恋愛の教え
「別れよう」
なんて、要約したらそれだけを伝えたいはずなのに体裁からかまどろっこしくて長ったらしい文に、多少辟易しながらも読み切って息を吐いた。
ブラックアウトする画面を何度も明るく戻しながら何とか脳内に押し込んでみたが、整理できるかと言われたら別だ。
どこか夢見心地な感覚で一旦メールボックスを閉じると、画面上に広がる映像に嫌気がさした。
ずっと一緒だよ、なんて浮いた言葉で飾られた上にある愛おしげに彼女の肩を抱く自分の姿と、屈託なく笑う彼女の姿が容赦なく胸をえぐる。
思い出したくもない過去が脳を旋回してはぐるぐるとマーブル模様を描き、更に思考を奪い取って返信しようなんて気になれなくなる。
二年と少しの時間を出会いを思い出を、すべて掻き集めた結果がスクロールをする程の文章に変えられたのだと思うと少し笑えてくる。
記憶を辿ってみて彼女と俺の間に今まで決別を予期した話なんてなかったと思う自分を懐疑したが、それが間違いだと証明してくれるものが一向に浮かんでこなかった。
なんでだよと、思わず口につく言葉に自嘲した。
画面から目を背けてとりあえず気持ちを落ちつけるべくベットから這い出て、こじんまりとしたキッチンで珈琲を啜る。
味がはっきりしないくらい動揺している。
仕方ないのだと諦め始めている自分とまだどうにかなるのではないかと期待している自分とに挟まれた自分に、言いようのない気持ち悪さがこみ上げた。
彼女と最後に会ったのは三日前だ。
その時はいつも通りにショッピングモールなんかを散策した後、行き慣れた場所で食事をして近況報告をして、恋人らしいことを少しして解散した。
なにも不具合なんてなかったはずだ。
彼女が欲しいといった服を似合わないと貶したことか。それともたまには違う所がいいとごねる彼女を制して我を通したことか。それとも。
埒が明かないと分かっていながらも、行動よりも先に考えてしまう性分に嫌気がさして投げ出したままの携帯を耳に押し当てた。
聞いた方が早いしなにより、別れをメールですまそうなんて魂胆の彼女に少し苛立っていた。
五度目のコール音ののち戸惑いがちに放たれた彼女の声に、つい言及するような口調になってしまうのは否めなかった。
「あのメール、どういうつもりだ?」
「どうってそのまま受け取ってくれて構わないわ」
「つまり君は俺との関係を終わらせたいわけだ」
「そういうことになるわね」
ごめんなさいと感情のこもっていない口調で言う彼女に舌を巻いた。
知らぬ内に彼女はこうして俺に別れを告げることを決めていて、更にはここまで興味を無くしていたのかと思うと情けなくなった。
言葉に詰まって押し黙ると、彼女はじっと次の言葉を待っているようだった。
あくまで自分から何も言わないのはきっと言う言葉なんてないからだ。
彼女にとってもうこの恋愛は終わっているのであり、俺が発する言葉なんてただの未練がましい男の言う戯言にすぎないのだから。
そうか、と漸く絞り出した返答に一番呆れかえっているのは自分だ。
何でここまでくるまで気付かなかったのかと、能天気な自分に腹が立った。
珈琲の苦みがやけに強く感じられる。
「せめて電話でもいいから、口で聞きたいんだ」
「貴方が泣くと思ってよしといたのに?」
「そこまで弱くないよ」
会って話したいという言葉も口についたが、それを押しとどめるように格好つけが邪魔をした。
彼女は何でもないようにくすくす笑い急にそれを引っ込めると、改まった調子でこれまた何でも無いように言い放った。
冒頭の要約した文をそのまま放つ彼女の言葉には色彩が感じられないことに、拳を握って耐えた。
こんなことなら別段電話する必要がなかったのではないかとも思ったが、なるほど彼女の声で浸透してくる事実はデジタルな文字よりももっと深くまで傷を負わせてきた。
ありがとうと唐突にも口からでた俺の言葉に、彼女の息をのむ声が聞こえた。
その瞬間温かいような苦しいような感情で満たされて、やっぱり電話をして良かったと思えた。
「卑怯者、」
なんて都合よく悪態吐く彼女の泣く前の癖まで覚えている自分は相当だななんて、ちょっと口角が上がってすっと黒いしこりがしぼんでいく。
理由なんてどうだってよかった。
ただほんの少しの片鱗だけでも、彼女にとっての俺が特別な存在であったという証拠が欲しかっただけなのかもしれない。
そのあと二三言葉を交わした後、またありがとうと言って電話を切った。
ふうと息を吐く。
冷めきった珈琲を流し込むと、感情的に火照った身体を冷ましてくれた。
一瞬にして崩れ去った恋愛を思い起こしながら、眠気を訴える瞼を擦った。
およそ一生の恋というものはない。




