第六話:仮面の奥の言葉と、鋼の決意
たった一通の手紙に込められたのは、仮面を脱ぎたいと願う、ひとりの少女の本音。
それに応えるように、鋼の団長は静かに立ち上がる。
身分も立場も違うふたりが、互いの“素顔”に向き合い、想いを確かめ合う時──
これは、恋が“覚悟”へと変わる、第一歩の物語。
「……団長。こちらに、直筆の手紙が届いております」
副官が差し出した封筒を見た瞬間、レオンの表情がわずかに動いた。
白地に金の封蝋。フィレア公爵家のものだ。
開封する手はいつも通り無骨だが、指先は確かに震えていた。
『私には、婚約の話が来ました。
……でも、あなたにだけは伝えておきたかった。』
目を通すごとに、胸の奥が熱くなる。
どんな敵を前にしても揺るがなかった鋼の心が、今、たった一人の少女の文字に揺れていた。
(……なぜ、俺に)
レオンは、貴族でもなければ、優美な言葉を操れる男でもない。
彼女のように完璧な仮面を纏う世界とは、対極にいる存在だ。
けれど──
『……会って、話せませんか? もう一度、あなたに会いたいです』
その最後の一文に、レオンは迷わず馬を出した。
彼女が、仮面ではなく“本当の声”で呼んでくれたのだ。
* * *
フィレア公爵邸の裏庭。
淡い夕暮れが差し込むその場所に、リディアは一人立っていた。
いつも通りの優雅なドレスに身を包みながらも、指先はそっと揺れていた。
(来てくれるだろうか……)
思いが届いたのか、不安ばかりが膨らむ中、低く重い足音が芝生に響いた。
「……リディア」
その声に、思わず振り返る。
そこにいたのは、変わらない鋼の団長──けれど、その眼差しはいつもより、どこかやわらかく見えた。
「……来て、くださったんですね」
「君が、俺を“選んで”くれたからな」
その言葉に、リディアの胸がきゅっと締めつけられた。
目に、涙が滲む。
「私……今まで、誰かの理想でしかいられなくて……。
縁談の話が来たとき、“そういうもの”だと、納得できるはずだったのに。
でも──貴方の言葉が、どうしても頭から離れなくて……」
「仮面の奥を、見たいと?」
レオンが、穏やかに問いかける。
リディアは、ゆっくり頷いた。
「はい。……貴方だけは、私を“装わない姿”で見てくれた。
それが、ただ……嬉しくて……」
言葉が詰まる。けれど、もう泣きたくはなかった。
仮面のまま終わることが、何よりも怖かった。
「リディア」
レオンが一歩、距離を詰めた。
そして、そっと手を差し伸べる。
「──もし、君が“本当の顔”を見せてくれるなら。
その君を、守ってみたいと、今は思っている」
「えっ……」
「俺は……貴族ではない。君のような上流の世界には、不釣り合いだ。
でも、それでもいいと言ってくれるなら……俺は、戦う」
その言葉は、告白のようであり、誓いのようでもあった。
リディアは、手を伸ばした。
震える指先が、彼の大きな手に触れた瞬間、彼女の瞳から静かに涙がこぼれた。
「ありがとう……ありがとう、レオン様……」
鋼の団長と、ふわふわなお姫様。
交わるはずのなかったふたりの心が、いま、確かにつながった。
けれど、恋は始まったばかり。
仮面を脱ぎ捨てるには、まだ超えるべき壁がいくつもある。
リディアの縁談は、簡単に消える話ではなかった。
そしてレオン自身にも、決して軽くはない“過去”があった。
夜の帳が降りるなか、ふたりの物語は、新たな一歩を踏み出す──
お読みいただき、ありがとうございました。
今話では、リディアとレオンが互いの想いを正面から見つめ合い、初めて“本当の関係”に足を踏み入れる場面を描かせていただきました。
仮面を脱いだ自分を受け入れてほしい。
そして、受け入れるだけではなく、守りたいと誓う。
そんなふたりの心が交わる時間は、静かで、けれど確かに甘く、優しいものでした。
次回は、その想いが試される場面へ。どうぞ、引き続き見守っていただけましたら幸いです。