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第4話 働けば自由になれる…?

本日4/5話目の更新です。

 ピピピピ…と耳障りな電子音が聞こえる。

 朝の合図だ。


(働いたら負け♪、働かざるもの食うべからず♪、働けば自由になれる♪…)


 定番ルーチンの労働哀歌三段活用をたっぷり十回唱えてから眼を開く。


 タコの眼に目蓋があって良かった。

 寝ているときは嫌な現実を眼にしなくて済むからね。


 ● ● ●


 深海の暗闇で目覚めた日、の翌日から労働は容赦なく再開された。


 精神は混乱から立ち直っておらず労働意欲は湧かなかったのでーー人間だった頃から壊滅的に意欲は薄かったものだがーーなるべく元気がなさそうに見えるよう頑張って体色を褪せさせて哀れっぽく、弱っている演技をしてみたのだけれど。


「おや?元気がないようですね。今日もごはんは控えたほうが良いでしょうか?」


 残念ながら、哀れを誘う演技は良心を持つ相手にのみ通用する、という教訓を得るに留まった。

 憐憫の感情を持たず絶対の兵站を握る相手に反抗するのは無謀だ。


 それに…この空腹は耐え難い。

 例え食事が、あの魚の味がするカスタネット飯であっても。


 空腹という本能には勝てずノルマとやらを果たすことにする。

 精神的苦痛による傷病休暇、などという軟弱な人間用の制度は適用されない。

 労働頭足類は働かなければ餌はなし。飢えて死ぬ。

 文字通り、ノーワーク、ノーフード、ノーライフだ。


 理論的には、青い髪の女の言っていることはデタラメで、氷の海の上の世界では頭足類を含む全ての生物は人間と同等の完全な権利が保証されていて、労働を強要することは犯罪である、という可能性だってある。


 現実には、画面の向こう側の青い髪の女は生殺与奪の全権を握っていて「あの生意気なタコ。気に入らないわね」と感じれば言葉に出す必要すらなく、ほんの10日間ほど忌々しい餌ボタンを押し忘れさえすれば、飢え死にするのはこちらの方なのだ。


 理論と現実のなんと乖離したことか。

 これこそが社会というものだろう。


 働けば自由になれる?

 そんな標語を掲げた施設を歴史で習った記憶はある。

 労働は自由への道、だったかな。


 つまり現実には自由になんてなれっこない、ということだね。

 まあ、タコの身体で自由になったところで何をしていいかわからんのだけど、餌は自由に好きなだけ食べられるようになりたいね。


 とりあえず、このタコ生の第一目標は「毎日お腹いっぱい食べられるようにする」ことにしよう。

 スローライフ&ファースト・ファットフードだ。

 スローライフならスローフードだろうって?

 そんなものは知らん。タコは料理をしないんだ。

 それに何だか知らないけれど、この身体は異様にお腹が空いてたまらないんだ。


 ● ● ●


(あらよっ、と)


 蛸壺ベッドの縁に8本の足をかけて、頭をスポン、と抜いた。

 弱い青ランプの光と海水で満たされた狭い空間に蛸壺が一つだけ。

 これが頭足類労働者の個室であり寝室なのだから、ビクトリア朝の炭鉱労働者も真っ青な待遇だ。

 けれども、それを意外と快適に感じてしまうこの身体が憎い。


 次に塩素の匂いのする純海水エリアへ移動して、機械の手(マシンハンド)を借りて8本足の労働用潜水服に順次腕足を通してから、透明なヘルメットを上から被りカチリ、と音がするまで90度ひねる。

 昨日も来ていた潜水服は、俗に「タコ・シェル」と呼ばれている。

 この仰々しくも高度な工学的技術の結晶であるところの深々度海中作業殻は、装備することで腕足類の海中労働能力ーー生存性や快適性でなくーーを飛躍的に向上させる代物である、らしい。


 服の表面はシリコン状の物質で覆われており装着者を環境から化学的に完全に防御してくれるそうだし、腕足部の先端には腕足の先で制御できる金属の爪が装備されていて工具を用いた作業ーーつまりこのタコはドライバーやレンチが扱えるのだーーをアシストする。服の内側はジェル状の保温層とヒーターが内蔵されていて外界の温度変化からも、ある程度まで守ってくれる。


 8本の腕足が入る服がタコ・シェルの手足であるなら、大事な頭部と胴部を守ってくれる透明な殻は、タコ・シェルの心臓だ。

 透明な殻は高い水圧と衝撃から頭と胴を守って視界を確保してくれるし、頭頂部にある酸素循環器から伸びるパイプは長時間潜水ーー長時間労働もーーに伴うエラ呼吸を助けてくれる。


 つまり頭足類専用のすごい超科学的労働アシストスーツ、なのだが。


(なんか作りが雑で安っぽいんだよなあ…)


 日本のものづくりの記憶がある身からすれば、海外の安い外注に投げてザルな品質検査を通過してしまった機械部品類の寄せ集めに見えて仕方ない。


例えば殻の接合部の金属リングにさびやバリが見えたり、シリコンの服の表面に加工皺や成形ヒゲが残っていたり…随所に工業製品として出来の粗さを感じる。これ品証ちゃんとやってないんじゃないの?仕事してる?リベート貰って見逃してない?と詰めてやりたいところだ。


奴隷タコが細かいことを気にするな、ってことか?)


 いかに安かろうが、こちらは一つしか無い命を預ける装備なのだから、粗雑な装備よりも丁寧に製造されたものの方が良い。


(ノルマを達成し続けたら装備ぐらい交換してくれんかな?)


 ノルマ未達は餌抜きのブラック職場であっても、優秀な社員どれいに良い営業車を融通するぐらいの機転はあると信じたい。


 働いても自由にはなれないが、働く裁量ぐらいは増えるはず…増えるといいなあ。


 奴隷主こようしゃが投資対効果を理解できる程度には合理的人間であることを祈りつつ、初めての奴隷労働おしごとに挑む準備は完了だ。

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