悟った、
僅かに動く首を隣にむけると、その砂の向こうに自分と同じように海岸に打ち上げられる、マサトの姿がぼんやりと見えた……
何処の海岸に流されてきたのだろう、早く起きなければと考えるが、
身体が思うように動かず…再び、意識が遠のき始めた、
その時、ナフティアの顔の辺りに影がさす、
「だ……れ……」
僅かに動く首をあげるが、その者は逆光になってる上に霞む視界では、よく見えない、
「女、生きて居たか、」
男の声だ、影の男は、そうナフティアに声をかけると、それから口を開かずに横に座った。
男は、ナフティアの胸元へと両手を伸ばした。
胸元に伸ばされた手は、触れる事は無くほんのり発光し始める。
「女、危害は加えない、今は眠れ…」
次第に、夏を思わせる程に輝かしい太陽の下、
海岸に春の優しい涼し気な風が走る。
風は、男の翳した手にゆっくりと集まると、手の発光が強まってゆく。
白に近い紫髪の女、ナフティアは、目の奥に少し怯えが見え隠れする霞む瞳を、男と手で彷徨わせるが、次第にその大きな瞳を閉ざしていった。
ナフティアがの眠りに着くのを確認すると男は少しかがみ、少女の背中と膝裏に手を入れて持ち上げると、歩き出した。
彼女自身意識が有ったなら、間違い無く狼狽すると言うのは間違いない。なにせ性別は変わってしまったとは言えども、元・同性からのお姫様抱っこである。
男性の頃の気持ちが勝ち、藻がこうと必死になるだろう。間違いなく。
更に民族の衣装…現在の彼女は現代の日本の着物にも似た上半身の衣装に、青い折り目がついたミニスカートと言った姿である、女性的な気持ちが勝ったとしても、様々な意味で恥ずかしさを感じてしまうだろう。
男にどの様な意図が有ったにせよ、彼女の意識を失わせたのは、彼女にとって良かったのかもしれない。
ーーー 時間は、そこから少し遡って、
風が吹いた
ほのかに塩の匂いが感じられる風が、森の中を潜り抜け走る、
次第に森を抜け、草原にたどり着く、
風はその歩みを止めず、次第に人里へと流れ着く。
里には、木で作られた大小の建造物が存在し、その家々の外に並べられた布達を淡く揺らし行く、
潮風に乗って、食欲をそそる様な香りが混ざり始めた。
もうすぐ家々では、食事時なのだろう、人々の暖かい営みを思わせる。
空は、赤みを帯び、太陽も自宅の海へと帰って行き、風も肌寒さを感じ始めた、
そんな、村の大通りの真ん中を、二つの人影が進んでいる。
「お師匠さま〜、待ってくださいよ〜」
すると、二つ影の一つが声を上げる、幼くも可愛らしいソプラノボイスが、人気のまばらになった大通りに響く。
どうやら、前を歩く影に向かって悪態をついている様だ。
「……」
そんな声を背に受けつつも、その影は歩む速さを緩めずに進む。
「師匠お〜速いですってば〜!」
後ろの黒いローブを纏った少女は、若干の小走りになりながら、その大きな背を追いかけ横に並ぶと、
大きな背中の主、ローブの男を見上げる。
「どうして、そんな急いでるんですか〜?」
「昨夜、大きな魔力を感じた」
「えっ」
視線だけを彼女に向けて、男は言い放った。
「感じた魔力は、遥か北の方角、海の方角だな」
「ええっ!、それって…もしかして…」
「ああ、魔王の城がある方角でな」
大げさな反応を見せた彼女に対して、それは何時もの事なのだろう。驚きを見せた少女など気にも止めずに、
何処吹く風と言った様子で言葉を続ける男
「火の国の勇者達が、昨夜乗り込んだらしい、それにこの国や各国の精鋭達も援護に行った筈だ」
「大丈夫だとは思うが、この村に何か有ったら大事だ、村長に報告に行って一応、海岸まで様子を見に行く」
「急ぐぞ」
「ハイ!お師匠様!」
少女と同じく、黒いローブを纏った男は、そう言うと更に歩みを早め、村の中央に位置する、村長の自宅を目指す。
………
彼等は目的の村長の邸宅に辿り着いた。
「ふむ、村の北側で強大な魔力反応が、有った……と?」
男と少女は、程なくして村の中では大きめな二階建ての村長の自宅を訪ねると、
使いの者が現れた。
「はい、一応様子を見てくるべきかと」
「分かりました、すぐ村長を呼んで参りますので、『風の賢者様』と従者様、申し訳ありませんが少々お待ちください」
そう言い残して、使いの娘は、足早に二階へと消えて行った。
それから、別の者からテーブルのある客室まで案内されると、お茶を出され、
暫し待つようにとお達しが有った。
そして、道中駆け足だった少女は、ローブから頭だけを出すと、オレンジ色の髪を揺らしつつ、喉を鳴らして飲もうとするが、
猫舌なのか、直ぐに声にならない悲鳴をあげた、
男は、目頭を抑えて隣に座る自らの弟子が持つ湯呑みに向かって、指を向けると一瞬湯呑みが輝き、上がって居た湯気が薄まる。
冷ましてあげたのだろう、嫌そうな顔しつつも彼の優しさが見える。
