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黒幕

東先生と相談後、沼田さんを定期的に床屋へ連れて行くことが俺の役目になった。


「沼田さんはこの色がとてもよく似合いますね」


里美がこざっぱりした沼田さんの衣服のカラーコーディネートをしてくれた。

彼女はパーソナルカラーの知識があるようだ。

沼田さんはブルーベース。五·六歳は若返って見える自分に沼田さんも満足したようだ。

色んな引き出しを持つ彼女は本当に頼もしい。


沼田さんは日々の散歩以外に、絵手紙教室に入ってから、どうやらガールフレンドを見つけたようだ。

桜並木を意中の女性と二人で歩く姿は微笑ましい。

七十代でラブレターを出すエネルギーは俺もあやかりたい?!

初めて会った頃よりも、随分表情が明るく豊かになった気がする。

まだ通院は継続する必要はあるけれど、ほんの少しずつ回復しているようで良かった。



ロマンスグレーの魔術師三田村の個人レッスンは順調のようで、浅野亮子の良い状態をキープしている。


亮子から俺に届く日に五通のメールの数も以前に比べて減って来ている。三日に一度とか一通も来ない日ができるようになった。


メールの内容も三田村と楽しく学んでいる様子が窺えるもので溢れていた。

亮子は三田村にベタ惚れのようだ。

三田村は独身らしいので天才的猛獣使いならば問題は無さそうだ。


楽しそうで良かったね、メールの内容がキラキラしているよと返信すると、そのメールに対しての返信に驚愕する人物の名前があった。


『本当?これもみんな菜緒さんのおかげね』


······菜緒?菜緒だって!?


「菜緒っていうのは誰のことかな?もしかして小鳥遊菜緒という人のことかい?」

「そうよ、菜緒さんは拓実先生のお友達でしょ?拓実先生は良い人だからきっと頼めば私のお友達になってくれるって菜緒さんが先生の住所を教えてくれたから、だから先生の家に行ったのよ。私がブラックドレスが凄く似合うって褒めてくれたのも菜緒さんよ」


俺は愕然とした。

なぜ俺は亮子と菜緒が繋がっているかもしれない可能性を考えなかったのだろうか。

同じクリニックの患者だったというのに。



「菜緒さん?ああ、あの人のことかい?」


沼田さんに電話で確認すると、彼も俺のことを頼るように菜緒から手紙で指示されたという。浅野亮子もそうしているからと。


東医師に話すと、それは彼も全く知らないことだった。

これで亮子が俺の住所を知っていたことに合点がいった。東医師が俺の個人情報を漏らすわけがないのだから。


沼田さんは、俺の後をつけて行けば新しい家がわかるからと菜緒に言われてそうしたのだった。


なぜ菜緒はこんなことをするのか?


かつて菜緒が丹沢で心中しようとした時、死にたい奴は死にたい奴だけで死ねと吐き捨てて菜緒を置き去りにしたことへの嫌がらせだろうか?


───いや、これは俺への復讐か?


だとすればあまりにも身勝手過ぎる。

この理不尽さに猛烈な怒りと殺意が芽生えた。

俺も菜緒に対して、恐怖よりも強い殺意を抱いた。


あいつはどこまでもイカれた女なのか。

自分勝手は過ぎれば狂人、反社会的への入り口になるのだろう。


菜緒は新卒で入社した会社の後輩だった。見てくれは良かったので男受けは良い。けれど同性から敵視されるような行動が目立ち、浮いていた。


交際していたと言っても、菜緒とは一度も寝ていない。

すぐに男を乗り換える姿を知っていたし、恋愛感情は全くなかった。実際、俺と平行して他の男もキープしていた。

その気が全くない俺は、一方的に菜緒に言い寄られて付きまとわれていただけで、自分の彼女だとは思っていなかった。



その夜、菜緒自身から十三年ぶりに電話があった。

携帯番号はとっくに変わっていたのに、恐らく沼田さんから聞き出したのだろう。



「拓実君、久しぶり。亮子ちゃんには私のことは絶対に内緒にしてねって、きつく言っておいたのに、あの人、本当にダメね」

「何のつもりだ?」

「復讐に決まっているじゃない。私に死ねと言って去ったんだから当然よ」

「散々死にたがっていたのはお前だろう?死ぬのは本望じゃないのか。それでなぜ死ねと言われて逆切れするんだよ!しかも他人を巻き込んで自分は死なずに、東先生の弟を殺した」

「それはそれよ」


全くコイツは相変わらず悪びれない。


何でこんな奴がまだ生きているんだ。


「里美にだけは手を出すな!彼女は全く関係無い」

「あら、それならもうとっくに終わっているわよ。今更手遅れよ」

「里美に何をした!?」

「ふふっ、里美さんがあなたと結婚しないように、他の男を煽って結婚させてあげたのよ。今までずっと気がつかなかったの?やだぁ、本当に鈍いのね」

「なんだと······!」


信じがたい言葉に目眩がして後退りながらなんとか机に身体を預けた。その拍子に机の上の物がいくつかバラバラと床に落ちて音を立てた。


「くっ、ふはははっ!」


その音が菜緒にも聴こえているのか、動揺する俺を楽しそうに嘲笑った。


「それから、里美さんの夫が不倫するように仕向けたのも私よ。ふふっ、凄いでしょ、みんな私の言う通りに簡単に動いてくれるのよ」

「なんてことを!人殺しだけでなく、他人の人生を滅茶苦茶にするなんて」

「人殺し?私が殺したんじゃ無いわよ。彼は自分で手首を切ったのよ」

「お前が彼が死ぬように仕向けたのなら、殺人だ。俺にだって殺人未遂じゃないか!」

「証明できないわ」


どこまでも罪悪感が欠落仕切った、おぞましい女だ。

虫も殺せぬ気弱そうな女の仮面の下で、他者をいたぶる魑魅魍魎。

彼女の容貌を美しいと感じる人は多いが、俺は彼女を美しいと感じたことは一度もない。

外面と内面が不一致な美女を美女とは1ミリも思わない、魅力を全く感じないからだ。


「あと、里美さんは子どもはもう産めないのよ。仮に拓実君と再婚しても子どもは無理よ」

「なぜお前がそんなことを······!」

「あの人の夫が話してくれたのよ。彼女はもう離婚する前から閉経してたんですって。まあ、その前から何年もレス夫婦だったみたいだけど。まだ四十にもなっていないのにお気の毒······じゃなくて、いい気味ね。これであなたの子はあの人は産めないから良かった」


脳裏に夜の公園でブランコを自虐しながら漕ぐ寂しげな里美の姿が甦った。

俺と結婚しておけば良かったのにというのを肯定した後スルーしたのはそのせいなのか?


「ねえ、聞いてるの?拓実セ·ン·セ」

「この悪魔め!」


俺は電話を切り携帯を放り投げた。


ぶるぶると憤怒で震え、両目からは涙が溢れ出た。


───里美、巻き込んですまない。


君は俺の恩人だったのに······。


俺のせいで君をこんなにも辛い目に遇わせてしまった。


『私は子どもが欲しかったんだけどね』


君は全部一人で何年も堪えて来たのか。


こんなことになるならば、いっそあいつを押し退けてでも俺のものになって欲しいと嘆願しておけば······。


それでもあの当時の里美は、そんな俺を受け入れはしなかったかもしれない。


今まで友人として付き合いが途切れなかったのは、お互いに恋愛関係にならなかったからだ。

表面上はそう見せていただけだったとしても。

もし学生時代に告白して断られていたら、それっきりの縁になってしまっていたかもしれないのだ。



俺は、これからも君と生きたい。

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