第9回 ムツミ
あまりの突然のことに世界は変わった。
娘が楽しみにしていた誕生日。
お父さんを待ちながら、ウロウロしていた。
欲しかったぬいぐるみを持ってきてくれる。
落ち着きのない動きで騒いでいた。
しかし。
娘が窓から崩れ落ちるように倒れ、息をしていないことに気づくまでは時間がかからなかった。
パニックに陥ったムツミは夫に電話かけたが繋がらなかった。
車でも運転しているのだろうか。
呼びかけても身体をゆすっても娘は全く反応がない。
それが、既に手遅れだということには気づいていない。
それほど焦りが思考回路を消し去っていた。
病院だ。
ムツミは近くの救急病院に電話しようとした時。
電話が鳴った。
夫からかもしれない。
だが違った。
追い討ちをかけるように今度は夫の交通事故死の連絡。
娘と同じ日に。
なんという運命だ。
娘の誕生日という幸せの日に起こった最悪の出来事。
ムツミはもう生きていく気力がなかった。
いや生きていたくても立ち上がって生活していくだけの力もなかったのだ。
死にたいと思った。
今なら強盗か何かに入られても抵抗することなく喜んで殺されるだろう。
今なら火事になっても喜んで焼け死んでいくだろう。
誰でもいい。
「誰か」
「誰か」
私を夫と娘の所へ連れて行って欲しい。
そんな時、玄関のチャイムが鳴った。
その音は、何処かへ行くための出発ベルのように聞こえた。
フラフラと歩き出した。
玄関へ向けて。
そして。
扉を開けた。
そこには。
「誰か」がいた。
つづく。