激突
一筋の光が、空を走る。
もしも、この光を遠くの夜空の下で見たのならば、流れ星の様に見えただろう。まるで空の一角から真っ直ぐに大地の方に向かい流れ行く、そんな流れ星の様に。
…『月の巫女の名の下に』
本当に流れ星だったならば、空の彼方で尾ひれの方から空に消え失せて影も形も無い、そうなる筈…だが。
……『その慈愛と狂気を秘めし、輝きの下。』
その光は、僅かに天上から太陽が傾きつつある時間においても尚辺りを爛々と照らし、そして…、
その輝きは、人々が願いを込める儚い星の刹那の輝きとは違い、触れた物を焼き尽くす天上の輝き。
…その光に、寄り添う様に小さな光の線が大地を走る。
大地を走る光は、天空を進む光の荒々しさとは異なり、静かに…静かに…瞬く。
時に青みを帯びる様にも見える大地の光…その光は、いまだ明るい日の光が空を照らす夕刻で有って尚、
空の彼方に見える、月を思い出させる様な光。
森の中の草達を掻き分け、森の木々を揺らし行く風の音の様な『声』と共に走る。
………『我に、その輝きの一端を貸し与えよ』
天上の光は、真っ直ぐに眼前の彼の者らを喰らい尽くさんと迫る。
人々が、平和に暮らす村に向かって……。
その地を守ろうとした『勇ましき男』ごと、焼き尽くさんが為に。
そして、大地の光と天上の光が進む先が交わるその地点に。
大地の光が僅かに先にたどり着いた。
だがそこで、まるで蝋燭の灯りの様な儚くも暖かみさえ感じる暖かな光は、吹き消されてしまったかの様に
…その姿を消した。
木から溢れ落ちた落ち葉の様に、何処からか溢れ紡がれていた歌の様な言の葉が、…いつの間にか…止んでいた。
その言の葉の名を知っている者は言う、その名は…
『詠唱』…と。
…突然、天上の破壊の光の向かう先に、別の光が灯る。
その澄んだ青い光は、キラキラと天の星々の運河を流れる川の様な帯を纏い、まるで天と地を支える大きな柱の様に、真っ直ぐに空へと立ち登って行く。
やがて、その光の柱に破壊の光が高い音を立てて衝突すると、聴く者を不快にさせる様な高い音を立てる。
「…ハァァァァァァア!!」
光の柱の根元、半透明な壁に包まれた中、人影が見える。
その人影は、己を鼓舞するかの様に雄叫びをあげて、手にした剣の切っ先を相対している天上の光に向けている。
そして、僅かに柱と光が交わると、破壊の光は大地の光の柱を起点として真っ二つに分かれて行き村の左右の森に直撃する。
消え行く天上の光の残滓が、大地へと舞い降りる中、人影はそっと呟いた。
……『変身』。
時間は少し戻り。
「すまないが、マナ。屋敷の方を頼む。俺は村の方を見てくる」
そう言い残し、あの人は走り去って行った。
「あ…師匠!…」
少女は手を伸ばすも、男の後ろ姿を見送るしか無かった。
「…さ…ま」
いつも呼んでいた、……お師匠様と。
その言葉を言い切る前に男、ゲイルは…森の道を駆け抜けて行き…見えなくなった。
お師匠様なら大丈夫、きっと無事に村を守ってくれる。…そう自分に言い聞かせて居ても、嫌な予感が胸が騒めく。
空に浮かぶ『アレ』がマナの不安を助長させる。
村のある方角より少し離れて居るココ、お師匠様の別荘からは、その全貌が見える。
空の一角を覆う姿は、下はお椀の様に丸みを帯びていて、その上にいくつかの建造物が並ぶ、まるで空を飛ぶ一つの街であるかの様だった。
「アレは……魔王城…?」
以前、己が師が言って居た、魔王城は空に浮かぶ城。
空は厚い暗黒の雲が覆い、鳴り止まない雷が海の向かっていくつも流れ落ち、むせ返る様な暗黒の魔力を潤沢に含んだ風が吹き荒れ、海は水の流れも早く数え切れない程の渦が起きていると言う。
だが、見える限り城と言える様な建造物は無く、中央に塔の様な物が見える程度であった。聞いていた事に対して眼前に見上げるソレは、禍々しい気配は無く…むしろ。
そう思った時だった。
『…もし?…マナさん?』
何処からか、自分を呼ぶ声が聞こえた。
「誰っ!?」
辺りを見回すも、人の姿は無い。
あるのは背後に見える屋敷と、先程の師達の戦いによって倒れた木々。
師の攻撃によって大地に凹みが出来た所などもある…、私が治させられるのかなぁ…。
そんな事は兎も角、自分以外の人の姿など何処にも無かった。
『申し訳ありませんが…、もう…時間がありません。』
