三田村
「東は私の学友でしてね。私もあなたと同じく助っ人のうちの一人ですよ」
「······そうだったのですか」
亮子の担当がワンオペにならないように、何人かで面倒を見るためのチームに俺は組み込まれているということだ。
ワンオペを回避できるならば、負担が軽減されるから確かに気は楽だ。
「拓実先生、一緒に飲みましょうよ~」
いつぞやのリトル·ブラック·ドレスに身を包む甘え声の亮子はとにかく上機嫌だ。
そんなドレスで来るような店ではないから浮いてはいるが。
「よろしければ、ご一緒にいかがですか?」
三田村はどこまでも紳士的だ。
作戦会議の途中だったが、 里美と共に四人掛けの席に移った。
「カンパーイ!」
亮子は凄い勢いでグラスを空けている。三田村にしなだれかかりながら、甘ったるい猫なで声で質問責めをしてくる。
「ねえ~、先生達はいつから付き合ってるんですかぁ?」
「私が離婚してからなので、半年前からですね」
里美が離婚したのはごく最近だが、亮子と知り合う前から交際しているということにするため、そういう設定にしてある。
「えっ、もしかして不倫だったの?!」
「違いますよ!」
三田村は口を挟まずに静かに耳を傾けている。
「私もバツ2だけど、里美ちゃんはどうして離婚したの~?」
「夫の不倫が原因ですね。不倫相手に子どもができてしまったので」
「そうなんだ~。里美ちゃんは子どもはいるの~?」
「いません」
「そうなの、じゃあ先生と結婚するのに障害は何も無いんだね、いいなあ~」
そう言ってからは表情が曇り、亮子は急に黙り込んだ。
「亮子ちゃん、どうしたの?」
「······私、拓実先生と結婚したかったなあって」
「?!」
里美がいなければ、彼女にもっと纏わりつかれていたかもしれないと想像するとゾッした。
恋人役を用意しておいたのは正解だった。
「亮子さん、ごめんなさいね」
「うん。もういいよ~。あっ、でも結婚式には呼んで!」
その今身につけているリトル·ブラック·ドレスで来るつもりなのだろうか。
「式は挙げずに、籍を入れるだけにするつもりだよ」
「ええ~、先生は初婚でしょ?それでいいの~?」
やたら語尾が「~」と伸びるのは酔っているからなのだろうか?なんだかムカつく。
「いいよ、俺は式への憧れとか無いから」
「先生のタキシード姿見たかったな~。あっ、紋付き袴も似合いそう~!里美ちゃんも白無垢が絶対に似合わよ!」
「写真撮影だけはしておこうか?」
俺が里美に視線を送ると「そうね」と彼女は微笑し頷いた。
「そうそう、それがいいわ~。そうしたら私にも絶対に見せてね!」
今夜の亮子は結婚式に憧れる乙女全開だ。
「ああっ!私も結婚したい!!」
突然、そう言いながらダンッと亮子が机を叩いた。久々の猛獣モードにヒヤリとした。
これでも以前よりは安定してきたと言うが、やはり興奮すると出てしまうのだろうか。
「そろそろ帰ろうか、亮子ちゃん」
「は~い」
すこぶる素直だ。三田村氏、この人は魔法使いか!?
俺に対して「は~い」なんて言ったことはいまだかつてない。
それは俺が亮子よりも年下だからなのか?
三田村のような歳上の紳士には無条件で従うのか、まだまだ未知の部分が沢山ある。
「里美ちゃん、またね~!」
三田村に体を支えられながら、フリフリと手を振って静かなる猛獣は去って行った。
「「はあ~」」
俺と里美はようやく解放されて、どっと疲れた。
「······びっくりした。一応私が恋人だって信じてもらえたのよね?」
「そうじゃないのにあの反応だったら困るよ」
まさか作戦会議中に亮子に会う羽目になるとは思ってもみなかった。
せっかくのデートが台無しだ。
「もう一人は、どんな人なの?」
「七十六歳で、妻に先立たれた一人暮らしの男性で、子どもはいないから身寄りが無いらしい。手紙も毎度同じ内容をコピーしたみたいに繰り返しているよ。浅野亮子よりは負担が少ないけど、やっぱり会話のキャッチボールができなくて、耳も遠いから何度も聞き返されるし、こっちも大声で何度も言わないとならないから疲れる」
「そう。その人は何で通院しているの?」
「老人性の鬱。塞ぎ込まないように定期的に外部と接する機会を作るのと、孤立しないように繋がりを持たせるためだろうね」
「便箋での手紙のやり取りよりも、綺麗な風景とか動物や植物の写真や絵の色んな種類の絵葉書とかの方が、次は何かなって楽しみになるかもだし、葉書だと文面が少なくて済むからお互い楽かもね?歳を取るとペンで字を書くのも億劫になるものね」
「そうだな。後、映画や本の紹介とかね」
「うん、とにかく何か刺激を与え続けるのがいいのかも」
「鬱とかじゃ無くても、歳を取ると一人暮らしも大変だよな」
身繕いが行き届いていない老人の姿を思い浮かべた。
床屋に今度連れて行ってやるのはどうだろうか。彼の様子次第で可能ならば。
人にもよるだろうけれど、このまま自分も独り身のまま歳を取ると、あんな風になって行く未来もあるのだろうか。
自分も老後のことを考える歳になったのだと思い知った。




