表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/25

第3話 マカロン、あるいはカスタネット

本日3/5話目の更新です。

 不幸中の幸いというべきか、水揚げされて直ぐに茹でられたり刺し身にされることはなかった。


 目的地がわからずにまごまごしていたところ、光るボールと一緒に暗いハッチに海水ごと吸い込まれ、エアロックーーのような水を入れ替える二重扉の装置ーーを通過した後で8本足の潜水服と頭の殻は機械の腕で外される。

 その後、またまたパイプの水流で吸い込まれるままに別の空間に移動させられた。

 吸い込まれてばかりだね。


(眩しい…明るい…)


 そこには待ち望んだ光があった。青い光に照らされた海があった。

 

 だが、狭い。床も壁も天井も白い壁に囲まれていた。

 15メートル四方、はないだろうか。

 水族館の水槽のように小さい海だが、潜水服の呼吸器なしで《《息ができる》》海水だ。

 じっくり深呼吸して海水を吸い込むと、少しだけ塩素プールの匂いがする。


 ぼんやりと漂っていると、ぱっと白い壁に青い髪の女の顔が映し出された。


 (同じ人間…だよな…?) 


 海底の深々度カプセルに映し出された顔のはずだが確信が持てない。

 どうも人間の顔を識別する能力が落ちている気がする。

 ものすごく左右対称な顔をしている、とは感じだ。


「さて。オクト?いろいろと話があるところだけど…」


 こちらも話がある。というより、聞きたいことだらけだ。

 問題はこの体はあまり話すことに向いていない、ということ。


 ぐぅ


 そのとき、頭から小さな音がした。


 ぐぅぐぅ


 とっさに頭を四本の腕足で押さえたが、音がやまない。


「…まずは食事にしましょうか、オクト」


 青い髪の女の呆れたような声に、全身が赤面したことを自覚した。

 この体は感情が体表変化に表れていけない。

 ポーカーは弱そうだね。


 それにしても食事…か。

 この体はどんなものを食べるのだろう?

 寿司を食べていた記憶はあるので、新鮮な魚介であれば食べられそうな気がする。


 映像の女が何やら画面の外で操作をすると、正面の白い壁の一部がトレイのようにせり出した。


(ハリウッド映画で見た、重犯罪の囚人に渡すときのような方法だな)


 青い髪の女はしょせん空気を吸う世界の住人。海洋生物われわれとは生きている圧力が違うので仕方ない。

 水槽の上から金魚のエサをまかれるよりはマシと思うしかない。


 食事とやらが載っているらしいトレイに近づいて覗き込むと、直径5センチほどの丸く少し厚みのある白い皿が2枚重なっている。


(マカロン…いやカスタネット?…うおっ)


 お菓子よりも小学生時代の音楽の時間の記憶を刺激する形状である物体が、ぱかぱかと皿を開閉させながら唐突に水中を泳ぎだした。


 が、それは素早く伸びた腕足に瞬時に巻き取られ口に入る。


(あれ?)


 条件反射で腕を伸ばして口に入れてしまった。

 なんと不用心で浅ましいことか。

 本能が意思を裏切る。言うことを聞いてくれない。


 とはいえ口に入れてしまったものは仕方ないのだ。

 ガリガリとくちばしでかじり始めると、適度な硬さと中身を味わえた。


 さっきは水中で動いてはいたが、これは決して生命あるものではないことが嘴応くちばしごたえでわかってしまう。

 かじった中身に内臓特有の歯応えがなく、薄い殻の内にただ一様の柔らかい身が詰まっている。こんな生きものがいてたまるか。食べるけどね。


(これは…かまぼこ…かな?)


 魚のすり身っぽい味がする中身を薄いカルシウムのガワで覆った人工餌、と見当をつける。

 パカパカと動いたのは、何らかの化学反応で伸縮する繊維で2枚の餌が留められていたからか。もちろん繊維も食べた。お残しはしません。


 本能を刺激する仕掛けが人工餌のわりにはよく出来ている。


(うーん…)

 

 タコ用の完全栄養食ベースフード、というやつなのだろうか。

 不味くはない…不味くはないがこれだけを一生食べ続けるのはつらく哀しい。

 食べ残した殻をなんとなく隅に寄せると、そこには誰かの食べ残しらしき殻がこんもりと小さな山になっている。


(殻の集積も本能というやつかな)


 殻の山を見ていると何となく安心感を覚えるが、ゴミを残すな、と女が怒っていたような記憶も薄っすらとある。

 今の場所はカメラの死角になっているらしく見逃されているようだ。


(少し足りない…かな)


 空腹が満たされると、さらなる空腹ーー今の腹は頭にあるので空頭か?ーーを自覚することがある。


 今の身体が、それだ。まだ頭が空いている。


(もう少し食べたいぞ)


 映像の女にどのように意思を伝えたらいいのかよくわからないので、ぐねぐねと全身をぐねらせてみたいが、非情にも青い髪の女は左右に首を振って言い渡した。


「否定します。オクトは今日のノルマに届いていません。一個で終わりです」


 どうやらノルマとやらを果たさないと食事も満足に摂れない仕事らしい。

 記憶にあるブラック職場でも、さすがにノルマ未達で飯抜きということはなかったぞ。


 (今どき、働かざる者食うべからず、を現実リアルに実行する現場があるのかよ!事故が起きたり反乱起こされても知らんぞ!)


 空腹の苛立ちをぶつけてやりたいが、現実として画面の向こうの青い髪の女をどうにかする手段はなさそうである。力なき正論は無力、という言葉が浮かぶ。


 働け。成果がなければ飯抜きだ。

 要するに古代の奴隷と同じ境遇だね。


(ふぅ……)


 お釈迦様も、もう少しマシな地獄に落としてくれれば良かったのに。


 今の自分の体色は、さぞや色()せていることだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