第9話 エンケラドスで楽しく働こう!
書き溜めが尽きるまで、毎朝更新します
991D Left
明るく元気な女性の声のナレーションで番組は始まった。
「ようこそ、エンケラドスへ! エンケラドスは希望の星です!」
画面に、エンケラドスの氷の大地がキラキラと輝くCGが映し出される。遠くに土星のリングが美しく広がり、まるでリゾート地のような風景が広がる。
ナレーションは続く。
「エンケラドスで働いてみませんか? 最高の給与と最高の労働環境を保証します!」
画面には、笑顔で働く人間や動物たちのアニメ調のイラストが登場。イルカが人間とハイタッチし、タコが箱を抱えて楽しそうに泳ぐ姿が映る。
「白く美しい星! 人類文明の最先端で働いてみませんか!」
エンケラドスの氷の大地を歩く人間や、最新鋭の機械を操作する機械化人間の映像が流れる。背景には、まるでSF未来宇宙基地のような建物と設備が林立している。
「地球での居住権更新に不安がありますか? エンケラドスでのたった1年間の労働で、10年間分の居住権が保証されます!」
画面には、地球の美しい自然や都市の映像が映し出され、「居住権更新」の文字がキラキラと輝く。
「火星の乾いた大地にうんざりしていませんか? エンケラドスは水資源に満ちた星です! エンケラドスに来れば、毎日水のシャワーを浴びることも、水のプールで泳ぐことだってできます!」
画面には、エンケラドスの地下海が青く輝き、人間やイルカが楽しそうに泳ぐ映像が映る。タコも明るい水中で楽しそうに動いている。
「エンケラドスは寒い? 極寒の星? いいえ、そんなことはありません!」
画面には、エンケラドスの南極から吹き上がる水の噴出孔が映し出される。熱水が宇宙空間に舞い上がり、まるで温泉のような雰囲気が演出される。
「エンケラドスの南極から定期的に水が宇宙空間に吹き上がっているのはご存知ですか? なんとエンケラドスの南極には土星の潮汐力による熱水鉱床からもたらされる豊富なエネルギーがあるんです! そう! なんとエンケラドスでは温泉に入ることだって出来るんです!」
画面には、人間や動物たちが温泉に入ってリラックスするアニメ調のイラストが映る。イルカが温泉でくつろぎ、タコも赤く茹だって「温泉」を楽しんでいる姿が描かれる。
「おっと、エンケラドスの地上から空を見てみましょう! 見てください! あの美しい土星のリングを! 圧巻でしょう?」
エンケラドスの氷の大地から見上げる土星のリングが映し出される。人間や動物たちが感動して見上げている。すると、南極から吹き上がる水の噴出孔から氷の粒子が舞い上がり、土星の光を受けてキラキラと輝き、虹がかかる美しい光景が広がる。
「見てください、この美しい光景を! エンケラドスでは、吹き上がるダイヤモンドダストが輝き、まるで虹がかかるように見えるんです! こんな絶景を毎日見ながら働けるなんて、最高でしょう?」
画面には、虹色の光に包まれたエンケラドスの大地と、感動して見上げる人間や動物たちの姿が映し出される。
「エンケラドスこそは最高の職場です! さあ、あなたもエンケラドスで輝く未来を手に入れましょう!」
宇宙からエンケラドスへ向かって宇宙空間を走る列車 ーー 銀河鉄道かよ!ーー の窓から笑顔で手をふる人間や動物たち。
最後に太陽系諸星系連合政府総合労働省教育庁協賛・UFOSLEに続いて「共に未来を築こう!」のスローガンのフォントが輝き、CMは明るい音楽で締めくくられる。
退屈な深海労働の帰り途、リナに追加の学習機材をの視聴をお願いした。
僕は、この世界についてあまりにも何も知らない。
彼女も多少はタコの労働条件については思うところがあったのだろうか。
渋い顔をしつつ新しい矯正学習教材視聴の許可をくれた。
そして数日後に見せてもらったのが、今回の番組のタイトル「エンケラドスではたらこう!」だ。
『…なるほど?』
もう見るからに胡散臭いーー詐欺っぽいーー労働力募集の広告番組。
太陽系の僻地という勤務地の人気の無さがうかがえる。
白く美しい星?見たことはないが?
青く輝く海?水槽のような小さい部屋のこと?
最高の待遇?深海労働とカスタネット飯のこと?
こういうのに騙される動物っているんだ…。
というのが、僕の受けた第一印象だ。
まあ騙される動物もいるんだろう。
あのイルカ、言ってはなんだけど、あんまり頭は良さそうじゃなかったものな…。
あんな乱暴なイルカでも僕よりは待遇がだいぶ良いのは気に入らないけど。
「人間は貧しさは耐えられても不平等には耐えられない」と言ったのは誰だったか。
人間に耐えられないことは、動物にも耐えられないことを僕は実感として理解した。
イルカはタコよりも遥かに優遇されている。
それがこの社会の法則らしい。
分断して統治せよ、とはよく言ったもので。
それで僕は落ち込んだかって?
実を言うと、そうでもない。
あの乱暴者は、僕よりもずっとずっと優遇されているくせに、あいつはあまり賢くないし、しかもそのことを理解していないっぽい。
権利と能力の乖離を機会という。
わかりやすく言い換えれば《《イルカ野郎のバカさ》》は利用できる、ってことだ。
ガリガリと今回も視聴ボーナスを齧りながらーーあと3回は視聴してせしめる予定だーー僕は《《ある計画》》を立て始めた。