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城門

 エルドラゴは半径二キロ程の大きさの城下町だ。その全体を二十メートルの高さの城壁が囲っている。北と西は内海に面しており、外から攻められることは少ないため、南と東の城門が特に厚く造られている。二重の城壁や、十五メートル置きに設置された投石機によって外敵からの侵入を永い年月の間拒絶してきた。

 先の大戦で、城壁がその役目を果たせなかったのは、和平の使節団を装ったトロイの木馬を城内に招き入れてしまったためだ。開国以来初めて城内は戦場となり、多くの市民が犠牲になった記録が残っている。



 アンジェリナたちギルドの一行が南の城門の前に到着した時、既に多くの軍の防衛部隊が列をなして、敵の襲来に備えていた。

「反応が早すぎませんか」

 アンジェリナは軍の素早い対応に違和感を感じ、隣を歩く五郎丸に意見を求めた。

「確かに、これほどの兵を動かすとなると、かなりの時間がかかるのは間違いない。本当に国家の存亡がかかっているような事態なのか、それとも……」

 五郎丸は敢えて言葉を切って反応を待った。

「仕組まれた襲撃だ、とでも」

「そこまでは言っておらん。だが、この国には戦争をしなければ困る人間がたくさん居ると言うのは事実だ」

 アンジェリナの言葉に明言は避けて、五郎丸は笑った。

「私たちのように……。ですか」

 アンジェリナの声には自嘲が滲んでいた。

「そう卑下するものではない。俺たちは戦争でなくても構わんさ。この国の平和や秩序を守るために出来る事は戦争だけではないからな」

 五郎丸は自分にも言い聞かせるような口ぶりでもう一度笑った。


 整然と並ぶ兵士たちの中で、一人だけ兵装をしていない女性の姿がある。茶色のスーツを着込み、短い髪に黒ぶちの眼鏡が理知的な印象を与える。そして、女性の頭には大きな獣のような毛に包まれた耳があることから、この国に住む亜人種(ヒューマノイドの事)、ドギニーと言う種族である事が判る。

 ドギニーは人間より五感が鋭く勤勉で忠誠心が高い事が特徴だが、好戦的な性格である事も多い。人間と同じくらいの体格なので、戦闘にも向いている事で知られている。


 女性は長である五郎丸を確認すると、足早に近寄ってきて一方的に告げた。

「失礼。わたくし、国立古代兵器研究所の主任研究員のパラスティアスと申します。これから、貴殿たちにはこの城を守る為に闘って頂く訳ですが、戦闘に先立って、二つお約束して欲しい事があります。一つ、今回の戦闘について、他言を一切しない事。一つ、目標を破壊しないこと。追い払って頂ければそれで構いません。以上です」

 全く感情が読み取れない、機械的な口調だ。

「我らはギルドの冒険者だ。依頼主の要望には極力応える。ただ、それには刀を抜くための正当な理由と正当な報酬を約束してもらいたい」

 パラスティアスの話を聞いた冒険者の中には、その一方的な物の言い方に不満の声を上げる者も居たが、五郎丸は冷静に長として対応した。

「フン。剣を振り回す事しか出来ない人間なんて代わりはいくらでもいるの。あなたたちに理由を説明する義理はないわ。黙って言う事を聞いていれば、報酬は国庫から存分に出しましょう」

 パラスティアスは五郎丸の質問にまともに取り合おうとせず、背を向けてその場から立ち去ろうとする。

「待て。それが命を賭して闘う者に対する態度かっ」

 リキュールが声を荒げて掴みかかろうとするのを、五郎丸が後ろから羽交い絞めして抑える。リキュールには目もくれず既に城門へ歩き出しているパラスティアスに向かって、アンジェリナが確認する。

「なるほど。詳しく説明したくない事情があるという訳ですね。ギルドに依存しきっていた国家が研究機関を使って何を行い、何を私たちに隠しているか。この眼で確かめさせてもらいますよ」

