大地の精霊と月の巫女の決意
皆それぞれ、意思ある者は夢をみる。
その夢には様々な形があり、ある者には天高く昇る月の夜に安らかな時を魅せ、また、逆も然り。
思い出したくもない思い出を魅せる。
またある者にとっては目標、目的と言う姿を変えて、己が前に立ちはだかる。
カツーン…カツーンと言う、硬質な物同士がぶつかり合う様な、高い音が聞こえる。
その音は天然の壁や天井を反響し、その者の存在を彼方まで届ける。
音の主は、エプロンドレスの長いスカートを揺らしながら、背後の洞窟の出入り口から刺す光によって出来た影に向かう様に、歩みを進めている。
未だ陽の光が足元を照らすだす、浅せの洞窟とは言えど、奥に進むに連れて足元に不安を覚える為か、
その者の手元には、ぼんやりとした洋燈の灯りが揺れている。
一見、侍女の様な出で立ちの少女が、歩みを進めて行くと…、洞窟には似つかわしく無い鉄の扉が姿を現した。
肩までかかる程の茶髪を僅かに揺らし、そっと洋燈の明かりを消すと、少女はやや上にある扉のノッカーへと手を伸ばす。少女の身長が低いと言う訳では無い、断じて無い、平均的だ。そう自分に言い聞かせる。
「博士、お食事をお持ちしました」
そう気持ちを新たに数回叩くと、白いカチューシャを片手で直し簡単に衣服を正すと、洋燈と一緒に持っていたバスケットを改めて握り直す。
部屋の主人は、また研究にかまけて眠ってしまったのだろうか…返事は無い。
『やっぱり、また眠っていらっしゃるのかしら…』
『最近の博士は、何処か焦っている様だし、生意気にも私が心配なんて言えないし…どうしよう…』
『とりあえず、中に入るしかないか…』
召使いの少女は、そんな主人を想う気持ちを胸に、髪と同じ色の瞳を心配そうに揺らすと、
女性にとって開けるだけでも苦労してしまいそうな扉を、そっと開いた。
中に入ると、視界に広がるは配線や足元に乱雑に積み重ねられた部屋、その先には人1人が収まってしまいそうな水槽にも似た試験管が扉から見て左右に鎮座し。
試験管は奥へ奥へと、いくつも並べられていた。
青白い光が部屋の中を照らし出しているお陰で、エプロンドレスの少女は、バスケットを手に奥へと淀みなく歩みを進めて行く。
奥にはひときわ大きな試験管があり、背筋の少し曲がり始めた白衣の老人がその前にたたずんでいた。
「また、『彼』を見ていたのですか…博士」
「……ああ」
少女の問いに、僅かにかすれた声で老人は答えた。
老人に倣う(ならう)様に試験管を見上げれば、中に眠る様に口や腕などに配線や空気を供給する管が取り付けられた黒に近い緑の髪の男が浮かんで居た。少しだけ『長い耳』が目に付く。
『彼』の名を少女は知らない…
いや……知る必要はない、少女は主人の召使いであり、そう作られた『人造魔導人形』
そう『望まれて作られた』のだから、主が少女が『知る事を望まれて居ない』ので有れば聞く必要は無い。
そう少女は思っていた。
あの日の事、博士と『彼』を戦場へと見送った日、帰って来たのは満身創痍の博士、そして、眠ったままの『彼』だったという事を。
その日、博士は血の様な涙を流していたと言う事を。
少女は知らないのだ、ソレが博士の命令だから。…そう博士は、あの日言った。
…『彼の事は忘れろ』と。
「それで、どうした?…002号』
博士と呼ばれた男性は、顔を僅かに背後の少女に向ける。
「お食事を持ってまいりました」
「そして、004号様が『太陽都市』の使用許可を求めております。」
少女は、そう言うと老人の背に深々と頭を下げる。
「ふむ……アレはまだ、研究途中な点があるのじゃが…彼奴は他になんと?」
「はい、探していたものが見つかった…とだけ」
姿勢をそのままに、老人は考えを巡らす様に僅かに蓄えられた髭を撫でる。
こちらを見る事無い老人に少女もまた姿勢をそのままに、静かに返答待つ。
「……良いじゃろう。許可すると伝えよ。『太陽都市』の主砲を使っても構わん。」
「アレを持って、彼奴らから精霊を取り戻すのじゃ」
「畏まりました、そう…お伝え致します。」
少女は、一度頭を上げると再びこうべを垂れる。
「それと、お前もサポートに行け」
頭を下げた少女に顔を僅かに向け、そう指示を出す老人に対して、
「で、ですが!?、私には!、博士のお世話が!」
初めは主からの指示の意味が、少女は理解出来なかった。
