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魔龍

「わらわが奴の注意を引き付ける。ウルフはリンカ殿とラングレー殿をお守りしろ。五郎丸、アンジェ。攻撃は任せたぞ」

 叫ぶが早いか、エンプレスはエンシェントドラゴンの目の前に飛び出し、魔物が好むと言われるリモと呼ばれる木の実の粉末を自分の槍と盾に振りかけた。

 大型の魔物は一騎当千の冒険者と言っても一人では倒せない。パーティーが協力して一体の魔物と対峙する時、得物(携行している武器の事)によって攻守の役割を分担するのが定石である。盾を構えられる槍や片手剣が相手の攻撃を受け止め、また詠唱中に無防備になる術士を守る。そして破壊力のある斧や大剣などの両手武器が攻撃を担当する。


「頼むエンプレス。アンジェリナ殿、奴の右足を狙うぞ」

 五郎丸はエンプレスの後ろからエンシェントドラゴンの右側に回りこんでいく。元々討伐が目的ではない。相手の足を止めれば逃げる機会は幾らでも作れる。ドラゴンは空も飛べるが、地上に居る相手を攻撃するには、どうしても脚を使って追わなければならない。

 エンシェントドラゴンには、ほとんど自然界にあるマナから生成する魔法が効かない。その為、物理的攻撃によって体力を奪い追撃を諦めてもらうしかこの場を凌ぐ方法は無いと言えた。


「風の憑依魔法。カルティケーヤ」

 ウルフの後方に下がったラングレーが胸の前で印を結び、ドラゴンの懐に飛び込む五郎丸とアンジェリナに補助魔法を掛ける。カルティケーヤとは遥か東国の孔雀にまたがる軍神の名である。脳を活性化させ処理速度を上げる魔法で、時間を引き伸ばす錯覚を起こす事ができる。物理的に時間を延ばす事は不可能だ。ただ普段使われていない脳の機能を引き出し、視覚から脳への情報伝達、脳から運動神経への情報伝達の速度を上げる事により、冒険者は自分の視覚に写る映像が半分の速さで行われている錯覚に陥る。つまり相手の攻撃を半分の速さで脳が捉える事が出来ると言う魔法だ。効果は折り紙付きで生存率は一気に跳ね上がる。但し脳への負担が大きいので術の継続時間は最大で二分程度が限界と言われている。

「憑依魔法か。有り難い」

 五郎丸は鋭い鉤爪の一撃を難なくかわすと、エンシェントドラゴンの右足に重い一撃を叩き込んだ。確かな手応えはあったが、相手は鋼より固い鱗を持つと言われるドラゴン。この程度では怯む事もない。ドラゴンの鉤爪が再び五郎丸の頭上を擦過し、殺意を孕んだ風が五郎丸の神経を刺激する。

 エンシェントドラゴンが空振りに終わった右手を地面に着けると同時に今度はアンジェリナの刀が右足の鱗に喰い込む。

「こんななまくらじゃ、埒が明かないか」

 全くダメージを与えられていない攻撃を自覚し、アンジェリナは舌打ちした。まだ、愛剣カラドボルグを満足に振るえる体調ではない。ラングレーの工房で武器を新調できなかったアンジェリナは腕力を必要としない扱いやすい刀で闘っているが、もともとアンジェリナは魔力大剣遣いだ。魔法が効かないエンシェントドラゴンは天敵と言って良い。アンジェリナは素早く刀を引き抜いたが、今のたった一撃で刃が欠けてしまったのは疑いようがなかった。それを一瞥したエンシェントドラゴンが一際大きく雄叫びを上げる。


 五郎丸、アンジェリナは抜群の連携でエンシェントドラゴンの右足のみに攻撃を与えていく。エンプレスが常に正面に立ち、ウルフはリンカと魔力を使って体力を消耗したラングレーを庇いつつ衝撃波を撃ちアンジェリナと五郎丸への注意を逸らす。

「エンシェントドラゴン相手にこんな少人数で戦いを挑んで、互角に闘えるなんて。なんて人たちなの」

 知識はあるが、戦闘は素人のリンカは驚きを隠せなかった。正規の軍では千人単位の討伐隊を組織してエンシェントドラゴンに挑み、それでも失敗する事もあると聞いていた。今それを五人でやってのけている冒険者の実力はいかばかりのものなのか、リンカには見当もつかなかった。



