迎撃
ナーモ平原はエルドラゴ城の南に広がる平原だ。国土の中でこれほどの広さの平原は珍しく、四季に応じて様々な植物、果物が採れエルドラゴに住まう人々の食卓に恩恵を与えてきた。
コボルトやゴブリンがひっそりと暮らす以外は大型の魔物も林の奥にしか棲息しておらず危険度も低い。先日ゴブリンが大量発生する出来事がありギルドの出撃する事態となったが、それはまた別の話である。
その静かな平原をアンデッドとドラゴニアと言う巨大兵器が北上してくる。アンデッドとは不死者の事で、既に命を失った生物が再び魔術によって合成された魔物の総称だ。アンデッド自体に意思はなく、自分を作り上げた者の命に従う傀儡である。一度命を失っているのでその身体は腐乱、或いは白骨化している事が多く、武器を持って生者に襲い掛かってくるのだ。通常の精神の持ち主では耐えられない光景である。倒す方法は再生できなくなるまで叩き潰すか、炎の魔法で焼き尽くす。或いは神聖魔法や聖水で浄化するほかない。アンデッドでない人間相手であれば片腕を切り落とせば勝敗は決するがアンデッドの場合はそうはいかない。
ただ魔族としては最下級の兵士なので、戦闘力自体は低い。
平原を城門に向かってくるアンデッドの群を五郎丸のギルドの冒険者が迎撃する。
「一番槍は我らが頂く。三人ともアルトアイゼン家の名に恥じぬ戦いを見せよ」
スレイプニルが槍を構えて敵陣の中に切り込んでいく。突進と共に繰り出された槍はスケルトンと呼ばれる人型のアンデッドの甲冑を貫いた。素早く槍を引き抜くと頭上で槍を回転させ、近寄ってくるスケルトンを薙ぎ倒す。そこへ三人の子供が体勢を崩した相手に襲い掛かり、追い討ちの攻撃を加え文字通り、スケルトンの骨を砕いていく。親子ならではの連携である。
オルエンは片手剣と共に魔術の心得もある。下級兵士であるスケルトンを倒す程度の魔力は充分持ち合わせている。剣を交えるより早く、近づいてくるスケルトンを炎の魔法で弱体化させ、パーティーの攻撃でスケルトンを倒してく。
この程度の数、戦闘力のアンデッドなら魔術士が少ない五郎丸のギルドでも時間はかかるが充分討伐できる。但し、今回の戦闘の目的はアンデッドの掃討ではない。
「来たな……」
五郎丸は、照りつける夏の日差しによって、空気の密度の違いが生み出した陽炎の向こうに、一つの不気味な影を見出した。その影は全長十メートル程の巨体を真紅の鎧で固め、身の丈と同じ位の長さの三つ又の矛を携えている。
「各隊に通達。敵大型兵器の迎撃を最優先。二部隊が攻撃。残りの部隊がサポートとスケルトンの掃討に当たれ」
五郎丸が小型のオベリスクストーンを介して指示を出すとギルドの冒険者たちはドラゴニアを囲むように陣形を変えていった。
その距離が十メートル程に迫った所で事態は一変した。ドラゴニアは右足を一歩下げ半身の体勢となり矛を構えると、巨体とは思えない素早さで矛を突き出した。巨木をも薙ぎ倒すような旋風がドラゴニアの矛から繰り出される。その旋風は城門前で戦闘を見守っていたアンジェリナたちの所まで衝撃波を齎す程であった。周りにいた冒険者はスケルトンも含めて悉くその恐るべき力によって弾き飛ばされた。立ち上がろうとする所を更にドラゴニアの旋風が襲う。決して弱くないギルドの冒険者たちが、何も出来ずにまるで木の葉のように吹き飛ばされていく。
「何て力だ」
アンジェリナは絶句していた。同じ古代兵器としての規格でもドラゴニアの力は竜の守護者の力を大きく凌駕しているように思えた。
「くっ、このままでは」
唇を噛んで搾り出すようにそれだけ呟いた五郎丸もアンジェリナと同様、なす術なく戦況を見守るしかなかった。
「リンカ殿。奴を打ち倒す手立てはないのか」
五郎丸は冷や汗を流しながらドラゴニアに視線を送るリンカに声をかける。
「残念ながら有効な手段はありません。攻撃を耐え抜いて、相手が諦めるまでダメージを与えていくしか……」
そこまでリンカが言うと五郎丸はリンカに掴み掛かった。
「お主たちはそれを判っていて依頼してきたのか。我々に人柱になれと。あそこで闘っている俺の仲間は駒ではなく人間なのだぞ」
アンジェリナはここまで気持ちを昂らせている五郎丸を初めて見た。
「あたしたちもドラゴニアの力がここまで進化しているとは思いませんでした。想定外の事なのデス」
胸倉を掴まれているリンカが喘ぐように答える。
「お主らの勝手な想定外で、俺の大事な仲間を失うわけにはいかぬ」
五郎丸たちが言い争っている間にも事態は加速度的に悪化していく。
突如、城門を守っていた兵士たちから悲鳴のような声があがった。
「ギガースが現れたぞ」
それは絶望を知らせる声だ。ドラゴニアにさえ手が出せない状態で、大型の魔物であるギガースまで襲ってきては、勝敗は闘わずとも決したと同じだった。ギガースとは魔界に住む知性のある魔族の総称である。五郎丸が声のした方に視線を向けると黒い鱗のギガースと四本足の小型の三つ首のギガースの姿があった。
城門を守る正規兵たちは我先に門の中に逃げ込み、逃げ遅れた兵を無視して城門を閉じようとする。城や仲間より自分の命が大事と言う事だ。正規兵は大戦が終結してから志願してきた新兵がほとんどで、充分な武具が支給されるが立派なのは外見のみで実戦経験は極めて乏しい。街では国家の権力を濫用して横暴の限りをつくす新兵のモラルの低さも囁かれていたりもする。
「ちっ、俺の悪運も尽きたか」
五郎丸は舌打ちすると、愛用の斧を構えようとした。しかし、二体のギガースは城門の兵士や冒険者に危害を加える事はなく、平原にいるドラゴニアに向かっていく。
「まさかっ」
アンジェリナと五郎丸はこの世に一人だけ、ギガースを手懐けられるかもしれない人物を思いつき、異口同音に声をあげた。