里美プリーズ
「それは大変だったね」
「警察に連絡した方がいいよな?」
「そうだね。今後どうなるかは兎も角、防犯カメラを設置して、もしまた来たら会話を録音しておいた方がいいかも」
「······また来ると思うか?」
「残念だけど、多分」
最近話の通じないクライアントが増えていて里美もやり取りに困っているという。
「それより、急に電話して悪かった。今大丈夫なのか?」
「うん。今夜は泊まりの出張だから、なんなら朝までオッケーだよ」
メールではなく彼女の肉声を久しぶりに聞けて、より癒された。
「もしまた来たら、相談を聞いた方がいいのか?」
「ケースバイケースね。味を占めたらまた来るだろうし。なかなか難しいよね」
「うげぇ······」
アラフォーに近い男女がまるで学生時代のようなノリの会話になっている。
「里美のブログ、笑いながら読んでるよ」
「ええ~、あれは恥ずかしいから読まないで欲しいな」
「占い師って結構大変だな」
「そうなのよ」
里美の占いによると、今日の彼女の行動の目的は誘惑、欲望を表すカードが出ていて、自分で抑えられないほど暴走しているのだとか。
「猛獣使いの気分だよ」
「まさにそれよ。本当にそう思えてしまうクライアントが多いのよ」
「モンスターな客って奴だな」
「私は対面式の占いをしてなくて良かったわ。ネット占いですら色んなクライアントが来るから、もう怖すぎる」
数ヶ月前に、対面式の女性占い師が逆上した客に刺殺される事件があったばかりだ。
里美も占い師としてペンネームを使い、顔出しはしていない。
ごく限られた友人知人にしか、自分が占い師をしていることは明かしていないそうだ。
接客業の人間は何かと頼られ易い。友人や家族でもないのに、まるで親友や家族以上の神対応を要求される理不尽な目にも遭いやすい。傲岸不遜な客に悩まされる因果な職業だ。個人情報を守りつつ自分の身も守ることを怠らないようにしないと危険だ。
「それで、本当に彼女との接点に心当たりは無いの?」
「全くもってわからない」
気まぐれ、無責任な興味というカードが示すのは、こちらには全く関係が無い、落ち度などは無いのかもしれないらしい。
だからこそ余計に厄介でしかない。
用心するに越したことはない。相手は話の通じない狂人みたいなものだからだ。
「気をつけてね」
「ああ、助かった。今日はありがとう」
温かみのある落ち着いた声が、頭のおかしな女のせいで疲弊しきった俺を勇気づけ落ち着かせてくれた。
俺は彼女の夫がうらやましい。
あの癒しの声を毎日傍で聞けるなんて、いいな。彼女が作る手料理を食べ、彼女の隣で眠ることができるなんて······。
色白できめの整った肌、艶やかな黒髪、笑顔を浮かべると見える美しい歯。
初めて彼女を見た時、なんて健やかな人なのだろうと思った。
どちらかというとボーイッシュな装いが多かったのも好感を抱いた。
俺の知る他の女子達とは違って、十代の不安定さの無い、凛とした彼女の佇まいに俺は惹かれた。
できることなら俺の彼女になって欲しかったが、俺がバイト中の事故で入院している間に、現在の夫に彼女を取られてしまった。
以来、友人にはなれても、彼女の恋人や夫には俺はなれなかった。
里美以上の女性がいれば、とっくに結婚していただろうが、まだ里美を越える相手には残念だけど出会えてはいない。
長年燻らせている横恋慕をひた隠して、友人役に徹している。
アラフォーになって、更に深みの増した癒しの声の余韻に包まれて、今夜は眠ろう。
───俺も、かなりヤバい奴だよな。
もしも里美にこの想いを悟られたら、ドン引きされて気持ち悪がられることだろう。
だから俺はこれからもずっと自制し堪え続けなければならない。
明日は防犯カメラを購入し設置しなければ。
なぜ迷惑行為の被害者側が身を守るための出費をしなければならないのか。
本当に理不尽極まりないことだ。
沸々と怒りがこみ上げて来て、忌々しいあの女の姿を思い浮かべそうになった。
それを追い払うように、軋むベッドに横たわり無理矢理俺は目を閉じた。




