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結実

 突然爆風が吹き荒れる。数日前エルドラゴの城門前で経験したものと同じだ。通常なら立って居られない程の殺意を孕んだ暴風だったが、ラングレーが練成した武具は冒険者の身を守り、転倒を防いでいた。姿を確認するまでもない。邪神が宿ったドラゴニアと呼ばれる古代兵器がいきなり襲い掛かってきたのだ。

 城の天井を突き破り一行の前に降り立ったドラゴニアは、前回にも増して邪悪な波動を撒き散らしていた。その姿は、理想を追いかけながらも首を刎ねられた男の悔恨と暴力により国と肉親を失った女の執念が具現化し鎧を纏っているようだった。言いようの無い悪寒を感じ、冒険者たちは武器を構える。

「……こいつは、もしかしたら俺たちでは手に負えんかもしれん」

 五郎丸はハンマーを構えながらも冷たい汗が背筋を通っていくのを自覚していた。


「備前長船、我が愛刀よ。よくぞ戻ってきた。守人もりびととして選んだ家臣を転移させた甲斐があったと言うもの。さあ、今こそ我が手に還ってくるのだ」

 十メートルを超す巨体から声が木霊する。或いは邪神が直接脳に語りかけてきているのかアンジェリナには判別出来なかった。ただ、狙われているのは自分が手にする刀であることは明らかで、話し合いが通じる状態でないのも自明だった。

「ブリガンティア姫の力が弱まっているようデス。邪神にドラゴニアが制御されてしまっています」

 リンカが蒼白な顔で告げる。本来契約した人間の意志で動く事を想定して研究されてきたドラゴニアが中に宿る神の力で動いたらどうなるのか、全く想像できなかった。

「何故だ。ドラゴニアは契約者が操るものではなかったのか」

 ウルフが大声で問い質す。

「恐らく、刀が原因かと。本来は契約者の証が行動を戒めるのデスが、刀に宿った生前の記憶が邪神の力を増幅させている可能性はあります」

 リンカの見解は仮説ではあるが、邪神となった男がドラゴニアを操っているのは覆しようも無い事実であった。


「御館様、お心をお沈め下さい。ここは我等が居てはならない場所。戦いはもう終わったのです」

 一行から飛び出してケビンが畏まった声でドラゴニアに懇願する。

「膝を折れ、我は汝の唯一の君主なるぞ。汝に預けた長船を再び手にすれば、武蔵の原の復興も夢ではない」

「もはやあなた様を私の君主とは呼べませぬ。畏れながら申し上げます。今のお姿は国を憂い、民を想う御館様のお姿ではありません。このような形で御名をお汚しになる事はお止め下さい」

 ケビンは尚も声を張り上げてかつて君主であった邪神を説得しようとする。

「くどい。我の理想を理解出来ぬ愚かな我以外の支配者どもに裁きの鉄槌を喰らわせ、大願を成就するまで闘いは終わらんのだ。さあ、長船を還せ。あるべき持ち主の手へ」

 十メートルの巨体がケビンに近づき手を伸ばす。普通の人間であれば恐怖で足が竦んでしまうような威圧を受けながらも、ケビンは微動だにしない。

「……出来ませぬ」

「なに」

「出来ませぬと申し上げたのです。既に長船は新しい持ち主を見出し、その者に力を貸しております」

 臆する事無く、ケビンは言い放った。その瞳にかつての君主を敬う光は宿っていなかった。

「誰のお陰で生きながらえたと思っておるのだ。増長するなよ、家臣の分際で」

 怒りに任せ、ドラゴニアが三つ又の矛を振り下ろす。深々と刺さった矛は、城の床を容易く突き破り、ドラゴニアを含めその場に居た全員が地下に落ちていく。


「何を言っても無駄だ。説得は諦めろ爺さん」

 落下しながらウルフが叫ぶ。

「アンジェリナ殿、すまんがドラゴニアを頼む。俺たちは召喚の間と、こいつを止める手立てを探す」

 五郎丸は空中で、近くにいたリンカの手を取り着地して走り出す。

「わらわたちが居たのでは逆に邪魔になるからな。悪いが任せたぞ、アンジェ」

 着地すると印を結び、大気の防護膜をアンジェリナとケビンに練成して、エンプレスはウルフとラングレーを連れて、五郎丸たちとは別の方向に走り出した。地下の空間には矛を持つドラゴニアとアンジェリナ、ケビンだけが残された。


「女、貴様は逃げ出さなくて良いのか」

 嘲笑を含んだ声でドラゴニアは語りかけてくる。アンジェリナは緊張で粘度が高くなった唾を飲み下し、深呼吸をして長船の柄に手をかける。自分の呼吸と鼓動が妙に他人の物の様に感じられた。

 一瞬の間を置き繰り出されたドラゴニアの突きを、アンジェリナは抜刀せずに受け止めた。防護膜の大気は一瞬で吹き飛び、アンジェリナの周りの床が一斉に悲鳴を上げて罅割れを起こしていく。危険を感じたケビンが一目散に通路に逃げ込む。

 まだ刀の魔力を開放さえしていない。言わば長船は眠ったままの状態である。十メートルを超えるドラゴニアに対し、アンジェリナは二メートルにも満たない。体格差から考えればドラゴニアの攻撃を受け止められる筈もないが、アンジェリナの持つ備前長船が弾かれる事は無かった。続く薙ぎもアンジェリナの持つ長船は易々と受け止めた。衝撃波は地下の壁を叩き、振動で城全体が揺れているようだった。

「まさか、本当に長船に認められたとでも言うのか。このわしを差し置いて」

 戦わねば自分はもとより、仲間の身にも危険が及ぶ。そして何よりこのまま邪神を放っておけば、軍部や研究所によって戦争に利用され、また罪の無いエルドラゴの民にも危害が加えられる。運命としか言えない巡り合わせで邂逅した、救国の英雄王たちの手で守られた国のささやかな平穏をここで終わらせる訳にはいかなかった。眼を瞑ると五年前のかつての仲間との、苦難としか言いようの無い旅が走馬灯のように思い出された。

「……お願い。力を、貸して」

 眼を閉じたまま呟いたアンジェリナが静かに備前長船を鞘から引き抜く。その刀身は以前の持ち主である邪神も、長年その男に仕えていたケビンも見たことが無いような光を放っていた。桁違いの力が体内に流れ込んで来るのを感じたアンジェリナは、刀に託された人々の想いが剣の力を増幅しているであろう事をすぐに理解した。


「こんなに人々の想いを背負いながら、あなたは堕ちてしまったの」

 悲しげな声でアンジェリナは囁いた。

「黙れ。冒険者の分際で、新皇である我に説教する気か。認めん。断じて認めんぞ。それはわしの刀じゃ」

 たった二合で形勢を逆転され、声を荒げるドラゴニアには先程までの余裕は微塵も感じられなかった。

 この男は孤独だったのだ。誰も背に負う物を分かち合う者が居なかったのだ。多くの家臣はかしずいていても後ろに付いてくるだけで、同じ目線で語り合う者、支えてくれる者の存在がこの男にも必要だったのだ。それを感じ取り、アンジェリナは一つ深呼吸をした。

 

 猛る邪神を目の前にしても恐怖は感じない。自分には信じ合い共に歩む仲間がいる。たとえこの身が滅んでも後を継いでくれる者は必ず居る。


 だから、戦える。


 その想いがアンジェリナの中で「希望」と呼ばれる言葉で結実した。

 刀身から発する光は更に輝きを増し、持ち主であるアンジェリナを包み込んでいった。

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