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第五話:交わり始めた想いと、迫る縁談の影

素直な気持ちを少しずつ交わし始めた、リディアとレオン。

仮面の奥にある本当の表情を、初めて誰かに見せることができた安らぎの時間。

けれど、貴族という立場には、常に「自由」の対価が付きまとう。

それは“縁談”という現実──

ふたりの距離が近づいたその先に、避けがたい運命が静かに忍び寄ります。

あの日から、リディアの世界は少しずつ色を変えていた。


レオンとのふたりきりの時間。

仮面を外して話した自分の姿を、受け入れてくれたこと。

それは、まるで長い間息を止めて生きてきた心に、そっと優しい風が吹き込んだようだった。


それ以来、ふたりはごく自然な形で手紙を交わすようになっていた。


簡素で無骨な筆跡。けれど、その中に込められた言葉は、どこまでもまっすぐで、リディアの心に心地よく響いた。


『今日、訓練場で新兵の一人が倒れた。熱中症だ。君も、無理はするな。水分は忘れるな』


『君の笑い方は、昨日より今日の方が柔らかくなった気がする。……悪い意味じゃない。俺は好きだ』


どれも日常の、取るに足らないやりとり。

けれど、何気ないその言葉が、リディアの心にぽっと灯をともしてくれる。


その日もまた、レオンからの手紙を読みながら、リディアはふんわり笑っていた。


(……今度は、私の方からお誘いしてみようかしら)


勇気を出して、散歩に誘おうかと考えた矢先。

執事がそっと声をかけてきた。


「お嬢様……お母様が、急ぎのご用件で、応接室にお越しくださいとのことです」


リディアは不思議に思いながら、応接室へと足を運んだ。


そこにいたのは、母と──見知らぬ、品の良い中年女性。


「リディア。ちょうどよかったわ。こちらはフェンリル侯爵夫人で……あちらのご子息との縁談のお話をいただいたの」


「えっ……」


声が、震えた。


「先方はね、王都の北に広大な領地を持っていてね。彼もまた魔導士として非常に優秀なのよ。まだ正式にとは言っていないけれど、あなたの社交界での評判は申し分ないし、いいご縁だと思うの」


(……縁談……? 今? 今なの……?)


声に出せなかった。


ただ静かに、座っていることしかできなかった。


「先方のご令息も、近日中にお会いしたいとのことで。まずはご挨拶だけでも、とね」


笑顔で進む話の中で、リディアの頭の中だけが、真っ白だった。


* * *


夜。


自室に戻ったリディアは、書きかけの手紙を前に、筆を握りしめたまま動けずにいた。


(言えない……このまま、何もなかったように振る舞うべきなの……?)


けれど、心は知っていた。


あの人の言葉が、どれだけ支えになっていたか。

あの人の眼差しが、どれほど安心をくれたか。

たった一度、素の自分を見てくれて、「それでもいい」と言ってくれたあの夜のことを、忘れられるはずがなかった。


(私は──もう、誰かの理想のために生きることに、戻れない)


その夜、リディアは筆を取った。


けれど、それはいつものような明るく微笑む手紙ではなかった。


『私には、婚約の話が来ました。

……でも、あなたにだけは伝えておきたかった。

一度でも、素顔を見てくれたあなたに──仮面をかぶったまま、何も言えずにいられないから。』


そして、追伸をひとことだけ添えた。


『……会って、話せませんか? もう一度、あなたに会いたいです』


手紙は、翌朝のうちに、騎士団本部へ届けられた。


想いを交わし始めたふたりの心に、貴族という現実が試練を与えようとしていた。


お読みいただきありがとうございました。

ふたりの想いがほんの少し重なり始めた矢先に訪れる、縁談という現実。

誰かに“選ばれるため”に仮面をかぶり続けてきたリディアにとって、ようやく見つけた「素の自分を受け入れてくれる存在」を前に揺れる心情は、苦しくも切ないものだったかと思います。

次回は、彼女の手紙を受け取ったレオンが、どのような決断を下すのか──

仮面を外すことの“覚悟”が問われる、大切な一話となります。どうぞ、お楽しみに。

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