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第5話 故郷とは遠くに在りて

本日5/5話目の更新です

 労働は嫌いだけれど、新しい経験にはわくわくする。

 だって異星の海に潜れるんだよ?

 しかも呼吸の心配もほとんどしなくて良い、と来たら!


 昔見たフランス映画で、海とイルカを愛するあまりに海に潜り続けた人が帰ってこなくなる、というやつがあった。

 映画の舞台は地中海の燦然たる陽光差し込む美しい地中海で、現実の舞台は全く光が差し込まない真の暗闇の深海、という差はあるんだけど。


 たぶん一週間ぐらいは楽しめるだろう。

 その後は…その後のことは…未来の自分に任せた。


『オクト、体調はどうですか?』


『問題ないよ。お腹が空いてるけど』


 ボールの表面に映った青い髪の女がチカチカと光で声をかけてきたので、こちらもチカチカと光で返した。


 そう。僕はただの労働頭足動物タコじゃない。

 光で通信ができる知能化光通信タコになったのだ。


 ……種明かしをすると、労働動物は知能化される過程で人間とコミュニケーションをするための器官が発現するよう遺伝的に改造されている、と青い髪の女に教わったのだけど。


 タコの場合、生物的身体改造箇所は足の先と目だ。

 8本の腕足のうち、2本の足先1cm程度が透明な水晶質になっていて、光ることで意思を発することが出来る。

 深海作業服であるタコ・シェルもそのあたりはよく出来ていて、腕足の先端は透明パーツがついていて光による発話を妨げない仕組みになっている。

 逆に光で話を聞く際には、目の奥の受光器官が光信号を変換して言語野に伝えてくれる。

 水中を住処とする頭足類に無理やり声帯と肺を発現させるよりも、遥かにスマートな解決策であることは認めよう。

 発光器官を通したコミュニケーションは光信こうしん、と呼ばれているそうだ。


『ノルマ未達なら、食事は1つだけですよ』


 青い髪の女はガラス質の人差し指の先をチカチカと光らせた。

 

『半機械科人は冷たいね』と腕足の先を光らせて早速仕入れた情報を元に冗談を返す。


『知能化頭足類の体温よりマシですよ』また、女の人差し指がチカチカと光る。


 新しい体験もジョークのやり取りもちょっと楽しい。


 昨日とは逆に光るボールに貼り付いてケーブルに吊るされつつ、すごい速さで暗い海の底へ下ろされていく。分厚い氷の天井も基地もあっという間に闇に紛れて見えなくなった。

 ここから先が長いんだよな…


『職場まで何時間ぐらいかかるのかな?』


『約2時間です』


 片道2時間か。通勤時間だけでもブラック職場である、と断言できそうだ。

 

『それで、どのくらいの深さまで潜らせる予定なの?』


『今日の現場は深度21000メートルです』


 はぁ?

 21000メートル!!? 

 《《にまんいっせん》》メートルだって!!!


 いやいや、ちょっと待って。

 地球の一番深い海溝だって10000メートルぐらい…だったはず。

 その2倍って…どういうこと!?

 やっぱりここは地球じゃないのか…


 いや…ショックを受けている場合じゃない。

 大変なことに気がついたからだ。

 命に関わる大問題だ。


『そんな深さで作業できるわけがない。いくらタコでゴツい作業服(タコ・シェル)装備していても潰れちまうよ』


『大丈夫です。タコ・シェルに身を包んだあなたは300気圧まで耐えられます』


『それじゃ水深300メートルしか耐えられないじゃないか!桁が足りないよ!!』


 初歩の科学知識も理解できない上司に腕足の先を強く光らせて抗議すると、青い髪の女は意外なことを聞いたように目を瞬かせた。


『オクト。あなたは意外に賢いのですね。それにとても物知らずです』


『褒めるか貶すかどっちかにして』


 命がかかってるのに混乱して体が変な光り方をするから。


『賢いと感じたのは本当です。あなたは地球のことに詳しいのですね。それに初歩の物理学も理解できているようです。知能化はおよそ成功していると言ってよいでしょう』


『それはどうも』


『物知らずなのは生まれてからの時間を考えれば仕方ない面もありますけれどね。知能化に比べて学習が上手くいってないのかしら。ですが自分が生まれて一生を過ごす星ぐらいは知っているべきでしょう。この星の重力下の水圧ではタコ・シェルが圧壊することはありません』


 女の言う事を要約すると、重力が小さいから水圧も小さい。

 重力が小さいのは星の質量も小さいから。


『…つまりここは地球ではないどこか?』


 ちょっとだけ「これまでの話は全部嘘でしたーw 哀れな頭足類をからかっていただけでーすww」という答えを期待していたのだけれど。


『そうです。ここは《《土星連邦の第二衛星エンケラドス州》》。厚さ数十キロの氷と地下海を擁する、地球から13,5億キロメートル離れた直径500キロメートルの小さな、そして宇宙一白く美しい雪の星です』


 期待を打ち砕いた青い髪の女は、少しだけ誇らしそうに指先を光らせる。

 エンケラドス…なんとなく聞いたことがあるような名前だ。

 

 それに「《《土星連邦》》」だって?

 土星って、あの輪っかのついた土星のこと?

 土星圏に国家が成立しているのか?

 つまりここは未来の太陽系?


 もたらされた情報の多さに混乱していたら、タコ・シェルのヘルメット内に小さな赤文字で警告らしき英数字が表示された。

 ええい、こっちは忙しいんだよ!まったく…水密が破れたとかじゃないだろうな。


『なになに…1000D(せんでぃー) Left(レフト)…? なんだこれ』


 表示を読み上げると、青い髪の女は少し眉をしかめて教えてくれた。


『ステータスです』


 ステータス!キタコレ!

 テンションが上がり体色も明るくなる。


 なあんだ、ステータスよ、こんなところに隠れてたのか。

 それで?次はチート?

 この1000Dってのは、1000面ダイスを振って出た目で能力チートスキルが与えられるとか、そういうやつ?


『…いいえ。それはオクトの残り労働期間を示しているわ』


 ガクン、とテンションが下がって体色が褪せるのが自分で分かった。

 今の僕は褪せダコだ。黄金樹の種が欲しい。

 労働状態そっちのステータスか。


丁稚奉公ただばたらきの期間明けってことね。Dって日のこと?残り1000日ってこと?じゃあ3年弱ぐらい?』


 とはいえ、1000日か。少し長い気もするけれどまあ、ブラック労働だって終わりが見えてるなら頑張れるかもしれない。3年で転職と考えたらそんなものかも。

 さすが未来太陽系社会。頭足類にも人権があるのか。


 タコ生の退職後のセカンドキャリアも今から計画したほうがいいかもしれないな。

 地球の温かい水族館とかで働かせてくれないかな。寿司屋はノーサンキューで。


 しばし将来構想に耽っていたというのに、女は無常にも僕の勘違いを指摘するのだ。


『いいえ。つまりオクトの労働《《可能期間》》が残り1000日、ということよ。この意味ニュアンスの違いが理解できると良いのだけど』


『…ホワット?』


 え。今なんて言いました?


 1000日後に死んじゃうの?

 タコのままで?

 奴隷労働しながら?


 ……ほんとに?

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