「時間が…無い?」
こちらの問いとは別な言葉が返ってくる。
「それは…、どう言う…事?」
姿の見えない相手に対する恐怖に、言葉を選ぶ様に問いかける。
もしも相手がコチラに敵意ある者だった場合、何処から攻撃されるのか、まるで分からない。
空気がある所なら何処にでも居る筈の風の小さな精霊達に視線を向けても、困った様な目で返されるだけだった。
本当に、どう言う事なのだろう?。分からない事が多過ぎる。
精霊使い、或いは精霊術師、私の戦闘スタイルの事をギルドなど公的な物で指し示すとそう言う事になるそうだ。
世界に数多に存在する精霊達の力を、魔力を捧げる事でその力を借り受ける事が出来る。
比較的珍しい部類に入る職。本来人間が扱えるのは魔術だけなのだが、その魔術では成し得ない事さえも精霊の力を借りる事で可能とする存在。
だが…、触媒を使い、声に魔力を乗せて魔術を詠唱し放つ、もしくは魔法陣を描き魔術を構築する。そんな一般的な魔術師達と同じで、近接戦闘や奇襲の類いが苦手だ。
ある程度は、師匠様によって鍛えられてるおかげか、対応できる…とは思うけど…。もしも私の実力を超える存在だったとしたら…、今も自分では察知さえ出来ない。それほどの手練れ。並みの暗殺者でも…こうは行かないだろう。
大抵の場合、精霊達が察知してくれるのだから。…ソレに私の場合は他の精霊使い、とは大きく異なる存在だし…。
そこまで考えた所で、考えを切り替える為、頭を振った。師匠が教えてくれた考えを切り替える時の秘訣である。
今は、こんな事考えている場合じゃない…冷静に、冷静に…。
いや?待って、この声は、もしかして……。
「…あなた、もしかして…」
「ナフティア…さん?」
聞き覚えのある声、いや先程まで確かに聞いていた声だ。姿は見えない事が不安だが確信があった。
見た目だけならば自分とさして変わらない、いや、ちょっとお姉さん(歳上)っぽいかな。
身長も、身体も…特に胸は私に比べて…いや、うん。それに実年齢は…もっと私の方が幼いのだけど…。
そこまで考えてマナは再び頭を振って考えを戻した。
何処からか聴こえてくる声の主はマナの問いに答えずに、別な事を告げた。
『貴女のお師匠様、ゲイルを村の人達を救いたいですか?』と。
僅かに考える様に時間を置いて告げられた問いに、マナは、幼さの残る大きく目を見開き、小さく答える。ハイ…と。
何故、素直に彼女に言えたのか分からない。
その落ち着いた問い掛けに、
自分の様な存在に母と呼べる人は居ないけれど、先程まで牙を向けていた男、そしてその弟子である自分に対して、彼女にとっては敵対した相手と思って良い存在に、
その慈しみさえ感じる声の、その響きに。
もしかしたら、自分の…作られたハリボテの心と思っていた、ソレが動いたのかもしれない。
あれだけ冷静になってと自分に言い聞かせて居たのに、それでもやっぱり冷静じゃ無かったかも知れない。
すると、突然マナの影が水面に雫が落ちたかの様に波打った。
そこからまるで、何かが上がってくるかの様にブクブクと黒い気泡が漏れる、マナが突然の事に小さく悲鳴を漏らすと。
水辺で魚が跳ねる様な音と共に、影から青白い球体が顔を出した。
球体の中に人が居る、…ナフティアだ。間違いない。
影の中に潜んでいたらしい、いつの間に取り戻したのか。先程師匠との戦闘の際に書斎に置いてあった筈の法衣を揺らしながら、その姿を表した。
いつか、マナが見た物語に出でくる女神様も様に、羽衣を揺らし、風も無いのに振袖が舞い踊っている。
驚きの表情のまま、見上げているマナに青白い魔力の粒子を纏いながら佇む彼女は、そっと微笑む、
マナが何かを言いかけて…、大きな力の流れ、そして『自分だけが聴こえる』精霊達の悲鳴が聴こえて、そちらに振り返る。
巨大な力の流れの元凶は、先程の天空都市だ。
驚きの余り、結構な時間が経った様に思っていたが、然程の時間は経過して居ないらしい。
もしかしたら目の前の彼女が何かやったのかもしれない。
自分の身に眠っている内の1人、風の大精霊の力によって風の精霊達がお師匠様の存在を…位置を教えてくれる。…彼のその身体から発せられる魔力の量さえも…。もう僅かだと。
