先生の恋人
「拓実先生は何で結婚していないの?」
一週間後、何事もなかったかのように平常運転で浅野亮子からのメールが送られて来た。
それは里美が言った通りだった。
「しばらくしたら、しれっとメールしてくると思うよ。私にもそういうクライアントがいるのよ」
メール鑑定後のクライアントから半年間そんなメールが途切れなかったそうだ。
「結婚したい人はいるけど、まだその時期じゃないからしていないだけだ」
「······嘘?!恋人いるの?」
「いるよ」
お友達から恋人になってくれと言われるのを回避するために俺も必死で嘘をつく。
自分の身は自分で守らないとならないからだ。
結婚したい人がいるというところは嘘じゃない。
本職の詐欺師は嘘に本当のことをほんの少しだけ混ぜて人を騙すらしいが。
半分は真実だったから、亮子も信じたようだった。
「誰?その人」
「大学時代の友人の知り合いだよ」
同級生とは言わないでおいた。特定されるのを避けるためだ。
「名前は?」
「秘密」
「教えて!」
「ダメ。結婚したら教えるよ」
彼女との結婚は現実的に無いのだから、彼女の名を永遠に教えることは無いだろう。
「俺達は友達なんだろう?それなら祝福して欲しい。君が恋人を見つけたら俺も祝福するよ」
「······私も大学行きたかった」
「今からでも行けばいいんじゃないか?社会人が通えるところもあるよ。東先生にも聞いてみたら」
以前よりも軽く受け止めて適当に言ってはいるが、嘘ではないし、的外れでも無い。
浅野亮子は、結婚以前に教養とか社会的な常識、対人関係のマナーを学ぶ必要がある。あの母親ではそれを身につけさせることはできないのだろうから。
育て直しが必要だ。
いっそ学生寮にでも入って毒親から離れた方がいいんじゃないか。
「東先生に聞いてみる」
素直な回答が返って来た。
「うわあ、相当懐かれてるね」
「罠にズブズブ嵌められている感が半端ない。安請け合いは禁物だよな」
「そうだね。距離感守らないと、共倒れになっちゃうからね」
······共倒れ。
心中の道連れから逃れた後、俺は外に出ることが恐ろしくなって、職場に通勤できなくなってしまった。
それでリモートでできる仕事に転職した。 対人恐怖症になりそうだったが、里美達友人がサポートしてくれた。
「無理しなくていいよ」
無理して人に会わなくてもいい、電話やメールでやり取りできる繋がりは残しておいて、俺がゆっくり回復することを友人達が支えてくれた。
外に買い出しに行けない俺のために友人らが交代で必要なものを買って届けてくれた。
その時の友人達は、俺の恩人でもある。
俺はなぜか人に頼られやすい。しかも問題アリの人物、クセの強すぎる面々に。
自分では優しいつもりは全く無いし、そんなに親切でも無い。面倒臭い奴は嫌いだから、これでも可能な限り避けている。
頼られるというよりも、向こうから寄って来られる。
呼び寄せてしまう原因が自分にあるのならどうにかしたい。
「私もちょっとそういうところがあるから、人のことは言えないなぁ」
里美は笑いながらそう言う。
「深町君に今恋人がいないなら、亮子さん避けの恋人役になってもいいよ」
「······は?!」
「便宜上の恋人役でもいいのなら、私で良ければ手伝うよ。一人で全部対応するのは大変でしょ?」
「······いや、でも、それは旦那が許さないだろ?」
「平気平気。私、離婚したの。元旦那を含めて一切合切名古屋に捨てて来た。だから今実家住まいなんだよ。旧姓に戻ったからよろしくね」
里美は数年前に夫の転勤で名古屋に行くことになった。それもあって会うことはほぼなくなっていた。
「いつ?」
「先月」
「······何で別れたんだ?」
「夫の不倫相手に子どもができたの。まあ、よくあるパターンね」
他人事のように冷静にサバサバ語っているが、だからと言って里美にダメージが無いわけではない。
彼女は自分のことは大抵事後報告、渦中にいる時でもそれ程他人を頼らない。
それができてしまう強さもあるから、余計に他人に頼られやすいんだろうな。
「知らなくてごめん。そんな時に色々頼ったりして悪かった」
「いいよ、全然。とっくに結論は出でたから。気にしないで頼ってくれて平気だよ」
以前から夫婦としては終わっていて、名古屋に行って環境を変えたら少しは改善するかもと期待したけどダメだった。早かれ遅かれ別れていたと思うから、別れるきっかけが出来て逆にスッキリしていると言った。
他者からの不必要な慰めや同情は好まない、里美らしさだ。
「恋人役として、今後の作戦会議をしようよ」
「ああ、よろしく」
まさか里美が俺の恋人役に立候補してくれるなんて。
こんなに心強いことは無い。
あいつ、何やってるんだと里美の不倫夫に殺意を覚えたが、お陰で里美と以前のように交流できるようになったのは感謝するしか無い。




