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27歳のバレンタイン  作者: 白石 玲
4/4

27歳のバレンタイン 14日の物語

   27歳のバレンタイン   ―――2月14日(土)―――


 翌日の午前中、朝イチで玲ちゃんと待ち合わせをした。


「散らかってるけど、どうぞ」

 材料の買い出しを終えて、調理器具がそろっている玲ちゃんのおうちにお邪魔することになった。

「ありがとう」

 持参したエプロンをして、玲ちゃんの隣に立つと、彼女がちょっと首を傾げた。

「ん?どうかした?」

「いえ、結衣さんって、もっと背が高い人かと思ってたんで」

 隣に立った玲ちゃんと私の身長差はたぶん、5センチくらい。

「ああ、あのヒール、13センチだから」

 最近また私の定番に戻ったヒールのおかげで、背が高いと思われていたらしい。

「13センチって、すごいですね・・・足痛くないですか?」

「最初は痛かった。今でもよく転びそうになるしね」

「危ないですよ。もっと低いの履かないと」

「彰にもよくそう言われてた」

 私が13センチのヒールを履き始めたのは彰と付き合い始めてからだ。最初は今よりずっと慣れなくて、デートのたびに転びかける私を彰は持ち前の反射神経で転ぶ前に必ず捕まえた。

「そんなに高いの履かなくても、結衣さん、小さいほうじゃないですよね?」

 玲ちゃんの言う通り、私の身長はたぶん、平均より少しある。そして彰の身長は確実に、平均よりかなりある。

「うん、でもね、あのヒールを履くと、ちょうど理想の身長差になるの」

「え?」

「彰、背が高いでしょ?13センチのヒールを履くと、彰との身長差がちょうど15センチになるの。だらか、あれを履くと、ちょっと自信つく・・・かな?」

 そんな大学生のままの思考だけど、私にとって、これは大切なことなのだ。

「やっぱり、ふたりはベストカップルだ」


「きれい!」

 オーブンからブラウニーを取り出すと玲ちゃんが感嘆の声をあげた。

「全部玲ちゃんが教えてくれたのよ」

「ナッツを飾り付けたのは結衣さんですよ」

 玲ちゃんもチョコレートブラウニーだけど、玲ちゃんのほうはココナッツとドライフルーツ入りだ。クランベリーがハートの形に並べられていて、お店で売っているみたいにきれいな仕上がりだ。

「玲ちゃんのは誰にあげるの?」

 玲ちゃんはブラウニーをハートの形に型抜きして、可愛く箱に詰めている。私は一口サイズのスクエア型に切り分けて箱に詰める。

「ブラウニーは宗ちゃん用です。クッキーはホテルのみんな・・・あ、藤堂さんにはあげないんで安心してくださいね」

 一緒に包みながら話してくれる玲ちゃんはとってもきらきらしていて可愛い。それにしても、バレンタインチョコレートをあげる相手は三井くんだなんて。やっぱり、三井くんが玲ちゃんの本命相手なのだろうか。

「どうして?」

「だって、藤堂さんにあげるのは結衣さんの役目ですから」

「あら、玲ちゃんがくれなかったら彰泣いちゃうかもしれないわ」

 私には玲ちゃんからバレンタインプレゼントをもらえなくてがっかりしている彰がとてもリアルに想像できて、思わず笑ってしまう。

「私からのより結衣さんからもらえるんだから大丈夫です」

「だといいけど・・・」

 器用な玲ちゃんに助けてもらってようやくリボンを結んだ。

「大丈夫ですよ。ばっちりです」




 いい大人なのに、こんなことくらいでこんなに緊張してどうするの?でもダメ。正直言って、息ができなくなりそう。


「・・・・・・」

 高校生の初デート並みの緊張感。さっき玲ちゃんと一緒に作ったナッツ入りのブラウニーは同じく玲ちゃんの教授によって、キラキラのピンクやゴールドのハートがこれでもかとちりばめられた箱に収まり、真紅のベルベットリボンにさらに細い金のリボンを合わせてラッピングした。

「やっぱり、これは今の私には可愛すぎるよ・・・」

 後悔したところでもう遅い。私は今日こそ転ばないようにホテルの自動ドアを通った。

「結衣さん、こっちこっち!」

 バイトで先にきて、待ち構えていたらしい玲ちゃんがこっそりと私をラウンジに引っ張っていく。ふとフロントを見ると、彰の姿がない。時刻は21時。彰は仕事を終えて、着替えでもしているのだろう。

「いま、宗ちゃんがロッカーで藤堂さん引き留めてるんです」

「そこまでしてくれなくても・・・」

「ダメですよ!思いっきりサプライズでないと!」

 そう言って玲ちゃんは私をあのクリスマスの日と同じ席に座らせた。

「今宗ちゃんにメールしたんで、すぐきますよ」

「ありがとう」

 玲ちゃんはこの前と同じダージリンを私に淹れてくれた。


「・・・結衣ちゃん?」

 5分もしないで三井くんと彰がラウンジに現れた。

「さっきのは嘘です。では、俺の役目はここまでなので」

 三井くんがにこりと微笑んで、カウンターの向こう側にさっさと行ってしまった。玲ちゃんは彰の背中を押して一緒に席まで来て、私の向かいにもうひとつティーカップを置いてダージリンを注いでいった。