「……好きにすれば良いわ」

 パラスティアスは立ち止まると、振り返ることはせずにそう告げて、城門の守備隊の中に消えていった。

「ちっ。こっちが感情を出せば何か言い返してくると思ったんだが、あの女なかなかガードが固いな」

 五郎丸に羽交い絞めにされていたリキュールが呟いた。どうやら怒鳴ったのは演技だったらしい。

「何じゃ、ワザと怒鳴ったのか。すっかり酔っ払っておったのかと思うたが、お主にしてはなかなか良い演技じゃったぞ」

 エンプレスが珍しくリキュールの行動を認める発言をした。

「あれくらいで酔うものかよ。まぁ、誰も止めなければ、あのまま掴みかかっていたさ」

 リキュールは懐から酒瓶を出して、一口煽った。

「いずれにしても、何か隠している可能性は高いですね。表情を読まれたくないのか、こちらを見る事も少なかったですし、用心して掛からないといけませんね」

 アンジェリナが腕を組んで考えていると、後ろから声を掛けられた。

「あの。ギルドの方デスよね」

 よく通る女性の声だ。振り返ったアンジェリナたちの前には一人の女性の姿があった。短い金髪を眉の上で綺麗に揃え、その眉の下には空のように澄んだ青い瞳が輝いている。透き通るような肌の白さを身に付けている黒い法衣が一層強調している。

「先程は主任が失礼な言い方をしてしまった様で申し訳ありません。あたし、研究員のリンカと申します」

 リンカと名乗った女性は礼儀正しくお辞儀した。

「お主が謝る必要はない。気にする事はないさ」

 五郎丸は笑って答える。実際先程のやり取りを不審には思ったが、不愉快には思ってはいなかった。

「そう言って頂けると助かります」

 リンカは申し訳無さそうに、もう一度頭を下げた。

「で、その研究員さんが俺たちに何の用件だ」

 酒臭い息を撒き散らしながら、リキュールが横から口を挟んで当然の疑問を投げかける。

「はい。今回の戦闘、あたしも参加させて下さい。あたしは戦闘員ではないので、武器を持って闘う事はできませんが、情報提供やアドバイスをさせて頂きます」

「やはり、相手は普通の魔物ではないと」

「相手は竜の守護者を模して国内で秘密裏に研究、建造されたドラゴニアと呼ばれる巨大兵器の一番機デス。ドラゴニアは先の大戦中、竜の守護者の解析をしていく中で偶然見つけた古代兵器デス。あたしたちは大戦が終結した後も、研究を重ねて来ましたが、もしかしたら竜の守護者やドラゴニアは目覚めさせてはいけなかったのかも知れません。大きすぎる力は時として人を不幸にします」

 五郎丸の言葉にそう答えたリンカの声は悲しい響きが込められていた。


 謎の古代兵器はこうしている間にも、城門へ近づきつつあった。


 先の大戦で仲間だったにも関わらず、剣を交える事になった残酷な運命を背負わされた五人の竜の守護者のうち、現在所在が確認されているのは、白き竜の騎士カイラス卿だけである。黒き竜を駆る裏切りの騎士シーマと紅き竜のマイヤー卿は行方不明で、生死すら判別していない。大戦の一番の立役者と言われているリチャード卿は竜の力を遣い過ぎた事が原因で身体の老化が進む奇病にかかり、著しく体調を崩したため、守護者の証を返上しエルドラゴ全土を巡って治療法を探している。その傍らには蒼き巫女アイリが影のように寄り添っているそうだ。王宮騎士団長ギリアム卿と結婚し、女王となったフィーナはリチャード卿の行方に関する報告を聞く度に遠い眼をして悲しそうな表情を浮かべるとエルドラゴ城の内外で噂になっている。

