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恋心 (外伝一話)

 前日までの雨が嘘のような抜けるような青空だった。エルドラゴ王国の首都上空に長く停滞し、雨を降らせていた前線は通りすぎ、雲一つ無いと言う陳腐な表現が相応しい空が広がっていた。街の空気に溜まっていた澱も数日間の雨と風で幾分か洗い流されたようで、人々は新しい朝を歓迎している。民家の軒先には溜め込まれた洗濯物が万国旗のように翻り、石畳にできた水溜りには朝の日差しが眩しく反射していた。


 前線の通過により齎された南寄りの風が、エルドラゴ城下街を歩く一人の女性の黒い法衣と金髪を靡かせている。

「まったく、季節外れの長雨には困ったものデス」

 風で捲れ上がるスカートを片手で押さえながら、もう片方の手に二人分の昼食を入れた籠を抱えて歩くリンカは一人呟いた。友人の錬金術士ラングレーに呼び出され、これからラングレーの部屋で発掘してきた鉱石の研究と練成をする事になっていた。もともとラングレーが練成で使う鉱石をリンカが居た研究所から購入し、それをリンカがラングレーの部屋まで運んでいたのがきっかけで二人は知り合ったのだ。


「待ちかねたわ。少し鉱石が足りなくて困っていたのよ」

 細い階段を下りて部屋に到着したリンカを出迎えたラングレーは、神の御業としか思えない脚線美を惜しげもなくスカートのスリットからさらし、リンカの持っていた籠からパンを一つ取ると、背もたれのない椅子に脚を組んで座り長い二又の尻尾を振りながら齧り付いた。

「悪くない焼き加減ね。どうにか及第点と言ったところかしら。まあ、そのくらいのほうが初々しくて良いかもね……」

 何やら独り言を言いながらパンを齧っているラングレーに茶を淹れながらリンカは嘆息した。

「待っていたのは私ではなく、昼食だったと言う訳ね」

「そういう訳でもないわ。予定を変更して、あなたにはこれから遣いに行ってもらわないといけないから」

 長い舌でたいらげたパンを持っていた手を舐めながら今度はリンカに聞こえる声でラングレーは答えた。

「ここ数週間、武具の注文が絶えなくてね。今まで商売のための練成はしない主義だったけど、近頃は新しく発見される素材が多くなって練成が楽しくて。それに、仲介料としてあなたのギルドも泡銭あぶくぜにで潤う事だし」 

 店を構えてないラングレーは本来、武器の受注を行ってはいない。しかし、ラングレーが提供している五郎丸のギルドの冒険者が使う武具の質の良さは、忽ちエルドラゴ中の話題となり、財政難を抱えている五郎丸のギルドは仲介料をもらって、ラングレーの武具を他のギルドにも譲っている。

「五郎丸様はお金儲けの為にあなたに武具の練成を頼んでるんじゃないデス。この国の為を思えばこそ、必要と思われる所にだけ、あなたの武器を提供してるんデス」

「やけに必死に弁明するじゃない」

 顔を赤くして反論するリンカに意地悪な笑みを浮かべながら、ラングレーは詰め寄る。

「自分が所属するギルドが悪く言われるのは誰でも気持ち良いものじゃないデス」

「自分が所属するギルドではなく、「五郎丸のギルドが」でしょう」

「何を言い出すんデスか、あなたはっ」

 手をばたつかせながら、今度は耳まで真っ赤にしてリンカは言い返す。

「隠さなくても良いわ。私とあなたの仲じゃない。確かに五郎丸は人間にしては良い男だからね。私も人間なら放っておかないわ。堅物のあなたが好いているのも納得できる話よね」

 椅子に腰掛け、頬を膨らませて押し黙ってしまったリンカにラングレーが追い討ちをかける。

「違うと言うの」

「ちっ、違わないけど、今はそれ所じゃないでしょ。五郎丸様は長として果たさねばならない責務が多いのはあなたも知ってる筈デス。私はお側でお仕えして、少しでもお役に立てればそれで良いのデス」

