第10話 運命を変える論理的で唯一の手段
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990D Left
翌日から、僕は僕の運命を変えることに取り組むことにした。
このまま奴隷労働のルーチンを繰り返しても、あと990日で僕の時間は止まる。
なんとかして今のルーチンから抜け出さなければならない。
とはいえ、気合だけいれてみても変わるのは体色だけなんだよね。
褪せるのはだいぶ上手くなったけれど。
ここは頭足類らしく頭を使わないといけない。
最近はうまいことーー矯正学習教材を騙くらかしてーー栄養が摂れているんで頭が冴えているんだ。
人間であった頃の記憶を掘り起こしたところ、一般的に「人が変わるには、住む場所、付き合う人、時間の使い方を変えろ」という言い方をするらしい。
そこで僕は僕自身をチェックしてみた。人じゃなくてタコだけどーーよく考えると僕は脊椎動物ですらないーー細かいことは気にしない気にしない。同じ地球の動物グループじゃないか。5億年ぐらい前に袂を分けた兄弟だけど。
Q.まず住む場所を変えるのはどうだろう?
A.無理だね。住居移動の自由はありません。却下。
Q.では時間の使い方を変えるのは?。
A].ほぼ無理。奴隷に自由時間はありません。却下。
…エンケラドスは頭足類に厳しく出来てるなあ。
残った最後の選択肢は「付き合う人を変える」
奴隷の僕にとれる可能性がある手段は、実質これだけなんだよね。
つまりは「僕の生殺与奪の権利を持つ青い髪の上司のリナとの付き合いを減らして、不快で暴力的で賢くないイルカと関わりを持つ」ことで運命を変える。
それしか方法がない、ということになるわけで。
正気なのか、という問にイエスと答える自信はないけれど、論理的にはそういう答えが導かれるんだ。
かつてロンドンに住んでいたアヘン中毒の探偵は言いました。
「不可能を全て除外したときに、残ったものが例え信じがたいことであっても、それが真実である」
僕はその説の信奉者になるよ。
気分の良くないことだけれど、論理的にはあの不快なイルカが運命のダイスロールを握ってる。
だから計画を立てて実行に移そう。
名付けて「イルカ野郎を密かにやっつけて手下にして持ってる情報を全部抜いてやろう」作戦だ。
ネーミングセンスと実現性が臨機応変で高度な柔軟性に富んでいることは認める。
僕は賢い知能化頭足類だからね。
988D Left
僕がタコ・シェルを着て深海ダイブのために貼り付いていると、2日に一度ぐらいの頻度でイルカのウィリーがやってくる。
最初の出会いでは不意打ちで頭を思い切り叩かれたけれど、来るとわかっていて気を張っていればなんということもない。
接近する不穏な気配を感じて、ひょい、と頭を振って尾ビレを躱してやったらムキになって口吻で突いてきやがった。
もちろん、それも避ける。当たったら痛そうだし。
『こらーっ!!避けるな!タコのくせに生意気だぞ!』
『なんでだよ。これから仕事なんだ。邪魔しないでくれ』
『ジャマしてない!タコを監視する!タコを突っつく!これは仕事!』
なんだいそりゃ。
監視はともかく、タコを突っつくのが仕事なんて聞いたことない。
ちょっと楽しそうだから僕と変わってくれないかい。
僕はイルカ野郎が勢いをつけて突ついてくるのを、深々度カプセルを盾にして貼り付いたままでグルグルと横へ横へと逃げ回る。
挑発は作戦の準備段階に欠かせない。
ひょいひょいと逃げ回り続けていたら、イルカは案の定焦れてきた。
『うーっ!このーっ!キュキュキュ―ッ!!』
ますます興奮したのか、だんだんと光信が素のイルカになってくる。
ところでイルカの体ってのは水中行動によく適応していて、ほんと小回りが利くんだよね。
特に縦回転の旋回能力が凄い。尾ビレが横向きなのと背骨が柔軟なのが効いてるのかな。
くるりん、と前回りしながらカプセルの丸みに沿って回り込み、ついに僕は捕まった。
『タコぉ、つっかまえたーっ!!』
『こっちもね』
イルカに突かれる前に、僕はカプセルから離れ8本の腕足を広げて、ウィリー(イルカ野郎)の前頭部にペタリと貼り付いてやった。
ウィリーは僕を捕まえようと回り込み続けていたせいですっかり泳ぐスピードが落ちていたから、難しくはなかったよ。
『ムギャッ!キュッキュッ!見えない!聞こえない!』
あーうるさいうるさい。
さて。ここでイルカの泳ぎ方の復習をしようか。
実はイルカは魚とはちょっと違った方法で泳いでいる。
目で見て、耳で見て泳いでいるんだよね。
誤字じゃないよ。彼らは世界を耳でも視ているんだ。
明るい海なら視覚も使い、暗い海では超音波を発して反射した波から高度な脳機能で情報処理をして世界を視ながら泳ぐんだ。
超音波を発する器官は頭頂部の鼻ーーイルカの鼻は頭の上ににあるんだよね。変なの!ーーの前方にあるメロンと呼ばれる脂肪をレンズのように使って放射している、というのを図鑑で読んだ記憶がある。
だからこの通り、イルカの前頭部に全力で貼り付いてやれば、イルカは視界が封じられてパニックになるんだ。
ここまでは事前の作戦通り。
このままイルカ野郎が疲れ切るまで張り付き続けて、礼儀知らずの動物に上下関係ってやつを叩き込んでやるつもりだった。
ところが、ここからは予想外の展開。
視界を封じられてパニックになったウィリーは、なんと上方、つまり天井を覆う氷山に向かって突進し始めたんだ。
『おいバカやめろって!そっちはダメだ!』
『キューッ!はなれろっ!キュキュ―ッ!!』
『ぶつかる!方向を変えろ!』
僕は光信で必死に呼びかけたのだけれど、よく考えたら腕足でウィリーの目を塞いでたから通じるわけないよね。
イルカだけでなく、僕もパニックに陥っていたらしい。
そのまま僕達は勢いよく世界を覆う氷の分厚い天井に向かって突っ込んだんだ。