「ありがとうございます!お師匠さま!流石です!」
少女は、藍色の大きな瞳で男と湯呑みを見比べと、男の黒い瞳を覗き込んで、花が咲いた様な笑顔を向けた。
「いつみても、仲が宜しいですな。」
そんなやりとりをしていると、杖をつき長いヒゲを蓄えた老人と、先程の使いの者が姿を見せた。
「お待たせして、申し訳ありませぬ、ほれ、お前達、お二人に茶菓子を」
現れるや否や、そう、使いの者達に指示をだす。
「いえいえ、お構いなく……」
「そうですかな?、従者の方の方は……」
老人に、視線で促されるままに隣の弟子に視線を向けると……目を輝かせている少女の姿が有った、
見るからに、茶菓子と言う言葉に反応している顔である…
「すみません…」
黒いローブの男は、顔半分に手をあてると、溜息を漏らして村長に謝った。
「よいよい、少々待って下され従者様、」
「ハーイ!」
元気良く手を上げる少女に、男は増す増す長い溜息を漏らした。
……幾ばくかの時が流れて、男は世間話もそこそこに切り上げて、いよいよ本題へと切り出した。
「話は伺っております、森の方へと調査に行きたい、と」
村長の言葉に、改めて気をとりなおした、男は応じる。
「ええ、この村周辺の魔物討伐の依頼、ギルドの依頼期間は、二週間」
「ですが、思いの外早めに終わりましたし、何より感じた魔力の質、そして方角が…問題なのです」
「ふむ、魔王ですな」
男性が頷くと、村長は思案する様にその口元の髭を撫でる。
「はい、火の国から侵略し始めていたそうですが、あの城は空を移動出来ると予想されます。」
「万が一の為に、早めに調査に向かい、最悪の場合皆に避難を促さねばなりません…」
移動速度は幸いにも、早くは無いと聞くが何せ相手は世界を敵に回す程の存在、油断は許されない、
男性の本拠地から遠く離れ、この地に依頼で訪れるまで、幾度と無くその話は聞いている。
男性はその話を何度か村長にこの村を訪れた当初からして居たが。勇者達の事や、一応最悪の場合の避難などの対応についても、話してある為まだ混乱などは少なく済んでいる。
ーーだが、昨夜のあの闇の魔力…自体が変わったのかもしれない。
「なので数日、この村を離れる許可を依頼主の貴方に頂きたく、こうしてやって参りました。」
「成る程のう、様子を見るだけなら村の者では、駄目なのかの?」
「最悪の場合を考えると、かなり危険です」
そう、もしも火の国での決戦に失敗して居た場合、魔王の城がこの緑と風の国『ガーランド』に向かってくるやも知れない。彼等の目的が人類の殲滅と言う噂が真なら『四大国家』を全て滅ぼそうとする筈。
幸い男性の立場や、能力的に機動力には長けて居る。など考慮しても自分が適任だろう、唯一の男性の気がかりは弟子の存在だが、連れて行けと駄々をこねるのは目に見えているが…、それが問題といえば問題だ。
師匠としても…、国の名を冠する一族の出と言う立場からも…そして賢者としも…
…最悪の場合の可能性を考慮していなければいけないだろう。
「村の周辺には、俺が結界を貼りました、万が一再び魔物たちが現れても、必ず守ってみせるでしょう」
男性は、老人の目を真っ直ぐにそう捉え述べた。…瞳に様々想いを宿して。
「分かりました、賢者様がそこまで言ってくださるのであれば、安心ですな、行ってきて下され」
男性と視線を僅かに合わせると、村長は優しく微笑んみつつそう返した。
「……いいのですか?」
「ハイ、他ならぬ、賢者様達の御言葉ですからの」
「ありがとうございます…」
「では、早速向かってみます」
微笑みを浮かべた老人に、男性は頭を下げると、早速立ち上がって背を向ける。
「こんな夜に出歩いて大丈夫なのですかな?」
夜は魔物が活発になる、『あの日』でないにせよ人里を離れるのは危険だ、
『赤い月』が姿を現わす…その『あの日』
通常であれば…大丈夫だ。
「はい、私達の事ならご心配無用です。大丈夫ですよ、そして、出来るだけ早めに戻ります。」
そう言って、男性は老人背中越しに笑って見せると村長宅を後にした、
……お菓子を口いっぱいに頬張り今まで会話に参加して来なかった少女を、引きずりながら、
「さて、行くか」
そう一言呟くと、村の出口から文字通りに、風に乗って問題の森の向こうの海へと向かって飛び出して行った、
一瞬で、男性の足元に広がる翠の魔法陣、彼は片足を前に飛び上がる。
風の抵抗は感じられなかったが、どんどん地上は離れて行く。そして…。
「むぐーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
首根っこを捕まれ、男の広い背中に担がれた少女の叫びが……
………夜の草原に、響き渡った。
そこで、二人はある一つの出会いを果たし、
その少女を助ける事によって、大きく世界の命運に関わって行く事など、
この時は、知る由も無かったのだ。
遅くなりました…