数秒の後に理解が追い付いてくると、気がついた時には顔を上げ、敬愛する主の背に向かって命令に反しようという言葉が漏れていた。だが…。
「よい、護衛の者も居る。心配するな」
「おぬしの忠誠心は分かっておる、だから、そんな顔をするな。」
そう言いながら老人は、ゆっくりと少女に向かって振り返る。
主人にそう言われてしまえば、召使いの少女に返す言葉は無く。目頭が熱くなるのを我慢しながら、震えが声に現れ無い様に気をつけつつ返答をかえした。
「畏まりました。」
そう改めて頭を下げると、寂しそうに手に持っていたバスケットに力を込め、そっと机に置き少女は霧の様に消えて行った。瞳から漏れ出た雫をバスケットに残して。
少女が姿を消すと、老人は再び試験管に向き直り、そっと撫でる。
「もう少しじゃ、もう少しでおまえを治してやれる…」
「待っていてくれ…我が友よ…」
………………
…………
……
『初めまして、小さなお嬢さん』
『貴女のお名前は?』
暗闇の中、誰かの声が聞こえる。
どうやら私は夢を見ているらしい、懐かしい夢。コレは…きっと…あの男と初めて会った日の。
感情と言うモノの実験を博士とした時だ……。
あの最後に博士と会った『あの日』から、結構な月日が経った今では、もう見る事が無かった昔の夢。
なのに、なんで今更…?、それに何時もの夢なら決まって…『あの日の事』なのに…私が捨てられた、最後の実験に失敗して、処分されるのを待っていた。そんな…
『私の名前は004号、よろしくお願いしますね。』
『精霊と言うのは、種族名、いや、分類名みたいな物でしょう?』
『博士は、何も?』
私の気持ちなんかお構い無しに、夢は続く。
この時の私は、まだ産まれたばかりで、表情を変える事さえ難しかったんだっけ…
その時の私は少しだけ、その男の困った顔が見たくなって、からかってみた。彼らは皆『数字』で呼ばれている事は知っていたから。
『では、私が名ずける訳にもいけませんし、そうですね…』
『私が貴女をお呼びする時には、『大地の精霊』。…そう呼ぶ事にします。』
『貴女の髪の色に、ぴったりだと思いませんか?』
そう言って、こちらを指差す男
夢の中の私が、コレと言う様に自分の髪を指し答える。その後両手で頬を引っ張って、
そして、この時が練習の成果を発揮出来る時だと、不恰好に笑って見せた。
この時だっけ、いつものこの男の笑顔じゃ無くて、声を出して笑ってるのを初めて見たのは。
不思議な感じだったけな、今思えば私、楽しかったのかもしれない。
この男と、話てる時は…
私の中に『入力』された知識。
その中で知っていた『お友達』と言うものに思えたから、だから最後の実験が有った『あの日』に…
あんな事…
そんな私の想いに今更、応じる様に夢の場面は変わった。
『大丈夫さ、キミならきっと上手くやれる。』
『頑張るんだよ、大地の精霊』
元気付けてくれる男に、優しい…この男に、私はワガママを言った。
以前、博士に私のお目付け役を言い使ったと言っていた。この男。
博士に感謝したい気持ちだった。けれど…、
私は、それだけじゃ嫌になった、今思えば…寂しいかったんだ。
名前はなんて言ったっけ?獣人の女の人が、手下の人と話ていた。故郷の友達の話。
そして、博士が聞かせてくれた、私の存在意義、試験官の中の人との関係の話。
ソレらの話を聞いて、作られた存在の私にも願いが出来た。
だから私は、言ってしまったんだ、男に…
博士の友人に名ずけられた、と言っていた。
『ノル・メシア』に、お友達になって欲しいと。
その後に待ち受ける、悲劇を知らず…
もう…会えなくなる事さえ、想像出来ずに。
……………
………
…
「魔族ナフティアよ、コレ以上の手荒な事はしたくない。正直に話せ。」
聞き慣れた男性の声が聞こえてくる。
この声は知っている、何時も優しくて、あったかい大きな手で私を撫でてくれる、お師匠様の声だ。
「魔族の事は多少は、調べは付いている、この室内ならば、闇はあれど月の力の増幅は出来まい」
だが、今は普段の優しさは形を潜めてしまっている様だ、お師匠様の真剣な声にそっと私は目を開けた。
殺気染みた声、誰かと今にも戦闘するかの様な…
(私は、何をしていたんだっけ…)
目を覚ましたは良いが、どういう状況なのか、わからないこう言う時は、お師匠様直伝の記憶整理だ!
