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2015年/短編まとめ

瞬間を切り取る

作者: 文崎 美生

昔から今より先を見るのが苦手だった。

未来、なんて言葉に本当に希望があるのか疑問だったし、先のことなんて分からないじゃない、と思っていたから。


でも同じくらい今も嫌いだった。

どうしようもなく、悪いことばかりが目に付くから。

そしてそんな自分も嫌い。


好きなのは過去。

振り返れば振り返るほど、綺麗に形度られるそれがたまらなく好きだ。

確実に記憶という名の糸で、無理やり補正されたそれは、愛おしくて目を細めてしまうほどに好き。


「いつもカメラ、持ってるよな」


レンズを見ていると、頭上からそんな声が投げられた。

顔を上げればそこにはクラスメイト。

物珍しいものでも見るみたいな目をして、私と私の持っているレンズと、机の上に置かれた相棒を見ていた。


彼とは本当に何度か話したことがある程度の関係。

つまりは、普通のクラスメイト。

顔見知り以上友達未満。


突然声をかけられたことと、カメラに興味を示されたことから、喉が締め付けられて上手く声が出ない。

入学した頃から既に、大型のカメラを持ち歩いていた私は、周りから好奇の目で見られていた。

因みにうちの学校に写真部は存在しないから、余計に目立っていたことだろう。


だがしかし、それが半年も過ぎれば、皆大して気にしなくなるものだ。

それどころか撮ってくれ、と頼まれることだってある。


「相棒、なので」


「へぇ」


変に喉が掠れて上手く声が出なかったけれど、目の前の彼はしっかりと聞き取ってくれて、一つ頷いて見せた。

それから、私の前の席の椅子を引っ張って座る。

そこは貴方の席じゃないけど、と思いながらも言えるはずもなく、手の中のレンズを指先で弄っていた。


「カメラって高いの?」


手元のレンズから顔を上げる。

ジッと私を覗き込んでいて、何とも言えない気分だ。

カメラにでも興味があるのだろうか。


私はレンズをケースに戻して、相棒であるカメラを引き寄せる。

カメラと、写真と出会ったのは中学生の頃。

なかなかに多趣味な父が、私の誕生日にこのカメラをくれたのが始まりだ。


そもそも中学生の私に、こんな立派なものを贈る父の感性は少しズレている。

だがしかし、そのズレた感性のおかげで私はこうして写真を撮れているのだから、父には感謝だ。


ぼんやりとその時のことを思い出していると、名前を呼ばれてハッとした。

彼を見上げれば、その顔に苦笑を浮かべている。


「あ、あぁ、モノによるよ。私が使ってるのは、中学からだし今は少し安くなってる」


「中学から使ってんだ」


「うん。レンズは新しいのだったりするけど」


高校に入ってから週三くらいでバイトも始めた。

部活は写真部がないので帰宅部。

自由に使えるお金もあるし、時間はたっぷりあるので、新しいカメラを買おうかと思ったが、思い入れが強過ぎて無理だった。


結果としてお金は貯まっていくので、レンズを買ったり備品の買い足しになる。

後は貯金をして、長期休業期間に気ままに旅行でも行って、写真を取れたら、と思う。


「どんな写真、撮んの?」


何だろう、やけにグイグイ来るな。

疑問に思いながらも、私は机の中から百均で十枚入りで売っていたクリアファイルを取り出す。

同じ色のそれを、入れるもの別で分けて使っていた。

今取り出したのは写真を入れているもの。


今まで撮ってきた中でも、厳選された持ち歩きたいものと、最近現像した新しいものだ。

それを彼に手渡せば「へえぇ」と、おもちゃを与えられた子供のように目を輝かせる。

クリアファイルの中身を物色する彼を、私はカメラを持ったまま見ていた。


ふんふん、と頷きながら、時折感心したような驚くような声を漏らし、彼は私の撮った写真を一枚一枚見ていく。

