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第2話 蜘蛛の糸を昇った先には

本日2話目です。5話まで更新します

本日2/5話目の更新です。


 (…ステータスオープン!…スキル発動!…インベントリ!…アイテムボックス!…チュートリアルスタート!…それから、それから…くそっ他に何かないか)

 

 この世界がゲームであってくれ。

 神様の悪戯や召喚された異世界ものであってくれ。


 チートがあるんだろう?

 成り上がって転職すれば種族進化とかして人間になったりするんだろう?

 そうなんだろう?そうであってくれ…


 一縷いちるの望みにすがって、恥も外聞もなく思いつく限りの黒歴史的厨二ワードを詠唱し続けた。

 必死だった。これ以上無いぐらい死に物狂いに海馬も言語野を振り絞った。


 …しかし現実は非情である。


 どれだけ念じようと眼の前にスキルが書かれた半透明のボードが表示されることはなかったし、土下座謝罪した神様や天使による都合の良いチュートリアルが始まることもなかった。


 実際に僕ができたことは、ただ光る大きなボールにぺたりと貼り付いたまま、すーっと引き上げられ続けることだけ。


 体感できる水流からすると、かなりの速度らしい。

 ときどき上昇する空気の泡らしきものを凄い勢いで追い抜いていく。

 さすがタコだ。急速浮上しても人間のダイバーと違って潜水病にはならないようだ。


 光を放つ大きなボール ーー 青い髪の女は深々度カプセルとか呼んでいたな。

 名前の通り、自分は余程に深い場所にいたのだろうか。

 深々度カプセルから続くケーブルの上を見上げても光ひとつ見えない。


 もっとも、カプセルの光のせいで海面上の弱い光が見えていない可能性もある。

 明かりのついた部屋の窓から夜の景色を見ても星が見えない現象だ。


 それにしても海面までが遠い。遠すぎる。

 人間ではない身体に代わってしまって信じられるかはわからないが、自覚できる体内時計ではもう小一時間は昇っているはず。


 また、海底から上昇している空気の泡を追い抜いた。

 なんとなくだけれど、ダイビングで知っている空気の泡の動きよりも泡の上昇が鈍い気がする。

 重力が弱いのだろうか?海水の性質の違いだろうか?


(そうだ。呼吸はどうするんだ?酸素は大丈夫なのか?)


 人間ではなく水生生物になったといっても、生存に酸素は必要不可欠だ。


 この海が地球の海であれば問題はない。

 エラ呼吸の生物になったのだから、海水を吸い込んで吐き出せば良いからね。


 けれど専用の潜水服を与えられていることを考えると、外気ーーではなく外水?ーーをエラ呼吸できる環境ではないのだろう。

 長時間潜水していれば窒息してしまうかもしれない。


 現状を確認するために、覚悟を決めてボールにしっかりと貼り付いている8本の腕足のうち、2本をそっと離して頭の上、つまり胴体部分を覆っている硬い部分に触れてみた。


 肺が頭の上にある、というのは相変わらず妙な感じだ。

 耳を動かすと深呼吸できる、と言ったら通じるだろうか?

 その呼吸する肺の脇、つまり目の上のあたり左右にエラがあるのが判る。


 エラの近くに潜水器具でいうところの呼吸器レギュレーター状の機械が存在し新鮮な酸素を含んだ海水が呼吸に合わせて流し込まれ、二酸化炭素を含む海水が押し出されているんだろう。給排水が通るパイプが硬い殻の表面を走っている。


 目が届かないので判然としないが、パイプの行き先である頭と胴体を包む硬い殻の頭頂部に二酸化炭素を吸収し酸素を含む海水を送り出す酸素循環器リサイクラーめいた装備がついているらしい。


(これならすぐに窒息する危険はなさそうだな)


 ほっ、とひとまず胴を撫で下ろし ーー胸はないのでーー 周囲を見回す余裕がでてきた。

 先程までは糸の先の上ばかり見上げていたのだけれど、今度は来たところーーつまり下の方ーーを見てみる。


 最初は上の方と同じように何もない暗闇であるように見えていた。

 だが目を凝らし続けると、カプセルと同じような光がーーほんとうに弱々しくだがーーいくつか見える。


 どうやら自分は孤独ではないらしい。

 少なくとも深海で働くタコの同僚はいるようだ。

 いつか会って挨拶する機会もあるかもしれないが、今はただ深々度カプセルに貼り付いたまま、漁獲された海産物のように水上に引き揚げられるのを待つしかない。


 そうして永遠とも思える闇と沈黙を嫌と言うほど堪能した後で、ゆるゆるとカプセルは減速し、ようやくに上昇は止まってくれた。


 そこに期待していた太陽や月の明かりも、そして空すらも見えなかった。


 カプセルの光でかろうじて氷だとわかる、だだただ分厚く真っ黒い岩のような天井が、この海を覆っていた。


(汝、希望を持つなかれ、か)


 黒々とした氷の大地の底が、蜘蛛の糸を登りきった地獄の亡者に慈悲をくださるお釈迦様がいる天国には見えないことは確かだった。

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