(えと…紫髪の女の子…そうだ!、ナフティアちゃんと村の中に行く約束をして…)
(お師匠様が解析してた、あの子の服を取りにココまで来て、そんで女の子は良い子ってお師匠様に報告してからの記憶が……あれ?無い)
「ぐっ…うう…、私が魔族…とは?、それにマナさんは…どうして…そこに…?」
聞き覚えのある女性の苦しげな声が再び聞こえてきた。
いや、意識を失う以前に聞いた声…この声は…
(ナフティアちゃん⁉︎なんでここに⁉︎)
「マナか…そう言えば名前をお互い名乗っていたな、…最もお前の方は偽名かもしれないが…」
「どうやら、馬鹿弟子は普通に騙された様だが、いや、もしかしたら…お前が『意識を誘導する魔法』をかけていたかも知れ無いのでな。眠って貰ったよ」
「闇の魔法を行使する魔族…その魔法は千差万別、我らの預かり知れない所が多いからね。」
…お師匠様の言葉で疑問の一つは溶けた。
お師匠様の真似言うと、どうやらナフティアちゃんのピンチ、危機的状況って奴だわ、アレ…?両方同じ意味だっけ?これ
闇の魔法…やっぱり、お師匠様はナフティアが魔族だって確信してるんだ…良い子だと思うんだけどな〜可愛いし…
「何故、私が魔族とは…か、なら教えてやる」
そう言うと、お師匠様は眼前に手を上げ、指をたてる。
ちょっとカッコいい…、推理小説みたいだ。
「先ず、海岸に打ち上げられていた時、お前の周囲には闇属性の残滓が有った。」
「周囲の精霊が汚染されつつあった程のな…」
そう言い終えると共に、一つ指を曲げる。
推理小説、お師匠様のオススメ面白かったな〜、確か…続編この部屋のどっかに有ったわよね…。
見たいな〜
「二つ目に、この一週間お前が寝ている間にお前の身体を調べさせて貰った、服も先程調べが終わった所だ」
いや…お師匠様、その言い方は女の子相手に言っちゃいけない…と思いますよ。
本当にデリカシー無いですよね…お師匠様は本当に!。本当に王族ですか!?、本当に他の賢者様と同じ『ル』の字を継承する者ですか!?。
その『風の魔眼』で良く見てください!ほら!、めっちゃ泣きそうですよ!彼女!ウルルっとしちゃってますよ!。
…なんて直接言えませんけどね…私。お師匠様怒ると怖いもん…
だから、私はこの前習った勇者の格言、『何事も知らぬが仏、知らぬが狸寝入り』しときます!……なんか違う気もしますが、良いのです!。
「右手に何か…宿しているな…お前」
その師匠様の言葉に、私はそっとソファーから顔を出してナフティアちゃんを見ると、あら、驚いた顔も可愛いですね…ってお師匠ぉ〜様ぁ!?。
女の子の扱い酷過ぎません⁉︎、いや確かに魔族だったら一大事ですけど!、ワンピースで肩露出してるのに横に寝てますよ!彼女。
地味に肩痛そうですよ!しかも、まだ手加減してるんでしょうけど!、『風の戒め』まで使って殺す気満々じゃないですか!?、
「今は、なりを潜めている様だがな…、だがあの魔力は間違いなく闇の魔法…或いはその上位の『暗黒の魔法』か…?」
師匠の問いに、ナフティアちゃんは何も言いません。…けれど、私も師匠も見逃しませんでした…。
彼女が……お師匠様が『暗黒の魔法』と口にした瞬間、ピクリと肩を揺らしたのを…
…そんな…まさか本当に…?
