番外編 第1話「氷の公爵の秘めた炎」
ゼノン・アークライトの視点から、物語は語られる。
初めて彼女、スカーレット・ヴァレンティナに会った時、俺はすぐに気づいた。社交界で微笑む他の令嬢たちとは、瞳の奥の光が全く違うことに。彼女の翠の瞳には、決して消えることのない強い意志と、すべてを諦めたような深い絶望が奇妙なバランスで同居していた。
だから、彼女が学園で「悪役令嬢」を演じ始め、運営委員会を裏から掌握した時も俺は驚かなかった。むしろ、ようやく彼女が動き出したのだと妙な納得を覚えたほどだ。
俺が彼女の計画に協力すると申し出たのは、表向きは知的な好奇心とアークライト公爵家としての利害のためだ。腐敗したヴァレンティナ派の貴族が一掃されるのは、こちらにとっても都合が良かった。
そう、自分に言い聞かせていた。
だが、本当は違った。俺はただ、スカーレット・ヴァレンティナという人間の側で、彼女が何を成し遂げようとしているのかを見届けたかったのだ。
彼女の計画は常に大胆で、緻密だった。彼女と交わす作戦会議は、どんな書物よりも刺激的だった。彼女の成功を自分のことのように喜び、彼女が危険な橋を渡る時は自分の身を案ずる以上に、彼女の身を案じている自分がいた。
魔法無効化の結界を二人で王宮に仕掛けたあの夜。月明かりの下で魔法陣に集中する彼女の横顔は、神々しいほどに美しかった。
「この戦いが終わったら、君はどうするんだ?」
思わず、口からそんな問いがこぼれた。彼女に、復讐の先にある未来を見てほしかった。そして、その未来に俺がいられたら、と。
「考えたこともなかった」という彼女の答えに、胸がちくりと痛んだ。
だから、俺は言ってしまった。「なら君が新しい目的を見つけるまで、僕が隣にいてもいいか?」と。
彼女は驚いた顔をしていた。俺の長年のポーカーフェイスが、初めて崩れた瞬間だったかもしれない。
結局、彼女が選んだのはアルフォンス王太子だった。国民の前でプロポーズを受け、幸せそうに微笑む彼女の姿を俺はバルコニーの片隅から見ていた。
胸が痛まなかったと言えば、嘘になる。氷の仮面の下で、嫉妬という名の炎が確かに燃え上がっていた。
だがそれ以上に、彼女がようやく手に入れた幸せを心から祝福している自分もいた。彼女の笑顔を守れるのなら、俺はどんな立場でも構わない。
俺は、この恋心を永遠に氷の仮面の下に隠し通すことを誓った。そして彼女の最も信頼できる友人として、宰相として、彼女とこの国を生涯支え続けることを静かに心に決めたのだった。




