第4話「操られた生徒会選挙」
学園内で私の「悪役令嬢」としての評判が確固たるものになる一方で、聖女リリアは持ち前の可憐さと分け隔てない優しさで着実に支持を集めていた。彼女の周りにはいつも人だかりができており、特に王太子アルフォンスは公の場でも彼女への好意を隠そうとしなかった。
1度目の人生と同じ光景。けれど、今の私には焦りも嫉妬もなかった。ただ冷めた目ですべてを観察しているだけだ。
やがて、学園の自治を担う生徒会の選挙が公示された。そして誰もが予想した通り、王太子アルフォンスは次期生徒会長としてリリアを強く推薦した。
「リリア君の清らかな心と人々を癒す力こそ、この学園をより良くするために必要だ。身分にとらわれない公正な学園改革を、彼女となら成し遂げられると信じている」
アルフォンスの演説に、多くの生徒が熱狂する。平民から聖女となったリリアの物語は、多くの下級貴族や平民の生徒たちにとって希望の星だった。このままいけば、彼女の当選は確実だろう。
だが、私はそれを許すつもりはなかった。生徒会は、学園の予算や行事の決定権を握る重要な組織。ここをリリアに、ひいては彼女の背後にいるであろう何者に渡すわけにはいかない。
私は、生徒会長選挙に介入することを決めた。
***
放課後、私はいつものようにゼノンとレオを秘密の作戦室――運営委員会が管理する、今は使われていない談話室――に呼び出した。
「リリアを、生徒会長にしてはならない。我々でこの選挙を裏から操るわ」
私の宣言に、ゼノンは興味深そうに眉を上げ、レオは面白そうに口笛を吹いた。
「ほう、どうやって? 今の彼女の人気は絶大だぜ、お嬢様」
「人気など砂上の楼閣に過ぎないわ。私にはそれを崩す策がある」
私は二人に計画を説明した。
まず、対立候補を立てる。リリアのような華やかさはないが実務能力に長け、誠実な人物。私は一人の生徒に目をつけていた。下級貴族出身で成績は常に上位だが、内気な性格で目立たない男子生徒、ダニエルだ。彼なら、私たちが後ろ盾となれば、見事な生徒会長になるだろう。
次に、リリアの支持を切り崩す。レオの情報網を使い、リリアを熱心に支持している生徒たちの弱みを徹底的に洗い出す。貴族のスキャンダル、不正行為、なんでもいい。それをちらつかせ、支持を取り下げさせるかダニエル派に寝返らせる。
そして最後に、ゼノンの力を借りる。公開討論会で、ゼノンが論理的な弁論でダニエルを援護し、リリアの演説の矛盾点や偽善を巧みに突くのだ。
「えげつない手だが、確実だな」
ゼノンが冷静に分析する。
「悪役令嬢のやり方ですわ」
私が笑うと、レオが肩をすくめた。
「了解した。早速、リリア親衛隊の身体検査と行こうじゃないか。埃の一つも出ない奴なんて、この学園にはいやしないだろうからな」
三人の思惑が一致し、生徒会選挙を裏から支配するための秘密の作戦が始まった。
レオの情報収集能力は、私の想像を遥かに超えていた。数日のうちに、リリア支持派の中心人物たちの、些細な悪事から家の恥となるようなスキャンダルまで、分厚い報告書となって私の元に届けられた。
私はそれらを武器に、支持派の生徒たちと個別に「面会」した。彼らの弱みを突き、ダニエルを支持するように静かに「説得」する。私の冷たい翠の瞳に見つめられ、決して表には出せない秘密を突きつけられた生徒たちは、顔を真っ青にして頷くしかなかった。
水面下で、リリアの支持基盤は確実に切り崩されていった。
***
そして、運命の公開討論会の日。
リリアは壇上でいつものように清らかで、美しい言葉を並べた。
「私は、この学園からすべての差別をなくしたいのです。誰もが身分に関係なく手を取り合える、そんな暖かい場所にしたい。私の聖なる光で、皆さんの心を照らしてみせます」
うっとりとした表情で聞き入る生徒たち。だが、その甘い雰囲気を切り裂いたのは、補佐役としてダニエルの隣に立っていたゼノンの冷たい声だった。
「リリア候補、素晴らしい理想論だ。だが具体策が何一つ聞こえてこない。差別をなくすとは具体的にどうするのか? 既存の貴族制度とどう折り合いをつけるのか? あなたの言う『聖なる光』とは、感情論に過ぎないのではないか?」
ゼノンは立て板に水のごとく、リリアの演説の曖昧さを論理的に解体していく。リリアは狼狽し、しどろもどろに「皆で、話し合えば……」と繰り返すばかり。その姿に、これまで彼女を盲信していた生徒たちの間に、微かな疑問の空気が流れ始めた。
続いてダニエルが、ゼノンの助けを借りて準備した具体的で実用的な公約――奨学金制度の改革案や施設利用の公平化など――を、拙いながらも誠実に語った。その堅実な内容はリリアの理想論よりも、よほど現実味を帯びて生徒たちの心に響いた。
この討論会が、選挙の風向きを大きく変えた。
そして投票日。結果は、誰もが予想しなかったものとなった。
当選したのは、対立候補のダニエル。リリアは、まさかの大差で敗北したのだ。
会場が騒然とする中、私は遠くからその光景を眺めていた。茫然と立ち尽くすリリアと、苦虫を噛み潰したような顔のアルフォンス。そして信じられないといった様子で、友人たちと抱き合って喜ぶダニエル。
そのすべてが、私の筋書き通りだった。こうして、私は生徒会をも間接的に手中に収めることに成功した。
この一件は、二人の男の心にも大きな影響を与えていた。
一人は、王国騎士団長の息子、カイエン・グレイフォート。彼は以前から私の冷徹なやり方を警戒していたが、この選挙操作を目の当たりにし、明確な敵意を向けるようになった。彼のような正義感の強い人間にとって、私のやり方は到底受け入れられるものではなかったのだろう。1度目の人生で私を断罪した一人である彼が、再び私の前に立ちはだかるのはもはや時間の問題だった。
そしてもう一人は、王太子アルフォンス。彼は婚約者である自分を無視し、学園の秩序を裏から操る私の底知れない能力に、初めて恐怖ではなく一種の関心を抱き始めていた。彼の知るスカーレットは、ただ彼に恋焦がれるだけの少女だったはず。目の前の、冷たい瞳で全てを見下す女は、本当に同じ人間なのだろうか。彼の心の中に、小さな疑念と抗いがたい魅力が同時に芽生え始めていた。
彼らの視線を感じながら、私は静かにその場を後にする。私の計画は、まだ始まったばかりなのだから。




