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懐旧

 約四百年前。の国、首都。

 

 晩春の日差しは王宮にも平民街にも等しく降り注ぎ、四季の中で最も美しいと言われる春の花々が艶やかに咲き誇っていた。中でも、の国にしか咲かないと言われている桜は、満開の荘厳さは言うべくもあらず、その薄紅色の花弁の一枚一枚が、過ぎ去る春を惜しむように風に舞う散り際こそ美しいとうたわれ、の国の住民だけでなく、大陸からの訪問客にも絶大な人気を博していた。


 そんな折、首都では一大儀式が執り行われる準備が着々と進行していた。

 都から遠く離れた武蔵の原で朝廷に宣戦布告し、自ら「新王」を名乗った豪族の頭領が四年に渡る抵抗の末、遂に捕縛されたのだ。皇族による審議の結果、都での断頭による死刑が確定した。大陸では、せめて苦しまずに済むようにとの配慮から、断頭は貴族或いは王族にのみ適用される処刑方法だが、ここ極東の島国であるの国では、討ち首は罪人を裁く時に用いられる処刑法だ。民を政治の根本に置くと言う理念の下、理想郷を作ろうとした豪族の男が切腹による武人としての死を赦されず、罪人として処罰される。噂は風よりも迅く春の都を駆け巡った。

 

 確保した身柄を残党軍に奪還されないよう、刑の執行は都に着いた即日に行われる事になっている。護送の警護に付いたおよそ千五百の兵は、武器を取上げられ後ろ手に縛られた男一人に対しては破格の数だ。鉄をも両断する名刀を携え、一対三十の斬り合いでも負けなかったと噂される猛将は、眠る事も赦されずに絶え間なく拷問を受け、肉体的、精神的尊厳を奪われていた。刑を執行するまでは死んでもらっては困るので、死なない程度に痛めつけ、魔法で無理やり傷と体力を回復させてから、また痛めつけると言う半ば見せしめとも取れる拷問が都までの護送中に延々と行われていた。


「天命によりて、汝を国家反逆の罪人として断頭による死罪に処す。……最後の慈悲だ。何か言い残す事はないか」

 拷問使により断頭台に引きずり上げられた豪族の男は魔法の詠唱と自害を防ぐため、猿轡を噛まされている。言い残す事があっても伝える事は出来ない状態である。愉悦の表情で自分を見下し書状を読み上げる役人に対し、男は半死半生の眼で睨み返したが「やれ」と言う役人の一言で断頭台に首と両手を固定された。


「敵襲っ、敵襲っ」

 断頭台のある広場には五百人からの都の群集が、田舎者の末路を見物に集まっていた。広場の警鐘が打ち鳴らされると場は騒然となり、放たれた火矢が事態を加速度的に収拾の出来ないものへと追いやっていく。

「御館様。いずこに居わします」

 叫んだ背の低い初老の騎士の腰には、長船の銘が刻まれた囚われている男の愛刀が下げられている。僅かな手勢で都に侵入し、一番気が緩むであろう刑が執行される直前を見計らって男たちは突撃した。広場の奥にある断頭台を見つけ、抜刀した自分の刀を振り上げ初老の騎士が味方を鼓舞する。

「御館様を救わねば、我等に未来はないぞ。ものども、死ぬつもりで行け」

 広場の衛兵はおよそ百人。それに対し広場に侵入した味方は二十人程度。まともに斬り合って勝てる数でないのは突入する前から判っていた。極限まで痛めつけられた君主を助け出し、さらに厳重警戒下にある都から連れ出す目算などなかったが、このまま帰る所など彼等には何処にも無かった。

 先頭に立って刀を振り続ける初老の騎士の周りには、立ち向かってくる衛兵、煙に巻かれて逃げ遅れた民衆の骸が次々と折り重なっていく。戦闘員でない民衆は見逃してやるなどと言う余裕はない。目の前に居るものは切り捨てて最短距離で断頭台を目指す。


「早く、早くそやつの首を落とせ」

 決死の覚悟で迫ってくる一群に肝を冷やした役人が、拷問使に指示を出す。誰一人群集が注目しなくなった、阿鼻叫喚の坩堝るつぼと化した広場の断頭台の上で拷問使の斧が振り降ろされた。

「御館様ーー」

 初老の騎士の絶叫も虚しく、固定されている両手首と頭は胴体と永遠に別れを告げた。左右の手首より先は重力に従って地面に落ち、勢いよく噴出した血液が血溜まりを作っていく。ただ切り落とされた首は大地に落ちる事無く、淡い紫色の光を放ち呪詛の念を撒き散らしながら宙を漂っている。

「こ、小次郎坊ちゃま……」

 想像だにできない光景に、思わず長年仕えた君主の幼少の頃の名を口走って絶句する騎士に向け、首だけとなった男は一度だけ視線を送ると更に眩く輝き出し、遥か東方の武蔵の原の方角に向かって飛び去っていった。