「見事な連携じゃな。ワシが出るまでもないか」

 リンカとは別に広間を見渡せる岩陰から一行の戦闘を見つめ、感心する人物がいた。アンジェリナたち一行が魔の山に入ってから密かに動向を探っている男は、腰から珍しい刀を下げている。

「気になるのは、ワシとは別に出歯亀でばがめがいることじゃが……。人の戦闘を覗き見するなど、なんとたちの悪い奴等じゃ。ワシは他人から後を付けられるような後ろ暗いことは何もない故、あの愉快な御一行の中の誰かに御用かな」

 自分の事を棚に上げて都合の良い解釈を付け加えると、男は再び一行の戦闘に見入ることにした。


「いかん。ブレスが来るぞ。退避せよ」

 エンプレスが叫びその声に呼応するように五郎丸とアンジェリナがエンシェントドラゴンから離れる。動きを止め、大きく息を吸い込む動作はブレスを吐く合図である事は冒険者の基礎知識だ。ドラゴンのブレスは間違いなく強力だが、解っていれば対処のしようはある。エンプレスは女神の加護を得た盾に蓄えられた魔力を全て解放し、大気で保護膜を造るとエンシェントドラゴンの真正面に立つ。エンシェントドラゴンは肺に溜め込まれた空気と共に体内で精製される常温で燃え出す可燃性物質を吐き出した。

 鉄をも溶かすと言われるエンシェントドラゴンのブレスをエンプレスは盾一つで受け止めている。ウルフが遠距離で衝撃波を放つもドラゴンがブレスを止める気配はない。

「盾が溶ける。限界よ」

 自身が練成した武器の耐久度を熟知しているラングレーが叫ぶ。


 その時さらに予想だにしない事態が起こった。ドラゴンのブレスに、エンプレスの周りに浮遊する火山性の有害物質が引火したのだ。小規模な爆発が連続してエンプレスを襲う。

「女帝っ」

 爆発により弾き飛ばされ、地面に叩きつけられたエンプレスを一番近くに居たアンジェリナが刀を捨てて救援に向かう。

「馬鹿者。アンジェ、何故助けに来た」

 美しい顔と蒼い法衣の所々に煤をつけながら助け起こされたエンプレスは搾り出すように叱責する。パーティーで闘う時は己の役割を遵守する事が鉄則だ。自分の分担を投げ捨てその共通認識を破ると、パーティーは一気に壊滅に向かう事も多い。

 エンプレスの怒声を無視し自分とエンプレスに保護膜生成の魔法を詠唱しているアンジェリナにエンシェントドラゴンは再びブレスを吐く為に大きく息を吸い込んでいる。危険を察知した五郎丸がハンマーを捨てて走り出す。


「これを使え」

 アンジェリナ、エンプレスの元に駆け寄ってきた五郎丸に向かって声が木霊する。五郎丸は反射的に自分に向かって飛んできた物体を受け止め、昨日の事を思い出した。五郎丸が受け取ったのは、ギルドを訪ねて来た老人が携えていた珍しい刀だった。ギガースの一撃を受け止められるこの刀なら、ドラゴンのブレスも防げる可能性はある。

「なんだ、この刀。抜けないではないか」

 刀を受け取った五郎丸は咄嗟に鞘から抜こうとしたが、五郎丸の渾身の力を以ってしても刀を抜く事はできない。ドラゴンのブレスが三人を襲う。アンジェリナが無意識に五郎丸の手にしている刀の柄に手を掛ける。

 

「抜けたっ」

 アンジェリナの右手によって、鞘から解き放たれた刀身から溢れ出す眩い光は一瞬で三人を包みドラゴンのブレスを事も無く拡散させていく。叫び声を上げたエンシェントドラゴンはもどかしげに首を振ると、ブレスでの攻撃を諦め、大きく踏み込んで鉤爪で引き裂く為、アンジェリナに向かって右腕を振り下ろした。反射的にアンジェリナが鉤爪を受け止めるべく刀を掲げる。

 金属が擦れ合うような耳障りな渇いた音が響き渡り、アンジェリナの刀とエンシェントドラゴンの鉤爪の接点を中心に直視できないほどの光が溢れ出した。

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