そして、あの天空都市に、太陽の光を吸収しているのか、『四代元素属性』の『原種』に位置すると言われた『太陽』と『月』の属性。その計り知れない力の奔流が、川辺でお師匠様が言って居た。『太陽の属性の精霊』、『原種の精霊』でさえも。
精霊達の断末魔がここまで聴こえくる様な光景が『瞳』に映る、マナは慌てて姿勢を彼女の方に戻すと、ナフティアも同じ方を見ていた様だ。
マナの様子に気がついた彼女は、一瞬悲しそうな表情を見せると、再び微笑んで……。
青白い光の球体を再び見に纏って、電光石火の様な速さで森に消えて行った。
残されたマナは、胸の前で祈る様に手を組む。
「……お願い、お師匠様を助けて、ナフティアさん」
森に消えた彼女に、向けて、そう呟く。
そして。
『次代の月下美人、月の巫女が乞い…願う!』
光の柱の中で、男は剣を眼前に構えて詠唱する。
『この地に、御身の加護を!』
『月の守護結界』
男の声と共に片手を大地へと翳すと、まるで舞台の照明の光が広がって行くかの様に、光の柱は大きくその身を広げ。やがて村を守る壁の様に急速に姿を変えて行く。
男、ナハトは村全体に結界が行き渡るのを背に、障壁の外へと出る。
前世だったなら、不思議体験も良いところだ。出るに易し戻るに難しとは、今まさにこの事だろう。幼い頃の子供遊び歌を思い出した。
しかし…おかしい、何故、次弾が来ない?。
あっという間に村を守っている障壁は完成したとは言えど、最初の連射速度だ、打ち破ったとは言え次弾が来てもおかしくは無い。
ソレに、あの天空の都市は古の太陽の部族が残した『太陽の都市』だ。
太陽がある限り魔力は無限かと思うほどにすぐに、充填された……筈?
さては、何かあったか…?。
そう思って、ナハトは魔力を瞳に集めると。
見えた…、所々が焦げ。僅かに稲妻の様に漏れでる魔力を纏っている太陽都市の主砲の様子が。
本当に何かあった様だな、とナハトは小さく呟く。
次の攻撃がすぐさま来ないのならば、好都合。
今のうちに出来る事をやるだけである。
『暗黒弾丸』
ナハトは右手で剣の塚を持ち、左手を弾倉部分に添える。
『装填』
ナハトの影から無数の弾丸が飛び出し、剣に装填される。
「…クッ」
弾が全て装填されると、僅かにナハトの左手で熱い物に触れてしまった様な痛みが走り、顔を顰めつつ手を離す。
「成る程、コレは…確かに、…しんどいな。」
内心結構な痛みに、驚愕したい気分だ、だがこの口はそんな弱音は許してくれないらしい。
魔法で魔王によって操られた時代の名残りの様な物だろう。
冷静で非情な魔王の大幹部だった男。
唯一魔王の暗黒の魔法を貸し与えられた存在、ソレが今の自分だ。
アメリアの魔法によって、呪いの様に備わっていた能力の多くは中和されたが、コチラも口調の部分が治されていなかったらしい。
暗黒魔法とアメリアの魔法、魔術とは異なり『法』であり『理』によって奇跡を成し得る力。
人の身で何故…アメリアがこんな力を使えるかと言うのも…。
…アレ?、アメリアがどうして、こんな力使えるんだっけ?たしか理由があった筈…。
…ダメだ、思い出せない。思い出そうとすると頭の中がぼんやりしてしまう。
変わりに少し今回の事を思い出した。
何者かによってゲイル達が守って居る村の結界は破壊され、ゲイルが現場に急行し光線に耐えるも、都市から召喚された無数の魔物達と戦い。ゲイルは帰らぬ人となった。
マナは師匠の言いつけを破って後を追ったが間に合わず、ゲイルの元にたどり着いた時には村は魔物によって壊滅し、ゲイルの物と思われる腕が村の入り口付近に残されていた。
その時、その傍に立ち尽くして居たのがナハトだ…。
全身に青白い魔力を纏い、剣や頬と言った所々に血が滲んで居た。
ソレを見たマナが、ナハトを仇と思ってしまったのである。
だが、実際はナハトはゲイルを魔物から助けようとして居たのだ、だが…。間に合わなかった…。
ナハトが出来たのは、ゲイルを食らった魔物を退治する事だけだった。
何故間に合わなかったのかまでは、分からない。
2期の物語初期に語られたマナとナハトの言葉では、そうだった筈だ。
そして、この暗黒銃の力。
法衣の方はアメリアがなんとかしてくれたが、コッチは殆どそのままらしい。
現に暗黒の銃弾を込める事が出来た事から能力もまた、そのままだろう。
『やぁ、実験体10784番。久しぶりだね。』
何処からか男の声が聞こえてきたかと思うと、天空に浮かぶ都市に半透明な画面の様な物が現れ、眼鏡の男が映し出された。
