第6話「交差する三つの想い」
私の計画が進むにつれて、私の周りにはいつしか三人の男性が常にいるようになっていた。彼らはそれぞれのやり方で私に協力し、そしてそれぞれの想いをその胸に秘めていた。
一人は、ゼノン・アークライト。彼は私の最大の協力者であり、唯一無二の「パートナー」だった。彼は私の突飛な計画を常に冷静に分析し、最善の道を示してくれた。彼との会話は知的な刺激に満ちていて、孤独な戦いの中で唯一私が心を許せる時間でもあった。
「君の頭の中は一体どうなっているんだ? 次から次へと、常人では思いもつかないような策を考え出す」
作戦室で、彼は面白そうに私に問いかけた。
「さあ? ただ勝つためには何が必要か、それしか考えていないだけですわ」
「その強さが、君の魅力だな」
彼はそう言うと、ふっと目を伏せた。その紫色の瞳の奥に、時折、知的な好奇心とは違う熱を帯びた感情が揺らめくのを私は感じていた。だが彼は決してそれを言葉にしない。私たちの間には、常に心地よい緊張感が漂っていた。
二人目は、カイエン・グレイフォート。トーナメントでの一件以来、彼は私への警戒を解いてはいないものの、聖女リリアに対して明確な疑念を抱くようになっていた。彼は騎士としての強い正義感から、独自にリリアの周辺を探り始めたようだった。
そしてその過程で、彼は私の別の側面に気づき始めていた。悪役令嬢という仮面の下にある、孤独な戦い。そして私がなぜ、そこまでしてリリアを追い詰めようとしているのかという疑問。
ある日の夕暮れ、図書館で資料を調べていた私の前に彼が現れた。
「ヴァレンティナ公爵令嬢。君は、一体何と戦っているんだ?」
彼の問いは、まっすぐで不器用だった。
「見ての通り、この学園の、そして王国の腐敗と、ですわ」
「本当に、それだけか? 君の瞳には時々、深い悲しみの色が浮かぶ。まるで、何かを取り戻そうとしているかのように……」
彼の言葉に、私は思わず息を呑んだ。この男は、私がひた隠しにしている心の奥底を見抜こうとしている。1度目の人生での後悔と絶望を、感じ取ろうとしている。
「……余計な詮索は、ご自分のためになりませんわよ」
私は冷たく突き放したが、彼の真摯な眼差しは私の心の壁を静かに叩いていた。彼は私の強さだけでなく、その裏にある脆さにも気づき、それを守りたいと願い始めていたのだ。
そして三人目は、謎の商人レオ。彼は私のビジネスパートナーとして最高の働きをしてくれた。彼の商才と情報網がなければ、私の計画はここまで順調には進まなかっただろう。彼はいつも陽気で、軽口を叩きながらどんな無茶な要求にも応えてくれた。
「お嬢様のためなら、火の中水の中だぜ!」
彼はそう言って笑うが、その翠の瞳はいつも真剣に私を見つめていた。彼は私の大胆さ、誰にも媚びない強さに、ビジネスパートナーとして以上の感情を抱いているようだった。時折彼がくれる珍しい花や遠い国の美しいお菓子は、単なる贈り物以上の意味を持っていることを私は知っていた。
「なあ、お嬢様。あんた、復讐が終わったらどうするんだ? もし、どこか遠くに行きたくなったら、俺が世界の果てまで連れてってやるぜ」
それは、彼の不器用な求愛の言葉だった。私はいつも曖昧に微笑んでかわしていたが、彼の底抜けの明るさは復讐に凝り固まった私の心を、少しだけ軽くしてくれた。
ゼノン、カイエン、レオ。三人は私の計画に協力するという一点で繋がりながらも、互いを牽制し合っていた。ゼノンはカイエンの直情的な正義感を危うみ、カイエンはレオの胡散臭さを警戒し、レオはゼノンの冷静さの裏にある独占欲を感じ取っていた。彼らの間で交わされる見えない火花。その中心にいるのが、私だった。
***
一方で、王太子アルフォンスは日に日に混乱を深めていた。
婚約者であるスカーレットが見せる、今までとは全く違う姿。彼女はもはや自分に恋焦がれるだけの可愛らしい少女ではなかった。学園を裏から操り、自分すらも手のひらの上で転がすかのような、底知れない女。
彼はその危険な魅力に抗いがたく惹きつけられている自分に気づき、戸惑っていた。
同時に、彼の心を癒してきた聖女リリアの存在も、彼の心の中ではまだ大きい。純粋で清らかで、守ってあげなければならない存在。
だが、カイエンからそれとなく伝えられたトーナメントでの妨害工作の疑惑や、生徒会選挙での不可解な敗北。彼の頭の中で、リリアへの完全な信頼が少しずつ揺らぎ始めていた。
ある夜、宮殿の庭園でアルフォンスは偶然私と鉢合わせた。
「スカーレット……」
彼はためらうように私の名前を呼んだ。
「殿下。何か御用でしょうか」
私は礼儀正しく、しかし感情のこもらない声で応じる。
「君は……最近、変わったな。まるで別人のようだ」
「そうですか? 私は何も変わっておりませんわ。ただ殿下や皆様が、今まで私のことを見ていらっしゃらなかった。それだけのことではないでしょうか」
私の言葉に、アルフォンスはハッとした表情を浮かべた。彼は今までスカーレットという人間を、自分の婚約者という「記号」としてしか見ていなかったのかもしれない。
「君は、リリアを嫌っているのか?」
「嫌う? いいえ。私は、嘘が嫌いなだけですわ」
意味深な言葉を残し、私は彼に背を向けた。アルフォンスは私を引き留めることができない。
純粋な聖女と、危険な魅力を放つ悪役令嬢。彼の心は二人の間で激しく揺れ動いていた。1度目の人生でいとも簡単に私を断罪した男が、今、私のために心を悩ませている。
それは、私の復讐のほんの始まりに過ぎなかった。