「歯がゆいわね。あなた、幾つになった」

 端正な顔に浮かべていた笑みを霧散させ、自分の顔をリンカに押し付けるようにしてラングレーが詰問する。

「に、二十七だけど……」

「あなたが女性にょしょうとして持て囃されるのはせめて後五年程度というところね。人間の若さには限りがあるわ。折角、女性(にょしょうとして美しさを謳歌できる時期に、想い人を座して待つのは得策とは言えない。そも、考えてもみなさい。あなたより先にギルドに入っている冒険者で五郎丸に想いを寄せている者が居ないとでも思うの」

 詰問と言うより説教に近い。

「私の知っている限りでも、紅い長髪の女は誰よりも五郎丸との付き合いが長い。亜麻色の髪の背の高い女の意識が無い時、五郎丸は何日も見舞いに行っている。共に前線に立てない、研究しか能のないあなたにとってこれは挽回のしようがないハンデと言えるわ」

 ラングレーの言葉に押され、唯でさえ白いリンカの顔色がさらに蒼白になっていく。

「あの、その話と今日私がここに来た理由と、どう言う関係が……」

 冷や汗を流しながら、リンカは百歳の人妖の追求から、どうにか逃れようとする。

「先程言ったでしょう、あなたには遣いに行ってもらうと。ちょうど鉱石が切れてしまったの。私はこれからもう少し練成をしたいから、ミーミル山脈の麓まで発掘をしてきてほしいのよ。雨も止んだことだし、半日もあれば充分な量が採れるでしょう」

「何言ってるんデスか。魔物が出るミーミル山なんて私一人では無理デス」

 反論してから、ふとリンカはある事に気が付いた。

「あれ。じゃあ、なんで二人分昼食が必要だったんデスか。あなたは行かないのでしょう」

「勿論、二人で行くからよ」

 ラングレーの答えは簡潔だ。

「誰が」とリンカが問おうとした時、ノックの音がしてラングレーの部屋の扉が開いた。

 入って来たのは、誰あろう話しのネタになっていたギルド長だ。


「ご、五郎丸様っ」

 リンカは飛び上がる勢いで立ち上がった。先程までのラングレーとの会話を聞かれたのではないかと、蒼白だった顔が上気して赤くなっていく。

「おお、リンカ殿も一緒だったか。ラングレーに足りない鉱石を採掘してきて欲しいと頼まれてな」

 どう言う事か理解したリンカが困ったように、自分の為に策を弄したラングレーに視線を送る。

「あなたが考えている通りよ。諦めて一緒に行って来なさい」

 腕を組みながら得心している顔でラングレーが言い放つ。

「有り難い。リンカ殿が手伝ってくれるのか。俺一人では気が滅入るからな。話相手が居ると助かる」

「あ、はいっ。おおおっお邪魔にならないよう、おっおお供させて頂きます」

 五郎丸からの問いかけに、リンカは自分の顔が赤くなっている事を隠そうと深々と頭を下げた。


 

「まったく、世話の焼ける女子おなごね。まあ、遠目から見れば似合いの男女とも言えなくもないかしら」

 二人分の昼食を入れた籠をぎこちない動作で抱えながら、五郎丸と城下街の大通りを歩いていくリンカを見送りながら、百歳の人妖は独り呟いた。

 大通りに面している家々の軒先に掛けられた洗濯物が風に翻り、不器用な研究者の恋路を応援しているようにラングレーには見えた。

 メインストーリーに関係ない完全一話読み切りです。このお話に出てくるほぼ全てのキャラクターには実存するモデルとなる人がいるので、ご本人たちの名誉のため、あまり勝手な色恋沙汰は書けないと言う事情がありましたが、ご本人たちとほとんど絡む事がなくなり、きっとこのお話もご本人たちの目に触れる事はないと判断したので、自分の勝手な判断で書かせてもらいました。たまには、こういう軽い息抜きのお話も書きたくなります。

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