第八話:覚悟の宣言と、未来を選ぶ声
誰かに決められた未来ではなく、自ら選んだ“生き方”を歩むために──
リディアは、覚悟を胸に縁談の場へと赴きます。
一方、レオンもまた、彼女の意志に応えるように己の立場を懸ける覚悟を固めていた。
ふたりがそれぞれの場所で踏み出す、決意の一歩。
これは、恋が“本気の未来”へと変わる、始まりの物語。
「令嬢、お出かけのご準備を?」
メイドの問いかけに、リディアは頷いた。
それはいつもの外出とは違い、仮面も、演技も、すべてを脱ぎ捨てる覚悟の支度だった。
「今日は、公爵令嬢ではなく“リディア”として行きます。……覚悟を決めたの」
優雅に結い上げられた髪はそのままに、彼女が選んだのは、どこか控えめな桃色のドレス。
けれどその瞳には、決して揺らがぬ光が宿っていた。
向かった先は──フェンリル侯爵家の邸宅。
応接間では、既に噂の「婚約候補」である青年・ディリオスが待っていた。
彼は魔導士としても優秀で、外見も穏やかな青年だったが、リディアの瞳を真正面から見ようとはしなかった。
「お会いできて光栄です、リディア様。お噂はかねがね……」
「ありがとうございます。けれど──申し訳ありません。私は、この縁談をお受けするつもりはございません」
静かで、はっきりとした声。
その場が一瞬、凍りついた。
「……お断り……とは」
「はい。私はすでに、心を決めた方がいます。
身分や格式ではなく、私という人間を見てくれる方です」
「ですが……貴女のご両親は──」
「……私の人生は、誰かのための飾りではありません。
公爵家の娘としてでなく、ただの“リディア”として誰かと生きる道を選びたいのです」
その場にいた使用人たちも、思わず息を呑んだ。
けれどリディアは、真正面からディリオスを見つめて言葉を重ねる。
「あなたは素敵な方かもしれません。けれど、私はその“理想”になれません。
無理に笑うより、自然に笑える人の隣にいたい。……それが、私の正直な気持ちです」
ディリオスは、しばらく沈黙したのち、ようやく口を開いた。
「……そうですか。──潔い方ですね。
私のことは、お気になさらずに。……貴女の誠実さに、敬意を抱きました」
そして彼は、ほんの少し寂しげに微笑んだ。
「私は、貴女のような覚悟を持てなかった。だから……どうか、後悔のない道を」
その言葉に、リディアは深く頭を下げ、屋敷をあとにした。
* * *
一方その頃、レオンは王都西側の訓練場で新兵の指導をしていた。
だがその胸の奥は、張りつめたままだった。
彼は知っていた。
リディアが自らの意志で、縁談を拒もうとしていることを。
(彼女が覚悟を決めたのなら……)
自分もまた、誇りある騎士としてその意志に応えなければならない。
訓練を終えた夕刻、レオンは騎士団本部の階段を登り、直属の上官たちの前に立った。
「クラウス団長。君に伝えておきたいことがある」
現れたのは、かつてリディアの父とともに軍務にあたっていた、老齢の将軍──
そして、レオンの育ての親ともいえる人物だった。
「……君は、どこまで覚悟がある?」
その問いに、レオンは一度も視線を逸らさずに答えた。
「彼女の仮面の裏を見た。
そのうえで、そのままの彼女を、隣に置いて生きたいと思った。
それが“騎士の分”を超えることならば、すべてを置いてでも、俺は彼女を選びます」
しばしの沈黙ののち──老将軍はふっと笑った。
「ならば、口先だけの“覚悟”ではないな。……貴族など、儚いものだ。
それでも“心”を通わせることを恐れぬ者が、最後には道を開く」
その言葉は、許しでもあり、エールでもあった。
* * *
その夜、ふたりは王都西の小さな広場で再び顔を合わせた。
互いの顔を見た瞬間、何も言わずとも通じ合うものがあった。
「……断ってきました。正式に」
「……ああ。知ってる」
「どうして、知ってるんですか」
「……顔を見たらわかる。君は、もう“仮面”じゃないからな」
「……ふふっ。ずるいです、そういうところ……」
星空の下、リディアがそっと彼の胸に身を寄せた。
それは、公爵令嬢と団長ではなく、ただの“ひとりの女の子”と“ひとりの男”の抱擁だった。
「このまま、ふたりで……歩いていきましょう。どんなに遠回りでもいい。
私はもう、誰かの理想なんかじゃなくて……“わたし”として、貴方と生きていたい」
「……ああ。必ず、その道をつくる」
小さな誓いの言葉が、星の海に吸い込まれていった。
そして──ふたりの未来が、確かに動き始めた。
お読みいただき、ありがとうございました。
リディアは自身の想いを言葉にし、レオンは彼女の覚悟に応えるために立ち上がる。
ふたりがそれぞれの立場で「自分の意志」を貫くことで、ようやく本当の意味で対等な“ふたり”として歩み始めることができました。
甘く優しいだけではない、強さと信念が滲む関係。
次回は、その決意が試される最終局面──
父との対峙、そして真に認め合うための“選択”が待ち受けます。ぜひ続きもお楽しみに。