二人目の犠牲者
やっぱり高野君を殺したのは僕なんじゃないか。
そう思ったのは二人目の犠牲者を目の前にした時だった。
それは高野君が死んだあの日から数年が経ち、僕が中学受験を控えた小6の夏だった。夏休みもあと数日で終わろうかと言う、今思い出してもむっとするほど暑い夏の夕方だった。
中学受験に備えて、勉強しなければならない事は分かってた。分かっている事とできるは一致しない。塾からもらった宿題に手を付ける気分になれず、ずっとほったらかしたままにしていた。このままではまずい。そんな気持ちが無い訳ではなかったけど、そんな気持ちを忘れるかのように、僕はリビングでTVゲームに熱中していた。
僕の家はエアコンがない訳ではない。でも、お母さんはエアコンが嫌いで、エアコンは止まったままだ。コントローラを握る手も汗ばんでいる。時々、ズボンでその汗をぬぐいながら、ゲームを続ける。ゲームを始めてかなりの時間が経っている事は分かっていた。
「いつまで、ゲームしているの?
明日提出する塾の宿題はできてるの?」
そんな僕に背後からゲームを止めろと言わんばかりの口調で、お母さんが言った。
「うん」
もうちょっとでこのステージのボスにたどり着ける。止めたりなんかできやしない。僕の目はTV画面に、指はコントローラに集中したまま、口だけを動かしてそう答えた。
塾の宿題。全然やる気になれず、塾でもらった日からずっとほったらかしにしているのである。当然できてなんかいない。でも、僕の口は軽く嘘をついていた。この程度の嘘で僕の心は痛みやしない。僕の意識は中断されることなく、ゲームに集中し続けていた。
そんな時、紙の束が空気中を舞う音が耳に聞こえてきた。そして、何かの紙の束が僕の背中に向かって飛んできて当たった。
僕はゲームの中で、大事な戦いの最中だったが無視するわけにもいかず、ゲームは一旦停止させて、いったい何が起きたのかと振り返った。そこには、鬼のような形相で立っているお母さんがいて、僕の後ろの床には、何も手を付けていない塾の宿題の束が広がっていた。
ばれた。
すぐに思った。
「全然、やってないじゃない。
さっき、宿題はやったと言ったくせに。お母さんを騙したのね」
宿題は僕の部屋の中に置いてあった。それがここにあると言う事は、お母さんが僕の部屋に入ったと言う事だ。
勝手に僕の部屋に入ったな!とは思ったが、どう考えても自分の方が悪いのは確かだ。
僕はじっとこらえて俯いて、黙っていた。
「あなたは分かっているの?
受験生なのよ。この夏に勉強しないで、どうするの」
よくもまぁ、これだけ喋れるものだ。そう思うくらい、説教が口から出てきている。僕は早くこの場を終わらせたかった。ゲームに戻りたい。早くここのボスを倒したい。その想いだけが頭の中にあって、ただひたすら嵐が過ぎ去るのを待っていた。
そんな時、お母さんが近寄ってきた。
叩くのか?
そう思った僕の横を通り越して、TVに近づいていき、その横に置いてあったTVゲーム機のコンセントをいきなり抜いた。
何しやがる!
せっかくここまでやって来て、もうすぐボスと言うところで、今日の努力が全てぱあになったじゃないか。
「何しやがんだぁ。
だいたい勝手に僕の部屋に入りやがって」
湧き上がる怒り。消えていく理性。その時、僕の頭の中は、あの時のように再び白いもやに覆われ始めた気がした。
「その口でぐちゃぐちゃ言えないように、心臓止まればいいんだ!」
僕はそう心の中で叫んだ。
「うっ」
そんな女の人の何か低く呻くような声が耳に届いた。僕の意識は徐々に現実社会に引き戻され始めた。頭の中が真っ白とはこの事を言うだろう。きっと、僕の頭の中は怒りだけに満たされ、正常な思考が入り込む余地が無くて、そんな感覚になったんだ。
僕のよみがえりつつある思考が、そのような事を考え始めた時、僕の頭の中にいつもの自分の家のリビングが浮かび上がってきた。
真っ黒な画面のTV。
ゲームの電源切られたんだった。
そう思った瞬間、お母さんがゲーム機の横で胸を押えて倒れているのに、気付いた。
「うわぁー。
お母さん」
僕は慌てて駆け寄り、お母さんの体をゆすってみる。反応がない。もしも、もしもだ。これを僕がやったのなら、助けることもできるはず。
「お母さんを助けて。
お母さんを治して。
お願いだから」
僕は床に頭をこすりつけ、涙と鼻水を流しながら、叫び続けた。でも、お母さんに変化はない。僕は現実的にしなければならない事は救急車を呼ぶことだと気付いた。慌てて、僕は電話に駆け寄り、救急車を呼んだ。
救急車の到着は早かった。非常事態を知らせするサイレンに、近所の人たちが何事かと、僕の家の周りを取り巻いている。僕の家の中では、救急隊員の人たちが懸命に僕のお母さんを蘇生させようとしてくれている。その姿を僕は胸のあたりで手を結び、心の中でずっとお母さんが助かる事を祈っていた。
でも、お母さんは助からなかった。