「・・・待ち伏せ?」

「そう」

 私を見つめて訊いた彰に私は息が止まりそうになりながらもかろうじて答えた。

「どうしたの?なにかあったの?」

 今日がバレンタインデーだということを忘れているのか、彰は少し心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「なにかって、わけじゃないんだけど・・・」

 やりたいことは簡単だ。ただ、彰にブラウニーを渡すだけ。でも、今の私にはそれが恐ろしく難しい。クリスマスプレゼントはあんなに簡単に渡せたのに・・・。


「ずっと待ってたの?」

 彰が向かいの椅子に座る。

「ううん、さっき来たばっかり」

「ごめんね?この前せっかく電話くれたのに、会えなくて・・・でも、そんなに緊急なことだったら、言ってくれたら、俺が会いに行ったのに。俺、言ったよね?もう待たせたくないんだって」

 眉を下げて少し悲しげに言う彰に、私は心が痛んだ。もう7年も経っているのに、彰は未だに私の最後の言葉を気にしている。

「緊急事態じゃないし、本当に、さっき来たばっかりだから、待ってないの。全然、待ってないの」

「わかったよ。それで、今日はどうして会いに来てくれたの?」

 会いたかったから。でも、その一言も言えない。

「なにか困りごと?もしかして、前の彼氏にストーカーされてるとか?」

 あれ以来、彼からは何の連絡もない。やっぱり、遊びは私のほうだったようだ。

「ううん。今日は、彰にこれを渡しに来たの」

 意を決して彰にピンクの紙袋から取り出した箱を差し出した。

「これって・・・」

「今日、バレンタインデーだから、玲ちゃんと作ったの」

 勢いで言い切ったけど、彰は何も言わない。沈黙に耐えられなくなって恐る恐る顔を上げると、彰は手にした箱をじっと見つめていた・・・やっぱり、この歳でこのラッピングって、アウトだった?

「・・・彰?」

 何か言ってくれないと、私、本当に心臓が止まりそう。

「結衣ちゃん、これ、本命?」

 予想外の彰の言葉に、私の心臓は本当に一瞬止まったと思う。

「え、あ、そ・・・」

「義理なの?」

 そんなこと、考えもしなかった。本命とか、義理とか、そんなこと考えもせずに、ただ、7年前に渡せなかったチョコレートを彰に渡したかっただけ。

「付き合い始めたとき・・・」

「?」

「付き合い始めたとき、彰、次は私からのチョコレートがほしいって、言ってくれたから、いまでも、受け取ってくれるならと思って」

 義理か本命かなんて、そんなのわからない。ただ、“彰にバレンタインチョコレートを渡す”ことが私の中で大切だったのだから。

「じゃあ、本命だね」

「え?」

 彰はキュッと口角を上げてき玲に笑った。

「だってあのとき俺がほしいって言った結衣ちゃんからのバレンタインチョコレートは”本命”のバレンタインチョコレートだから。だからこれは本命」

 マイペースな彰らしく勝手に決めつけて、大きくてきれいな手が箱のリボンを解き始めた。

「彰、ここで開けるの?」

 ここはあくまでもホテルのラウンジだ。食べ物の持ち込みは厳禁なんじゃ・・・。

「うん、いま食べたいから」

 そう言うと箱にきれいに詰めた一口サイズのブラウニーを一切れつまんで、彰はその指をそのまま私に向けた。

「あーん」

「なっ?」

「いつも最初の一口は結衣ちゃんに。だから、あーんして?」

「ちょっ・・・あっ」

 “彰”と言いかけた私の口に彰が半ば無理やりブラウニーを押し込む。

「美味しい?じゃあ、俺も」

そう言ってつまみ出した二切れ目を幸せそうに頬張る彰。

「美味しい」

「本当?」

 ちなみに私は、極度の緊張と恥ずかしさで、味なんかわかんない間に飲み込んだ。

「俺、嘘はつかないよ。じゃあ、結衣ちゃん」

 彰が居ずまいを正してふっと真剣な目をして私を見つめる。

「はい・・・」

「俺も君のことが好きです。付き合ってください」

 今度は私が言ったんだ。彰のことが好きだって。

「・・・返事は普通、ホワイトデーじゃないの?」

 まっすぐな彰に対して、私はなんて、素直じゃないんだろう。

「言ったよね?もう、待たせないって。それに、1か月なんて長すぎて、俺も待てないよ」

 そう言ってまた、綺麗に笑った。


 あの日、あの交差点で動けなかったことにさえ、いまなら感謝できる。



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