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第1話 全身麻酔って体験したことある?僕はある

SFを書きます。本日は5話同時投稿。以降は12時に定期更新予定。

よろしくお願いします。

 唐突な質問だけど、全身麻酔ってされたことある?

 

全身麻酔手術の経験者に聞くと『これから麻酔かけますよー』と声をかけられて(いつかけるのかな?)と思ってたら『はい終わりましたー』となるそうで。

『まるっきりタイムワープだった』という感想を抱くらしい。


 僕もちょっと難しい病気になって手術することになったんでね、

 体験談とかいろいろネットで調べたわけですよ。

 そうしたら同じように『これから麻酔かけますよー』と声をかけられたんで(ようし麻酔が効く瞬間を確かめてやろう!)と待ち構えてたのだけれど。


 それで。


 気がついたら、真っ暗な空間に浮いてた。


『はぁ?』


 手も足も暗すぎて見えないんだよね。

 視界の限り真っ暗な真の闇にいる、らしいことだけは分かった。


(これは…死んだのかもしれないな…)


 この闇は死後の世界、というやつかもしれない。

 思えば入院してから手術までの流れがやけにスムーズだった。

 あまり痛かった覚えはないけれど急性なんとかの症状だったのかもしれない。

 医者にはなんて言われたっけな。脳…血管?たしかに説明を受けて手術同意書にサインしたはずなのだけれど思い出せない…。


『まあ、仕方ないか、な…』

 

 諦めを口に出してみたけれど、なんだかうまく話せない。

 魂とやらになってしまったら口もないから当然かもしれないな。


 それにしても妙な感覚だった。

 空中に浮かんでいるような、まるで水に浮かんでいるような。

 昔、少しだけやってみたダイビングで海中に浮かんでいた感覚と少しだけ近いのだけれど、抵抗感とか圧迫感がずっと軽い。


 ぼんやりと周囲を見回していたら、ボウっとした青い光が遠くに見えた。

 小さくて弱い、暗闇に灯る人魂のような明かりにも思えた。


(あの光に近づくと天国や地獄に行って転生するのだろうか)


 暗闇に孤独に浮かんでいても、どうしようもない。

 あの光に近づけば目が覚めて今の記憶は臨死体験として笑い話になる、という期待も少しだけあった。

 明かりに向かって近づこうとすると、意外とスイっと空を飛ぶように泳げる。

 なかなかに快適だった。


 数分ほど移動すると、灯火の本体が見えてきた。

 青い光と見えたのは遠くから見たからで、近づくにつれて白い光を発する、ほぼ完全に球形の物体であることが判明した。


 球形の物体の大きさは目測で5メートルぐらいあった。

 巨大な白いボール、と例えても良いだろう。

 いかにも天使とか天国とか死後の世界っぽい概念の物体だった。

 一つだけ不可思議なのは、ボールの天辺から細い紐がまっすぐ上に伸びていたこと。

 つまり、この巨大な白いボールは遥か天上から吊り下げられているようなのだ。

 目を凝らしてみても紐の先は明かりが届く範囲より先は闇と同化して見分けがつかない。


 これは…お釈迦様が地獄の亡者たちを救おうと天から垂らした蜘蛛の糸みたいなものだろうか?

 この糸を辿っていけば天国や現世に戻れるのだろうか?

 あるいは、糸にすがりついた途端に周囲から亡者がわらわらと出現して糸が切られてしまうのだろうか?


 とにかくも近づいていくと、白いボールが唐突に点滅し始めた。

 パッパッパッパ──────パッパッ

 点滅を文字にするとこんな感じになるだろうか。

 なにかの信号のようだが…

(触れろ、と言っているのか?)

 なぜか点滅する信号の意味がわかる。


 それでも触れることを躊躇ちゅうちょしていると、点滅はますます激しくなった。

(ええい、ままよ!)

 意を決して白いボールの表面に触れたところ、人間らしき顔が大写しになった。


『うわっ!なんだ!』


 叫んだつもりだったが言葉はゴボゴボという音にしかならなかった。

 ボールに映った巨大な人間の顔は口を動かした。


『オクト!どうしましたか?報告は?割当てられた作業は済みましたか?報告を求めます』


 僕は返事するどころではなかった。

 ボールの白い光に照らされた手足は、自分の知っている手足ではなかったからだ。


『オクト?どうかしましたか?色が変になっていますよ?オクト?』


 青い髪で不自然なまでに左右対称に整った容貌を持つ白い肌の女の甲高い誰何すいかの声がうるさい。


 だいたいオクトって誰だ?億人?奥戸?僕の名前はそんな名前じゃない。

 僕の名前は…名前は…思い出せない…僕は…誰なんだ?


 鈍白のヌラヌラとした表皮の潜水服か宇宙服のようなゴワゴワした袖状の袋に包まれた手足は、《《ものすごく》》細長かった。関節もなかった。自分の知っている人間の二対の手足ではなかった。


(嘘だろう…おいおいおい…)


 震えながら数えると手足は《《8本》》もあった。

 水の中で、うねうねと波打っていた。


『オクト!…大丈夫ですか?オクト!』


 胴体も…なかった。

 正確には両目の上に胴がついていることが腕足で触れた感覚でわかった。


『…今日の作業は中止します。深々度カプセルに掴まって。気をつけて上がってらっしゃい』


 僕は…僕は…いったい何になってしまったんだ…?


 一転して優しげになった声に応じて、弱々しく腕足を白いボールに広がるように密着させると、カプセルはゆるゆると引き上げられ始めた。


 認めたくない。認めたくはないが、麻酔から目覚めたらタコになった。

 それが事実のようだ。

 名前はオクトというらしい。


 これはのちに判明したことであるが──

 自分は知能化されて、宇宙の果ての惑星で深海に潜るタコ奴隷であった。


 吾輩は──いや、タコなので『輩』でなく『杯』と呼称すべきであろうか。


 つまり、吾杯はタコである。


 なんてこった。


あと4話あります

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