「どうやら図星らしいな、……もういい分かった。」
そう言うと師匠は…、彼女の口まで開かない様に、『風の戒め』で閉じてしまいました…。
今は息出来る様ですが…。師匠は…。
「今ので確信したが理由はまだある。」
まるで、罪人を裁くかの様に、罪人にかける慈悲など無いと言わんばかりに。
ゲイル・ガーランドの雰囲気が重く、冷たい風が彼を中心にゆっくりと渦巻く。
「魔族の人間たちは皆、膨大な魔力を宿している、その量に個体差は有れど共通だ」
「中には、俺を軽く上回っている奴もいる…そう…お前の様にな?」
ゲイルは、そう言うとナフティアの身体に向けて手をかざすと、目に見えない縄がナフティアの首に移動する。
「そして、魔族は皆、月の魔力を宿し、精霊を闇の魔力で洗脳している事、」
「お前からは…、いや、お前とあの法衣からは、そいつらと同じ月の魔力を感じる」
ゲイルは翳した手をゆっくりと、上へ上へと持ち上げ、ナフティアの身体も釣られる様に空中に浮きあがって行く。
ナフティアは、声も出せず首にかかる見えない縄を掴みもがく。
「無駄な抵抗はよせ」
「一思いに楽にしてやる。」
ゲイルの翳した手を中心に猛烈な風が吹き荒れる。
風は本棚をガタガタと揺らし、床や壁を切り裂きながら刃となってナフティアに襲い掛かる。
「きゃあ!」
魔術の衝撃で、ソファーはひっくり返り、テーブルなどの家具と共に吹き飛ばされたマナが悲鳴をあげる。
「ふぅ…マナ、無事か…?」
「は、はい〜、痛たた…」
ゲイルは、少し疲れた様に息を吐くと積み重ねられた、家具の上からマナを引っ張りだす
「お師匠さま〜ひどいです〜、無詠唱なのに最上級魔術ぶっ放しましたね!魔力込め過ぎですよ!、ちょっとは周りの事も考えて下さいよ〜!」
僅かに目をまわした、マナが涙目で抗議する。
「悪いな、あまり手加減できる相手でもなか……」
ゲイルは、そこで言葉をきると。己が魔術を放った方へと見やる。
「お師匠様…?、どうしたんですか?」
ゲイルは視線を、そのままに立ち上がると己が魔術を放った方…、扉や壁が跡形もなく廊下までブチ抜いてしまった方へと歩き出す。
どうやら、廊下にいた老人はもういない様で、足元に有ったナフティアの法衣を手に師を追いかける。
マナは頭の片隅で、コレ私治すのかなぁとげんなりとしていんがら…。
「お師匠様〜あの子の…この法衣?どうしま…」
「…おかしい」
歩きつつ問いかけるマナの言葉に被せる様に、ゲイルは呟く。
「え……?」
「何故、アレだけの魔力を宿した存在が…なんの抵抗もしない…?」
ゲイルの疑問の言葉によって、思い出す。
『中には、俺を軽く上回っている奴もいる…そうお前の様にな」
師匠の先程の言葉だ。
「それに、アレに従っている月の精霊は…」
「洗脳されて居ませんでした…」
ゲイルの言葉を継ぐ様にマナが語る。
同じ精霊同士の私には、わかる。あの子達は自分の意思であの子…ナフティアに従って居た。
さっき色々、私が質問してる時も…あの幼い見た目の月の精霊達は、彼女の髪で遊んだり、頭の上で眠ってったり。布団の上で追いかけっこしたりしてた。
洗脳されていたとしたら、傍にボンヤリと浮かんでいるだけの筈だ、魔族らは精霊達から魔力を奪うか。
月の光から得る魔力を増大するのが役目。
言うならば、道具のように扱っているはずだ、だけど……
彼女…ナフティアは、そんな精霊達を咎める事も無く、むしろ話している最中。優しい瞳で眺めて居た。
演技させるにしても。私やお師匠様の様に精霊を見れるようになるのは、結構例外の筈だし。
現に私と一緒に居た。元お師匠様のお父様の執事で、この別荘の管理兼、近くの村の村長の彼も見えて居ない。
遠見の魔道具越しからは、精霊の存在は魔道具で知覚出来ないから見えない。
なので、私が質問役だったんだ。
2人は、砕けた壁を超えて廊下へ出ると、そこから外の様子が見えてきた。遠くに村がみえる。
「そうだ、唯一の解せん所が有ったのだ……」
「海岸で、あの女は……月の精霊達と…そして、ヴェールの様な者でまもられていた。
そして、2人は自ら顔を乗り出すと下へと、視線をやる。
「生きて居たか……」
2人の見下ろす先、屋敷の外の森の木々を薙ぎ倒し、それは在った。
透明な膜に覆われて、白いワンピースと紫が入った白い髪を風に遊ばせながら、コチラを待ち構える様に佇む少女の姿が…。
先程と違う所は、弱った姿では無く…。まるで戦う決意を決めたかの様な瞳と。
彼女の両肘から頭の後ろの方を通る様に一巡している。羽衣があるという事。
そして、彼女の背には昼間で、太陽の光で見えにくくなっているが…確かに、月が存在する事だった。
こんにちは、こんばんは、おはようございます。
サルタナです。
今回も語りの多い展開になってしまいました。
初めて途中までですが、一人称視点をやってみたつもりです。
いかがでしたでしょうか?、色々と初めて書く小説で行き当たりばったりな点が多く、修正したりする点が多い作品な為に、読書の方々にはいつも申し訳無く思っています。
そして、次回予告道理に、またしても出来ず、すみませんでした。
最後に、この作品を手にしてくださった皆様、ブックマークして頂いた皆様。ありがとうございます。
大変励みになります。
では、また次回の更新でお会いしましょう。お疲れ様でした。