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笑顔

「リンカ殿。知っている事を話してもらうぞ」

 五郎丸は自身の咽と唇が先程の戦闘による緊張のため、酷く渇いている事を自覚しながら口を開いた。

「誰が聞いているか判りません。ここでお話しするのは危険デス」

 リンカの返答は慎重である。二人は目を合わさないで会話をしている。目の前の平原では、戦闘による負傷者の救援が行われている。その多くは五郎丸のギルドの冒険者だ。幸い死者は出なかったが、これほどまでの負傷者を出したのは、ギルド開設以来五郎丸にとって初めてのことだった。

「アンジェリナ殿。悪いが怪我人の状況を把握してきてくれ。後で俺の所へ報告を頼む」

 五郎丸はアンジェリナに向き直り、申し訳無さそうに頼んだ。

「御意のままに」

 アンジェリナはお辞儀すると戦いの行われた平原へ走っていく。彼女の胸の内も、何もできなかった己への自責の念で溢れていた。


「あの……」

 走り去っていくアンジェリナを当ても無く見つめている五郎丸にリンカが声をかけた。

「私も、私も皆さんのギルドに入れてください」

 突然の申し出に、五郎丸は咄嗟に声が出ない。訝しげな表情でリンカに視線を送る。

「何を言っている。お主は国の研究機関の人間だろう。ギルドとの重複登録は赦されておらぬぞ」

 エルドラゴでは民間のギルドと、国の様々な機関での間の癒着を防ぐため、同一人物が二つ以上のギルドや公共機関に所属することを禁止している。無論、国の研究機関に属するリンカが五郎丸のギルドに入る事は不可能だ。

「私、実は研究所を辞めて来たんです。どうしても、力のみが正義を作れると思っている上層部の考えが納得できなくて……。黙っていてすいません」

 リンカは俯いたまま謝罪した。嘘を言って戦闘を見守っていた事に罪悪感があったのだろう。国の機密の一部なりとも垣間見てきた研究者には、機関を辞めた後にもそれなりの監視や行動制限が付く。それを覚悟でリンカは研究所を抜けてきたということになる。

「そうか。それを知っていれば先程は掴み掛かったりしなかった。謝るのは俺のほうだ。すまぬことをした」

 五郎丸もリンカの置かれた境遇や覚悟を理解して、軽率だった自分の行動を詫びた。

「とんでもないデス。仲間を思うのは当然の事デス。この人が長のギルドなら、今回の件も解決できるのではないかと私は思ったのデス」

 リンカは顔を上げて五郎丸に向けて微笑んだ。五郎丸は知る由もなかったが、それはリンカが研究所では決して見せたことのない表情だった。

「俺はそんな立派な人間じゃない。仲間の助けがなければ何も出来ない、只の臆病者さ」

 五郎丸はリンカからの視線を受け止めきれず、顔を逸らすと照れくさそうに頭を掻いた。



 平原では救援もあらかた終わりかけ、後は輸送された者の手当てが残されているのみであったが、何やら怒鳴りあう声が聞こえてきた。先程の戦闘でドラゴニアが落とした手甲の欠片を巡って正規軍同士の争奪戦が行われているようである。大きな欠片は既に研究機関が持ち帰っているが、全ての欠片まで回収するわけではない。ドラゴニアの防具は稀少金属レアメタルで出来ている。目先の欲に目が眩んで、所有権を争い我を忘れているようだ。最初は只の怒鳴り合いだったが、突然一方の兵士が短剣を抜き、相手の首筋を刺した。鮮血が勢い良く頚動脈から噴出され、兵士は声もなく倒れる。刺した兵士は、相手の手から稀少金属の破片を奪い走り去っていく。もはややっている事は城や街を守る兵士のものではなく、己の要望を満たすためなら殺人も厭わない、野党と何ら変わらない。あのような兵士に命を預けなければならないエルドラゴ城の民の心労はいかばかりだろう。

 倒れた兵士は既に絶命している。言い争いを囃し立てていた他の兵士も、倒れた兵士を助ける事は無く、何事も無かったようにその場から立ち去っていく。それがこの戦闘での唯一の死者となった。


 リンカはその光景を見て唖然としている。

「正規軍はもはや形骸となっている。士気とモラルは低く、内部は腐敗している。もはや国はギルドの冒険者に頼らなくては自分たちの城門を守る事も出来ぬのだ」

 五郎丸は新緑の夏草が生い茂る平原に生者だった兵士の血が吸い込まれていくのを見遣りながらリンカに声をかけた。

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