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しんどい① 【里美目線】

別れた夫が私に交際を申し込んで来たのは大学二年の終わり頃だった。

学部が違い、サークルも違うため接点はほぼなかったから驚いた。

私は知らなかったけれど女子に割りと人気のある人だったらしく、付き合い出した時は「良かったね、やったじゃん」とか友人らに言われて、「はあ、なんのこと?」とか思っていた。


私はなんとなく、付き合う前からこの人とは釣り合わないないんじゃないかと感じていた。でも付き合って見ないと本当にそうなのかわからないから一応承諾した。

きっとそんなに長続きしないのではないかと思っていたから、友人の延長、友人に毛が生えたぐらいの、深い関係にもならないまま、自然消滅に近い形で別れた。

悪い人ではなかったけど、それほど話が合うわけでもなくて、ほんの少し面倒だなぁと思っていたから、別れても別段寂しいとか悲しいとかも無くて、お互いに就職活動に必死で、それどころじゃなかった。


卒業してからは全く連絡も取らず数年が経った。


同じ学部だった深町君達とは卒業してからも連絡を取り合い、仲の良い人達とグループでドライブに行ったりスキーをしたり、バーベキューや飲み会を開いたりして交流が今も続いている。


私は別れた彼氏と過ごした時よりも、ずっと楽しくて心地良かった。


特に深町君とは話が良く合い、何でも本音で話せたから楽だった。

深町君から交際を申し込まれたら多分喜んで受けたかもしれない。

でもそんなことはなかったのだけれど、それでも私は良かった。

恋愛関係にならないからこそ、友人として長続きできるのかもと思ったし、同性の友人だってなかなか何でも話せる人を見つけるのは難しいのだから、そんな貴重な友人が持てたことが嬉しかった。


その深町君が、あろうことか交際していた人が起こした心中未遂に巻き込まれてしまった。


彼が生きていてくれて本当に良かった。


深町君はその時のショックと恐怖で自宅から出られ無くなってしまった。

優しくて人に頼られがち、深町君自体もほんのり繊細な感じのする人だったから、本当に気の毒だった。

だから友人みんなで見守って、回復してまた戻ってこれるように、できるだけサポートしてあげたくなった。

買い出しに行ったり、差し入れをしたり定期的に連絡を取ることにした。


「ちゃんと眠れているの?」「ご飯食べた?」とか、友人というよりもほぼオカンみたいな感じであの時は接していたような気がする。


彼は勤めていた会社を辞めて、リモートワークができる職種に転職した。

それからライターになって、読書家で物知りな彼にはぴったりだと思った。


二年ほどかかって彼は復帰できた。



三十歳が目前になると、友人達は結婚する人が増えた。私はまだいいかなと思っていたのに、親が結婚しろと五月蝿くて、見合いを何度かさせられた。

私はお見合い方式では、相手を見つけられないかもしれないと感じて、その後は避けまくっていた。

お見合いだとどうしても周りから結論を急かされてしまうから、自分のペースでやりにくい。

私は友人や知り合いとしてじっくり長く付き合ってお互いを理解してからがいいと思った。

母は良い顔をしなかったけど、父はお前が納得できるようにやりなさいと言ってくれた。


私の夫になったのは、大学時代に短期間交際していた人だった。自然消滅した後連絡を取ってなかったのに、急に電話してきたから驚いた。


「まだ結婚は決まってないよな?」

「えっ?ええ、まだ予定は無いよ」


それで映画やら食事に誘われるようになって、プロポーズされたのだ。

お前を誰にも渡したく無い的な熱烈なものだった。

社会人になってコミュニケーション力がついたのか、お互い大人になったからか、学生時代ほどギクシャク感はなかった。

悪い人ではないし、安定した職種についているから、この人ならばいいのかもしれないと私は結婚することになった。


はじめの一年は上手くいっていたと思うけれど、二年目になると、またギクシャクするようになった。

三十を過ぎたから、なるべく子どもは早目に産みたいと思っていた。

でも夫は子どもはまだいいよと言って先延ばしにした。

子どものことを話すと機嫌が悪くなるので、避け無いとならなかった。

テレビや町で見かける可愛い赤ちゃんの姿に思わず「可愛い!」と声に出しても不機嫌になるから困ってしまった。

そうやって子どもについては禁句になって言った。


そしてその流れでレス状態になってしまった。


三十五歳が近くなると私は焦りはじめた。衝突を避けて来たけれど、高齢出産に加えて、妊娠率が低下して行くのがわかっているのに、何もできないまま歳ばかり取って行くことがストレスになった。


思い切って子どもが欲しいと言うと、「子どもはいらない」と突っぱねられてしまった。


義母らにも「孫はまだかしら~?」と圧をかけられた。

名古屋に転勤になってからも、状況は変わらなかった。


夫の実家に帰省した際に、夫が義母に「あいつはウマヅメだから」と、まるで私のせいで子どもができないと言っていたので激怒した。


「お義母さんにあんな風に言うなんて酷い!」

「ああ言っておけば、これ以上せっつかれることはないだろ」

「······だからって!」


それがきっかけで険悪になり、私は離婚を考えるようになった。

その気配を読んだのか、「離婚はしないからな」と夫に言われてしまった。


私は子どもは欲しかったが、この人の子どもはいらない、この人の子どもは産みたくないと思うようになった。


それから今までなかった生理不順が始まって、三週間も生理が終わらないとか、来たと思えば二日程で終わってしまうなどを繰り返した。貧血で疲れやすくなり、更年期障害みたいな症状に悩まされた。


そしてもうすぐ三十八歳という頃、生理は全く来なくなった。いわゆる閉経というものだ。


まさかこんなに早く自分が閉経してしまうなんてと、ショックを受けた。


私はもうこれで子どもを産むことは出来ないのだと、受け入れ難い現実に打ちのめされた。


もっと早く離婚しておけば、誰かと再婚して子どもを産むことができたのかもしれないと、自分の決断の先延ばしの結果を悔やんでも悔やみきれなかった。


夫に閉経を告げると、「ふうん、そうなんだ」と気にも止めない反応だった。



夫との夫婦関係は最悪の状態だったけれど、バイト感覚ではじめたタロットカード占いはそこそこ上手くいっていた。

これがあったからまだ精神的に救われていた。


夫と揉める案件の「子ども」についてはこれでもう悩む必要もなくなった。

このまま波風なく行けば結婚生活は改善して行くのだろうか?

子どもはいなくても、夫婦としてこれからもやって行けるのか?


タロット占いのクライアントに、どうにも話の通じない人がいて対応に悩まされるようになった。

自分の力不足を痛感し、心理学やカウンセラーの資格などを取ってもっとスキルアップのために学ぶ必要性を感じた。

それで一旦占いの仕事は休止することにした。



私が夫にそれを伝えようと思っていると、

あるメールが届いた。


そのメールには夫と共にガウン姿で裏ピースをする若い女性の写真が添付されていた。

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