僕が出した結論
すぐに僕なんか問題なしと思ったのか、南君が怒りの顔つきで怒鳴った。
「何だてめぇは。
ぶっ殺されてぇのか」
小さい頃から、僕はそんな事でひるんだりはしない。何しろ、こんな奴は僕が一番嫌いなタイプだからである。しかも、大好きな岡本さんを守らなければならない。
「やめろ」
僕が怒鳴り返すと、南君は岡本さんから離れて、僕のところに走り寄ってきた。右の拳を思いっきり、引いて振り上げている。
右のパンチが来る。
僕はとっさに、体をかがめた。
南君の右パンチが空を切った。
僕の目の前に、南君のお腹がある。
そこを目がけて、右のパンチを繰り出す。
命中。
しかし、そこまでだった。
非力な僕のパンチなんか、南君にはこたえなかったようで、僕の頭を上から鷲掴みにして、蹴り上げた右ひざに僕の顔をぶつけた。
にぶい音を感じた。
口の中から、血があふれてきて、前歯がぐらついている。僕の嗅覚は自分の血の臭いに反応し、激しい怒りが込み上げてきた。
くっそぉ。
こんな奴にやられてたまるか!
僕の体に力があふれてきたのを感じた。理性が消えて行く。湧き上がる怒り。僕は再びあの感覚に包まれ始めた。
「みんな、脳を腐らせて死んじまえ!」
そう思った瞬間、僕の脳裏に大切だった母親の姿が浮かんだ。それは一瞬にして、僕に新たな感情をわき起こした。
「岡本さんがいるところで、使ってしまった」
それは岡本さんを巻き添えにしてしまったんではないかと言う、大きな不安となって僕を襲ってきた。
「岡本さんは関係ない!岡本さんは助けてあげて。
それがだめなら、この願い効かなくていい。岡本さんがいるところでは効かないで!」
僕の感情が怒りから解放されたからか、白い靄の世界から現実の世界に僕を引き戻した。
僕の頭の中に、目の前の光景が映し出された。その光景に僕の足はがくがく震え、頭を抱え込んで、その場にしゃがみ込んでしまった。
さっきまで岡本さんの手足を押さえつけていた男の子たちは岡本さんの手や足に覆いかぶさるように、うつ伏せに倒れ込み、鼻から血を流し、目は何もない空間を見つめ、人としての動きを止めていた。
僕の顔面を蹴り上げた南君は僕の足元で、横向きになって倒れ、鼻から血を流し、口からは何か液体を出している。
そして、僕の一番大切な、助けたかった岡本さんも仰向けに倒れたまま、顔を横に向けて鼻血を流していた。
岡本さんを助けてあげて。
岡本さんを治してあげて。
僕はしゃがみ込んで震えながらも、心の中で祈った。
それはあの時と同じじゃないか。お母さんを殺してしまったあの時と。
あの時もお母さんは治らなかった。
僕は自分の大好きだった女の子を巻き添えで、殺してしまった。
守るはずが、守れなかったばかりか、その命を奪ってしまった。
僕は慌てて、その場から逃げ出そうと立ち上がった。
この家の玄関を出る時、もう一度だけ振り返って、岡本さんを見た。
さっきと変わっていない。もう生きちゃいない。
僕は絶望にくれながら、走った。
県営住宅跡地を飛び出し、線路沿いに走った。
僕は家に飛び込むと、自分の部屋に閉じこもった。
僕がかかわってしまうと、大切な人も殺してしまう。
もうこんな事は嫌だ。
だったら、人とかかわらなければいい。
それが僕の出した結論だった。
そう、僕はヒッキーになる事にした。




