第三話:式典の再会と、仮面の綻び
再会は、予期せぬかたちで訪れる。
仮面をかぶったまま、完璧を演じるリディアと、寡黙な鋼の団長──レオン。
王立魔導学会の式典という公式の場で、ふたりは再び言葉を交わします。
けれど仮面の奥に隠してきた“素の自分”が、ふとしたきっかけで揺らぎ始める。
それは、恋の始まりの、かすかな綻び。
式典当日。
王立魔導学会の新設を記念する華やかな式典は、魔法塔を改修した由緒あるホールで執り行われた。
王族をはじめ、高位貴族や各国の魔法学者たちが列席するなか、補佐役に選ばれたリディアは、完璧な振る舞いでその責を果たしていた。
けれど心の中は、穏やかどころではない。
(来る……今日、きっと来る……団長殿が……!)
数日前の夜会で、ほんの一瞬見た背中が、脳裏から離れなかった。
それが初恋なのか、憧れなのか、自分でもわからない。
けれど「もう一度会いたい」という思いは、ずっと胸の奥にあった。
魔法塔の正面扉が重々しく開くと、招かれた討伐隊の姿が現れた。
金属の甲冑に、精鋭の眼差し。
魔獣に立ち向かう者たちの気迫に、周囲の空気が一瞬で引き締まる。
そして、その中心に立つ男──レオン・クラウス団長が現れる。
(……来た)
完璧な微笑を浮かべたまま、リディアは心臓の鼓動を必死で抑えようとしていた。
レオンは礼儀正しく一礼し、無言で来賓席へと進む。
彼女に気づいていない様子だったが、それがかえってリディアを落ち着かなくさせた。
式典は粛々と進行した。王族からの祝辞、学会長の宣誓、魔法の未来を称える拍手。
その中で、補佐役として水の供給魔法を扱っていたリディアに、ひとつの小さな事件が起こる。
壇上の飾花が、魔力障壁の反響で予想以上に激しく揺れ、飾られていた魔晶石が転がり落ちてきたのだ。
「あっ──」
リディアは無意識に身を乗り出して、それを庇った。
瞬間、前のめりになった彼女の姿に、周囲がどよめく。
魔晶石はリディアの手元で無事止まり、大事には至らなかったが──
「完璧な令嬢」の隙を見た者たちの視線が、彼女に突き刺さる。
(しまった……っ)
一瞬の慌てた表情。それを見ていた者は、案外多かった。
けれど、その中でも一人、特別な視線を向けていた男がいた。
──レオンである。
騎士としての観察眼か、それとも別の直感か。
彼は、慌てて姿勢を戻し、笑顔を作るリディアの“わずかな仮面の綻び”に、目を細めていた。
式典終了後、関係者の軽食会が開かれた。
「……あのとき、すぐに動いたのは立派だった。普通なら驚いて固まってしまう」
その低く落ち着いた声に、リディアの肩がぴくりと震えた。
「……団長殿……」
「フィレア令嬢、とお呼びすべきだな。夜会での無礼は詫びるつもりだった」
「い、いえっ、そんな……むしろ、助けていただいて感謝しております」
必死に微笑を保ちながら言葉を並べるリディア。
だが、レオンはその表情をじっと見ていた。
「……その笑顔、あれだけ大事にしていた魔晶石のときよりも、少し堅い気がするな」
「えっ……」
「無理をしていないか?」
その問いかけに、リディアの笑顔が、一瞬ぐらついた。
そして、無意識に口を突いて出たのは、思いがけない言葉だった。
「……私は、完璧でなければならないんです。公爵家の家門のためにも」
その声は、とても小さく、それでも彼の耳にははっきりと届いていた。
レオンは、ゆっくりと一歩近づき、言った。
「家門のために仮面をかぶるのなら……俺は、その仮面の奥にある目を、見たいと思う」
その一言に、リディアの胸が、ひときわ大きく鳴った。
(どうしよう……この人、私の“中身”に気づいてる……?)
けれど、なぜか恐ろしくはなかった。
むしろ、今初めて、「見てほしい」と思った。
お読みいただきありがとうございました。
仮面の令嬢と鋼の団長、ふたりの距離が静かに縮まり始めた回となりました。
本当の自分を家族や親しい友以外に知られず、ひとり心を閉ざしてきたリディアにとって、
レオンの“仮面の奥を見たい”という言葉は、胸の奥に深く届いたはずです。
次回は、ふたりの関係にさらに変化が訪れる予感──
どうぞ、続きも見守っていただけましたら幸いです。