その日を楽しみに待っています
湿ったまくらの冷たさに、カーテンの隙間から差し込む鋭い光に、薄らと目を開く。
現実を直視する前に二度寝を決め込む姿勢を取った。
「もう昼過ぎですよ。デートをするって言ったのはあなたじゃないですか」
背中から声がかかり、飛び起きる。
振り返ると、彼女がこちらを見やっていた。
「連れて行ってくれるんでしょう。かき氷と散歩と花火」
言われて思い出す。
随分と前の話だが、今にも眠りにつきそうな彼女の気を引きたくて問いたのだった。
「3つ、僕と何かをするとしたら何がしたい?」
「あなたと美味しいものを食べたいですね。あとは、手を繋いで歩きたい。そして一緒に綺麗なものを見たいです」
ちらりとスマホで日付を見て納得する。
なるほど、確かに今日は休日だ。
「すぐに準備をするよ」
「格好良くしてくださいね?もう、部屋もこんなに散らかしてしまって」
洗顔で感情をごまかした。
高い太陽。
突き抜けるような青。
すれ違う家には季節物の飾りが散見される。
手には家から持ち出した花火。
「夏を感じますね」
彼女は服の白い裾をたなびかせた。
そうしている内に目的地に着く。
1年ほど前にオープンして、彼女が行きたがってやまなかった氷菓子の店だ。
「お隣の方のお孫さんが美味しかったと話しているところを聞いたもので」
そう話していたことを思い出す。
木の扉を開けてやる。
店内に入ると、小綺麗な喫茶店のような空間が広がっていた。
氷を削る音が耳に心地良い。
「いらっしゃいませ。カウンターへどうぞ」
「ああ、えっと。そちらのボックス席でも良いでしょうか」
僕は角にある席を指さす。
「構いませんが……メニューをお持ちしますね」
席に通され、渡されたメニューの向きをひっくり返す。
1ページずつゆっくりとめくっていく。
「どれもケーキのようで素敵ですね」
「甘い物、好きだもんね」
幸せそうにかき氷の写真を眺めている。
「この、フルーツの盛り合わせたのなんかは良いですね。抹茶も美味しそうです」
「じゃあそれにしよう。すみません」
振り向き、注文する。
店員から、当店のかき氷はかなりボリュームがあるが大丈夫かと心配されたが朝から何も食べていないし大丈夫だろう。
「ふふ、大きいんですって。楽しみですね」
「かき氷をお腹いっぱい食べられる機会なんて滅多にないからね」
「縁日のかき氷とはまた違うのでしょうか」
「ああ、数年前に行った祭りで食べたね」
間もなく運ばれてくる。
テーブルに並べられたそれらは窓から差し込む光を細やかに反射している。
手を合わせ、一匙すくってみる。
「どうですか?」
「うん、見た目通り軽くてすぐに口で溶けていくよ」
「頭が痛くならないよう気を付けてくださいね」
目を細めて僕のことを見つめている。
「フルーツも新鮮だ」
「見た目からしてそうですもんね」
僕の前にはフルーツが盛られたものが置かれ、彼女の前には抹茶がかけられたものを置いた。
ゆっくりと食べ進めていく。
僕が食べ終わる頃には彼女の前のかき氷は液体になってしまっていた。
「そういえば、君、食べるの遅かったね」
「溶けても美味しそうですねぇ」
会計を済ませ、退店する。
「お会計ありがとうございます。ごちそうさまでした」
いいよ、と手を振る。
見ると、もう夕焼けがかっていた。
河川敷を歩く。
少し迷って、彼女に触れた。
手を握ると優しく握り返される。
風のような柔らかさを感じる。
「きらきらとしたかき氷でしたね」
「味も絶品だった」
僕の服が夕焼けに染まっている。
「時に、あんなに物が散乱した部屋では心配になりますね」
「大量に持ち込んだもので、つい」
「それは分かってます。でも、明らかに必要のないものが多くないですか?化粧品とか、ブラウスとか。着ないでしょう」
「流石に女装趣味があるわけではないよ……」
「よく私のお父さんが許してくれましたね」
「必死にお願いしたからね」
「まさか遺灰まであなたに持っていてもらえるなんて。嬉しいものです」
歩みを進める。
ついてくる影は1人分だった。
「随分、日が落ちましたね」
「そろそろ花火もできるかな」
「今どき空き地ってあるんですね」
「田舎で良かったよ」
暗がりだが夏の夜というのは明るい。
足下の砂が舞い上がる中、花火を開封していく。
「これ、1年前の花火ですよね。ちゃんと点くんでしょうか」
「さあ……大丈夫じゃない。君のなんだし」
吹き出し花火を取り出した。
何度かカチカチとライターを鳴らし、ようやく火が移る。
細い滝のような光と音で空間が照らされる。
どんどん増やしていく。
試しに文字なんかを書いてみると、彼女は苦笑していた。
「私も」と呟き、花火を持ったふりをしている。
両手に掴み、くるくると舞い踊っている。
白装束に煙が纏わることはなく、どこか非現実の様をしている。
「綺麗だ」
思わず呟く。
彼女は振り向き笑いかけている。
「もっと沢山聞いておくんだった。僕と、最後にしたいこと。3つなんかじゃなくって」
「もう、また泣いているんですか。折角帰ってきたのに」
風が頭を撫でる。
「大丈夫ですよ。私はいますから」
ふと撫でる手が止まる。
「しかしですね、遺書にも書きましたけど、あなたは幸せになってください。私は死人です。大丈夫。浮気だなんて思いませんよ。いつか、また、会えた時にあなたの物語を聞かせてください」
視界に目を閉じた彼女だけが映る。
思わず目を閉じる。
確かに、存在しないはずの体温を感じた。
目を開くとそこには花火の燃えかすだけが残っていた。
見ると、周囲の家々からも煙が上がっている。
今日はお盆だ。




