第七話:愛を貫く覚悟と、試される絆
愛を知った少女と、愛を語った男。
静かに育まれてきたふたりの想いに、ついに貴族社会という大きな壁が立ちはだかります。
「家のため」に生きることを求められるリディアと、騎士としての誇りを問われるレオン。
試されるのは、ふたりの覚悟──
これは、甘やかな時間のあとに訪れる“選択”の物語。
レオンと交わした、あの約束。
「君の素顔を、俺は守ってみたい」
その言葉は、リディアの中に温かい灯をともした。
それからの日々は、まるで夢のようだった。
庭園でのふたりきりの散歩。
魔導植物の育て方を語るリディアに、無骨なレオンが静かに耳を傾ける。
誰にも言えないようなささいな会話が、ふたりの世界を少しずつ育てていった。
けれど──幸福の時間は、いつまでも続くものではなかった。
* * *
「リディア、話がある」
家族の食事の場、父の言葉が重く響いた。
「フェンリル侯爵家との婚約話、正式に進めることとなった」
リディアは固まった。
「……それは……」
「君の年齢を考えても、そろそろ身を固める時期だ。向こうも王家の後ろ盾を得た有力な家。申し分ない縁談だ」
「でも……私は、もう、別の方に……」
声を絞り出したその瞬間、母の表情が曇る。
「まさか……あの討伐隊の団長との噂、まことなの?」
「……はい。私は、レオン様と心を通わせています。彼と……一緒に生きたいと思っています」
一瞬、食卓の空気が凍った。
父は深くため息をついた後、厳しい声で告げた。
「リディア。君の生きる世界は、理想や情熱で選べる場所ではない。
彼のような男に、フィレア家の看板を背負わせることはできない」
「彼は、立派な方です。身分や名ではなく、私自身を見てくれた人です!」
「だからこそ、だ。情で走れば、君はその責任ごと重くなる。家の者として、君を止めねばならない」
リディアは震えながらも、視線を逸らさなかった。
何年も仮面をかぶり続けた彼女が、いま初めて「自分の意志」で言葉を放っている。
「私……自分を偽るのは、もう嫌です。誰かの“理想の令嬢”ではなく、ただの“リディア”として、隣にいてくれる人と歩きたいんです」
その言葉に、母の目がわずかに揺れた。
けれど父は、黙って立ち上がり、背を向けた。
「一時の感情に、人生を投げるな。それだけ言っておく」
* * *
騎士団本部に戻ったレオンは、ある人物に呼び出されていた。
王国魔導院付きの顧問、そして騎士団の上層部に連なる貴族──セラフィン子爵である。
「クラウス団長。ご令嬢との交際の噂、耳にしていますよ」
「……事実です」
「では、はっきり申し上げましょう。フィレア家の令嬢は、王都の外交にも絡む存在。
あなたのような武人が関わってよい立場ではない。……身を引いていただけませんか?」
言葉は柔らかいが、明らかな“圧”があった。
「あなたは討伐隊の象徴、騎士としての誇りを持つべきでしょう。
私情で立場を失えば、それは隊にも影響しますよ」
レオンの拳が、机の下でわずかに握りしめられた。
(──守りたいと言ったのは、俺の方なのに)
* * *
その夜。
リディアの部屋に、小さな小包が届いた。
騎士団からのものだ。
中に入っていたのは、一通の短い手紙と──手作りの、革製の小さな魔導札入れ。
手紙には、ただ一文だけ。
『お前が“笑っていられる場所”を、俺がつくる』
その文字に、リディアはそっと涙をこぼした。
──戦いは始まったばかり。
愛を貫くためには、仮面を脱ぎ、矜持を貫く強さが必要だ。
それでも、あの人の隣を歩きたい。
もう、誰にも、心を閉ざしたくないから。
お読みいただき、ありがとうございました。
第7話では、リディアとレオンそれぞれに課せられる立場と責任、そして「想いを貫く覚悟」が描かれました。
仮面の奥にしまってきた本当の自分を認めてくれた相手と、それでもなお一緒に歩むというのは、決して甘い夢では済まされません。
けれど、ふたりは確かに同じ未来を見ようとしています。
次回はいよいよ、リディアが自ら動き、未来を切り開く一歩を踏み出します──どうぞお楽しみに。