そうしながら「何でさぁ」と口を開いた。

私はカメラ片手に首を傾げて、その言葉の続きを待つ。


「写真、撮ろうと思ったの?」


やっぱりグイグイ来る。

それでも踏み込んでいい場所と悪い場所を考えているのか、答えられないような内容じゃない。

彼は視線を写真に落としたまま、ここ知ってる、とか、これ好き、とか感想を漏らしていた。


「切り取れるでしょう」


彼が顔を上げる。

数回瞬きをして私を見る目は、しっかりと焦点が合っていて、不思議そうに私を見つめていた。

そして、何故か彼の手元では写真が仕分けられている。

どういう仕分け方だ、それ。


話の腰を折ることは出来ないし、彼が私を見ているから話を止めるわけにもいかない。

私はもう一度、同じ言葉を繰り返す。


「だって、過去は綺麗だから。補正されてるけれど、何より綺麗に見えるでしょ?だから、その綺麗な瞬間を残すの、形に」


カメラを撫でる。

もう何年も一緒のそれは、手によく馴染む。

持っていないと落ち着かないことの方が多いし、どこに行くのでも一緒だった。


だからこそ相棒なのだ。

家族でもあり、友人でもあり、親友でもあり、恋人でもあり、相棒。

それが私のカメラだ。

カメラ大好き、というレッテルを友人達からは貼られていて、呆れた目を向けられることが多い。


「うん。っぽい、よな」


「え?」


彼はそう呟いて、写真に視線を戻していた。

私が首を傾げれば「いやぁ、それっぽいよなって」と言いながら、せっせと写真を仕分ける。

その分け方は不規則で、どういう意図を持っているのか、私には分からない。


「それっぽいって?」


「撮り方がさ。本当にその瞬間を切り取って、大切に保管してる気がして」


いいよな、と彼が笑う。

キラキラ光るような笑顔に、手が動いていた。

カメラを構えて、ブレないように固定をして、後は感じるままにシャッターを切る。

その間必要なのは数秒。

慣れとは非常に恐ろしいものである。


シャッター音が鳴った後、彼はキョトンとして私とカメラのレンズを見比べた。

彼の手にある最後の一枚の写真が、仕分けられる。

ひらり、と蝶のように舞い落ちた写真。

そこには真っ青な空が映し出されていた。


「ははっ、俺、綺麗だった?」


意地の悪そうな少年みたいな笑顔を見せた彼に、私は肩を竦めて見せる。

勝手に手が動くのだ。

そんなもんだ、写真を撮るっていうのは。

それに彼は綺麗と言うか、イケメンだろう。


いちいち口に出すことでもないので、余計なことと首を振ってその考えを消し去る。

そうして消え去った瞬間に、私の目の前には彼が仕分けていた私の写真が突き出され、瞬き。


「これと、さっきの写真欲しいんだけど」


いい?と首を傾ける彼。

男なのに上目遣いを意識しているのか、何だか非常にあざとい仕草だ。

一体私の写真の何が、彼の琴線に触れたのだろうか。

疑問に感じながらも了承を示し、写真を受け取る。


歯を見せて笑う彼と小さく方を揺らして笑う私。

この瞬間を収めたい。

カメラの中で綺麗に切り取りたい。

この時間さえも切り取れたらいいのに。


「でもさぁ、過去が綺麗に感じるってことは、過去が好きってことは、今が一番幸せなんだよ」


「……矛盾してるけど」


「してねぇって!あの日が一番良かった、と思う前のあの日の自分は、その時が一番嫌だったんだろ?結局は今が一番ってこと」


気付かねぇだけでよ、と言いながら彼は残りの写真をクリアファイルに戻す。

百均のクリアファイルの中に、切り取った過去、なんて何だか滑稽だ。


心の中でそれに対して笑みを溢し、過去のために切り取るんじゃなくて、今を映すことについて考えてみようと思う。

彼はこの先でも、私の目の前で笑って写真を見てくれるのだろうか、と想像しながら。

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