突入
「なるほど。ドラゴニアの中に召喚された邪神はかつての君主。そしてその依り代として選ばれたのが、自分が助けたお姫様と言う事か。確かに数奇な運命であるな」
話を聞き終わったエンプレスが神妙な面持ちで、四百年の歳月を超えてやってきたケビンに視線を送る。
「何でまた五年も経ってから復讐なんて始めたんだ。しかも解せないのはブリガンティア姫が何故エルドラゴに執念を燃やすのかだな。公国は魔物の襲来によって滅ぼされたのだから救援を送れなかったエルドラゴを怨むのは筋違いであると思うのだがな」
今度は当然の疑問をウルフが投げかける。
「姫様はただ生きながらえる為に五年を過ごして来た訳ではない。エルドラゴ王国に一矢報いる機会を常に窺っておられたのだ。君主を失ったワシは、どのような理由であれ国を失った姫様をお救いする事が、亡き御館様のご意思であると思い忠誠を誓ったのだ。じゃが決起するにも臣下は全滅、頼れるような外戚もなく、無為に時間が過ぎていった。そんな時に耳にしたのが、ドラゴニアの実験の話だった。龍の守護者と同等の力を持ち、単体で城を落とす事が出来る可能性がある古代兵器と聞き、姫様はワシの反対を押し切り、実験の被験者になる事を望んだ。まさか異界から召喚されたのが邪神となって復活された御館様であるとは思いもよらなんだがな。しかしお二人をお救いせねば、時を超えて生きながらえた甲斐もないと言うもの」
そこまでケビンが語ると、ギンヌンガの城門前にあるオベリスクストーンに思念を送っていた五郎丸が帰ってきた。
「こんな所にもオベリスクストーンが設置されているとは驚きだな。お陰でギルドに連絡が取れて助かったがね」
オベリスクストーンは国の管轄で国内の要所に設置されている情報記憶媒体の総称だが、軍の調査も行き届いていないとされるムスペル山の頂上にある古城ギンヌンガにもその情報網は届いているようだ。
「思いっきり話の腰を折ってくれたな。で、ギルドには何と伝えたんだ」
ウルフが呆れながら五郎丸を見遣る。
「皆、時間と体力を持て余しているそうだ。退屈だろうから、俺から留守番している奴等に依頼を出しておいたよ」
「……お主、また何か悪企みをしておるだろう。それにわざと話を中断させたな。これ以上聞かれたくない話があります、と顔に書いてあるぞ」
腕を組んでエンプレスが五郎丸にしか聞こえない声で囁く。
「はて……。俺はこの国の安寧を希求して止まない、善良なギルドマスターだからな。何も企んだりしておらんよ。雇い主としてギルドの登録員を働かせる義務と権限を俺は持って居るからな。まあ、この程度の依頼ならあいつらには良い娯楽になるだろうよ」
エンプレスの話にまともに答えようとせず、五郎丸は顔を拭う仕草をしながらアンジェリナの元へ歩いていった。
「アンジェリナ殿。どうだ、備前長船は使えそうか」
まだ迷いがあるような表情を見せるアンジェリナに五郎丸は声をかけた。
「邪神となった武将を元の姿に戻す。取り込まれかけているブリガンティア姫を救う。剣を抜く理由は充分にあります。ただ私は……」
「剣の狂気に呑み込まれる危険性があると」
五郎丸の言葉にアンジェリナは無言で頷いた。先程のエンシェントドラゴンとの戦闘、そしてブリガンティアを救った際のケビンの話。この備前長船は持ち主の意思に関係なく血を求める可能性があるのではないか。性格から考えて、その疑念が晴れない限りきっとアンジェリナは剣を抜く事がないだろうと、五郎丸は思っていた。
「アンジェリナ殿の心配は判る。だが、剣は持ち主によって使役されて初めて意味を持つものだ」
「意味を、持つ……」
アンジェリナは五郎丸の言葉の真意を汲み取れないでいた。
「殺す為の剣か、生かすための剣かは持ち主次第と言うことさ。本当に良い刀は平時は鞘に納まっていると言うが、アンジェリナ殿が必要と思った時は心に従い迷わずその刀を抜けば良い。俺もケビン爺さんと同じで、長船が自分の力を正しく使いこなしてくれる主としてアンジェリナ殿を選んだのだと信じているよ」
五郎丸はアンジェリナの肩を軽く叩くと、全員を見渡した。
「さて、いよいよ本戦に突入だ。恐らく相手は城の最上階で待ってくれているなんて事は無い筈だ。城に入れば会敵即戦闘と言う事態も想定できる」
五郎丸の指示を全員が聞き入る。
「第一目標は邪神となった武将を元の姿に戻す事と、ブリガンティア姫の救出だ。残念だが、俺たちの力ではあいつの攻撃を防ぎきれん。戦闘になれば、邪神となった武将がかつて携えていた長船を持つアンジェリナ殿が頼りだ。悪いが可能な限り、やつを引き付けてくれ」
「御意のままに」
アンジェリナが肩膝を付いてマスターの指示に応える。自分が役割を果たさなければ仲間が傷付くことになる。先程の五郎丸の言葉を借りるのなら、出来れば人を生かすために剣を抜きたい。備前長船の柄を握り締め、アンジェリナは覚悟を決めた。
「第二目標は召喚の間を押さえる事だ。これ以上ドラゴニアを召喚させないため、召喚の間を潰す。冒険者の命を供物にするような実験が続けられる事を看過することはできん。それで良いな。リンカ殿」
同意を求める五郎丸の言葉に、リンカが咄嗟に頷く。
「はい。これ以上の古代兵器の研究は犠牲しか生みません。ここで終わりにしないと……」
「爺さん。ドラゴニアの元までは連れて行ってやる。お主の君主と姫様を助ける術はあるんだろうな」
「任せておけ。長船の助けがあれば、御館様とブリガンティア様を助ける事は出来るはずじゃ」
ケビンの自信に満ちた声を聞いた五郎丸は満足そうに微笑んだ。
来るものを拒むような魔界からの異臭を放ち、魔の山ムスペルの山頂に聳え立つ古城ギンヌンガの門を七人の一行がくぐっていく。
その姿をオベリスクストーンを介して暗い一室で見守る人物がいた。
「フフ。ギルドの皆さん、やっとお出ましか。先日は思わぬ邪魔が入って消せなかったけど、今度は私直々に出向いて、ちゃんとあの世に送ってあげるわ……」
女性は立ち上がり部屋を出ると王宮図書館の隣にある宝物庫から地下に延々と続く、一部の者にしか使用が許可されていない階段を降りていった。