『いや、裏切り者…ナハト君、元気だったかい?』
「……」
『ココに我々の目的の者達が居るとは聞いていたけれど、まさか自分から出て来てくれるとはねぇ…ふふ。手間が省けて助かったよ。』
画面越しに映る、男は楽しそうに笑う。
「…004(ナンバーフォー)」
ナハトは、男の顔を一瞥すると、そっと呟いた。そして素早く剣を地面に突き立てると銃剣のトリガーを引いた。
『暗黒転移』
すると、ナハトの傍らに横たわるゲイルの影が膨れ上がる、まるでゲイルを大地に飲み込んでいるかの様に消えて行った。転移先はマナの居る館。
ナハトが持つ魔法の一つ、『第一の弾丸・暗黒転移』
任意の影、闇のある場所に瞬間移動する魔法。
これでマナの願いの一つは果たした。後は…。
『おやおや、逃がしてあげたのかい?優しい事だねぇ』
『魔王様の元に居た頃だったら考えられないですねぇ』
「何故、お前がココに居る?、者達と言う事は俺意外にも居るのか?」
ナハトは、嫌味のこもった男の声に動じる事は無く問いかける。まともに会話する気など無い。
『おっと…口が滑ってしまいましたかねぇ』
『そんな事素直に言う訳無いではありませんか。』
男は再び、邪悪な笑みを浮かべる。
「そうか…、ところで先程のやたら派手な玩具はどうした?、もう撃って来ないのか?」
『減らず口を…、こちらは分かって居るのですよ?今貴方は昔の様な戦闘力が無い事。』
『現に、今の貴方からは『月の魔力』しか感じませんしねぇ』
あの空中都市には、魔力を探知する装置、あるいは計測する装置が備わっているらしい。
「だったら、どうだと言うのだ?」
『どうやら、貴方はその身に宿す『月の鏡』の力を完全には使えて居ない様ですし…』
『大人しく捕まって貰えませんかねー?そうすれば、貴方の後ろの村も見逃してあげたい気分になるかも知れませんし、何よりも…』
『博士に顔向けがぁ…さ!ら!に!…しやすくなりますしねぇ…』
「断る…と言ったら?」
『…なら、交渉決裂と言う事で、村共々あの世に送ってあげますよ。』
空中に無数の魔方陣が浮かびあがる。
『…死ね…ナハト』
魔法陣から、光線がナハトに向けて放たれる。
『ダッシュ』
ナハトは降り注ぐ雨の様な光線を右に左に、時に剣で叩き落とし、時には軽芸師の様に空中を一回転するかの様に躱し走り抜け、木を伝って都市に向けて大きく跳躍する。
その勢いのまま剣を振るうが…
『おっと…残念』
…だが、見えないバリアに阻まれ、ナハトは弾き飛ばされる。
『そんな小さな剣では、我が太陽都市の結界は壊せませんよ。』
身体を回転させる事で、着地の衝撃を緩和したらしいナハトを、あざ笑う様に男は言い放つ。
『さて、どうやら修理も終わった様ですし…トドメです』
再び、主砲に魔力が集まり始めた。
限られた者にしか聞こえない精霊達の悲鳴もまた…聞こえてくる。
『今度こそ、さようなら、ナハト。』
その言葉と共に、空中に再び魔方陣が敷かれる、先程の数よりも多い。
そして、魔方陣の光線と共に…、都市の主砲から破壊の光がナハトに向けて…放たれた。
ナハトは、せまる光の数々を静かに見つめると、暗黒の銃剣を光に向けた。
そして、ナハトは頬を吊り上げ、笑みを浮かべ。
「…引っかかったな」
そう言うと、ゲイルを転移させた時の様に禍々しい魔力を剣が纏い、トリガーを引き叫んだ。
『暗黒の風穴!』
そう…、第2の弾丸の名を。
こんにちは、こんばんは、おはようございます、毎度お馴染みサルタナです。
読者の皆様はお気づきかと思いますが、わたくし…戦闘描写が苦手でございます。
書き始めの頃は出来たらいいな、程度に思って居たのですがね。
実際に描いた行くとコレが難しいの何の、いや、そんな事言っても仕方ない事なのですが…、読者の方々に申し訳無い思いが多く…。
目下これからもっともっと、精進する上での課題になっております。
頑張って行きたいです。速攻で折れない様に。
では、今日はこの辺りで失礼します、お次は時間の更新で。
最後に、この作品を手にして頂きありがとうございました。
良かったら、また手にして頂けると嬉しいです。
誤字脱字、違和感有りましたら、また教えて頂けると嬉しいです。
種々→草達。
まさんかね〜→ませんかね〜。
誤字修正。