 その瞬間、衛兵から放たれた矢が自失して立ち尽くす初老の騎士の鎧の胸甲を貫いた。深々と刺さった矢を眼にして己の最期を自覚し倒れこんだ騎士は、その場で意識を失った。




 約五年前、大戦開戦直後。スミュルナ公国首都、水上王宮。

 

 宣戦と同時に電撃的に各地を進軍していく暗黒王スルトの軍は、ムスペル山の頂上にそびえる古城ギンヌンガに異界の門を開き、無限とも思われる数の魔物を召喚し、占領などを考えずに殺すだけ殺し奪うだけ奪うと言う戦術で、大陸各国の領地を蹂躙して行った。

 隣国エルドラゴからの増援が途絶え、孤立したスミュルナ公国の王宮に押し寄せた魔物の群れは約十万。王宮を守る兵は近衛騎士団を合わせても一万足らず。湖の上に立ち、近隣諸国の中で最も美しいと謳われていた水上王宮は陥落の一歩手前だった。湖の周りの城下町は既に焼き尽くされ、住民はほぼ全滅と言っても良いと言う状態で、王宮へ続く橋は一本を残して爆破し魔物の進行をどうにか防いでいたが、増援が見込めない現状では城内の一万の兵で持ちこたえられる事は不可能に近かった。


 湖にかかる橋の上で、一国の存亡がかかった戦が展開している最中、突然湖に大きな水飛沫が上がり、湖面に波紋を広げた。

 自分の口と鼻から肺に水が浸入してくるのを感じ、条件反射で甲冑を水中で脱いで水面を目指して手足を動かす。

「なんじゃ。ここは……」

 腰に下げた刀だけは手放さず、湖面から顔を出した初老の騎士は辺りを見回した。自分の生まれた国の景色で無い事はすぐに判ったが、状況が飲み込めない。自分は確か君主の為に首都に忍び込み、全員討ち死にの覚悟で広場に突撃した筈だった。周りを見回したが先刻まで一緒だった同志の姿は無い。

「ワシだけ助かったのか。御館様のご意思なのか、それとも長船の霊力か……」

 騎士は君主への忠誠心は誰にも負けない自負はあったが、信心深い訳では無かった。人智を超えた存在を感じた事も信じた事もなかったが、今この状況を作り出しているのは、間違いなく人成らざる者の力である事は明らかだった。

 

 湖の中心に浮かぶ大陸仕様の城から小舟が一艘出て行くのが見える。三人の男性騎士に守られた女性を乗せた小船が水上に掛けられた橋とは反対の方向へ漕ぎ出していく。取り合えず乗せて貰おうと思い、騎士は小舟の後ろから泳いで近づいていく事にした。

「何者だ」

 船から発せられた誰何すいかの声は自分に向けてではなかった。見ると小船を囲むように空中に浮かぶローブを纏った五人の人影が確認できた。手に杖を携えている事から全員術士であることが判る。

「困りますな、ブリガンティア姫。あなたはここで魔物によって殺される事になっております。逃げられては我が国の領土が広がらないではないですか」

 薄い笑みを浮かべながら口を開いた術士が胸の前で印を結ぶと、女性を守るように剣を構えていた騎士たちが見えない力に弾き飛ばされたように次々と湖に落ちて行く。訳も判らずその光景を見ていた初老の騎士の腰に下げられている刀が淡い光を発する。

「救え、と言うのですか。御館様」

 答えを出すより先に身体が動いていた。初老の騎士は素早く小舟に取り付き女性の前に立つと、鞘から抜いていない刀を構える。刀の魔力を微量だけ解放し、間髪入れずくうを薙いで真空刃を放つと、三つの真空刃で二人の術士を打ち落とす事に成功した。自分にこんな芸当が出来るとは思っていなかった騎士は若干たじろいだが、その余韻に浸っている余裕は無かった。

「……今度は助ける」

 柄を握った手に力を込め、強く歯を食いしばり口からそれだけを搾り出すと、術士から放たれた魔法を刀を掲げて弾き飛ばす。

「なんだ。あの刀は」

 術士は仲間を倒したのが騎士の力ではなく、見たことの無い刀の力だとすぐに見抜いたが、再び放たれた真空刃で仲間と同じように命を落とした。騎士は続く一振りでもう一人を撃ち落し、船上で最後の一人に狙いを定める。

「まさか、エルドラゴでもスミュルナでも無い者の邪魔が入るとは。まあ良い。遅かれ早かれこの国は我等のものになる」

 それだけ言い残すと、最後の術士は突然姿を消した。術士の血で紅く濁った湖面の上には、初老の騎士と若い女性だけが残された。



「……それがワシと御館様との別れ、そしてブリガンティア様との出会いの全てじゃ」

 語り終えたケビンは一つ息を吐くと眼を瞑り、四百年前の出来事に思いを馳せているようだった。

モデルになった武将の名前は敢えて出してないんですよ。幼名は出しましたけどね。畏れ多くてとても自分のような未熟な人間の文章には出せません。祟りとか怖いですしね。今度首塚行かなきゃダメかな……

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