 そも、エルドラゴ王国と言うのは、その名の通り「竜神」を信仰する一族により建国され、その歴史は四百年続いていると言われている。各地に棲息する竜はエレメントドラゴンと、エンシェントドラゴンに分類され、エレメントドラゴンは魔物の一種とされ討伐に許可は必要ない。エンシェントドラゴンは契約者を待つ竜で、古代の遺物を守護している事が多く討伐には国の許可が必要になる。知性が高く、人語を理解する竜もいる。竜に認められた者は守護者と呼ばれ、絶大な力を授かる事ができる。また、竜の力を解放すれば十メートル程の竜の化身に変身することも可能だ。



「判った。リンカ殿。さしあたってこれ以上不幸な人間が出ないよう力を貸してくれ。アンジェリナ殿、こちらのギルドの人数はどれくらい集まったか」

「先程の酒の席で酔い潰れた者は捨て置いて来ました。アルコールが残っていて、正確な判断が出来なくなっていると思われる者も今回の戦闘から除外します。戦闘可能なのは二十二名です」

 五郎丸の問いかけに、アンジェリナが即答する。

「よし四人一組で行動する。彼我兵力差が判らん以上、無理な戦闘や深追いはするな。依頼主からの命令はこの城門を守り、敵を追い払う事だ。それを忘れるな。今回は守備に秀でた者をリーダーにとする。リキュール、エンプレス、グレイプニル、オルエン、優磨。お前らがリーダーだ。各々三名を率いて迎撃せよ」

 リキュールとエンプレスは先日のカラドボルグを巡る戦闘で共に闘った冒険者である。グレイプニルは親子二代でこのギルドに所属している。王宮騎士団長も輩出したことがある、武家の名門アルトアイゼン家出身の冒険者だ。父親のグレイプニルは腐敗している軍に見切りをつけ、所属していた騎士団を早期退役した槍遣いで、スレイプニル、ミョルニルと言う二人の娘と、グングニルという息子がいる。三人の子供はいずれも優秀な片手剣遣いで、特に長女のスレイプニルは既に父親の力量を超えているのではないかと言われている。末っ子のグングニルは今回の戦闘がギルドでの初陣となる。

 オルエンは母の形見の鎧を常に身に付けている冒険者である。片手剣遣いで視野が広く冷静で戦闘の状況を読める人物だ。噂では母親の仇を探していると言われている。

 優磨はギルドの戦闘訓練を指揮する戦闘のスペシャリストだ。あらゆる武具に精通する彼の厳しい戦闘訓練があるからこそ、このギルドの戦闘水準や規律は守られていると言っても過言ではない。

 いずれ劣らぬ強者揃いだが、彼らの唯一の共通点は五郎丸をマスターとして認め、その剣を捧げている事である。


「リンカ殿とアンジェリナ殿は俺とここに残れ」

 五郎丸はメンバーを見渡して即座に人選すると指示を出した。

「なっ。ギルド長……」

 異議の声を上げようとするアンジェリナを五郎丸が片手を上げて制す。

「アンジェリナ殿はまだカラドボルグが満足に振るえない体だろう。今回の戦闘はいつもの魔物討伐とは違う。リンカ殿とここに残り戦況を見極めてくれ」

 語り方は優しいが、それ以上の反論を認めない五郎丸の言葉にアンジェリナは唇を噛み締めて低頭するしかなかった。

「御意のままに」


「目標、接近してきます。大型一体。その他にアンデッドが百体程度居ると思われます。後数分で城門に到達します」

 軍の伝令が五郎丸に報告する。

「アンデッドか。魔術士が少ない我らのギルドには厄介な相手だな」

 五郎丸は低く呟くと、手にした金色の斧を高く掲げた。午後の陽光がアゲハの装飾が施された刃に反射して、幾筋もの虹色の光の道を形成する。

「各隊孤立しないように陣形をとり、それぞれに武勲を立てよ。相手は軍の守備隊を倒す程の兵力だ。油断するな」

 五郎丸の言葉にギルドの冒険者も手に持つ武器を掲げて応える。


「よし、進軍開始」

 五郎丸が手を振り下ろし、夏の平原を舞台とした戦闘が開始された。

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