3話 強制発動
カズヤめ、ちょうどいい感じだというのに逃げやがったな。そんなことを思っているうちにオルトロスがとびかかってきた!
なんとか剣でオルトロスの口に押しあてることで受け止めることはできたがもう一方の頭でこちらに攻撃をあてようと試みてくる。
「本当に、双頭の魔物は厄介だな!」
しかし、今なら口の中に魔法を流し込むチャンスではないか! そう思い当たりオルトロスの攻撃を何とかかわしながら電撃をため始めようとしたとき、オルトロスの様子が少しおかしいことに気づいた。
ウグゥゥ…
オルトロスの攻撃の勢いはそのままだがオルトロスは何かやりづらそうにしている。どうしたものかとオルトロスの体を見ると黒いモヤがまとわりついている。これはスピンの魔法だ! 確かこれは相手の移動を遅らせるものだったはず。
役には立っている。しかし、この魔法は相手を長時間動きづらくする魔法でありどちらかというと離れている魔物がこちらに近づくのを遅らせるときに使うやつだ。今欲しいのは相手の動きを鈍らせて停止に追い込む魔法とかを打って欲しい
そう思い、スピンに停止魔法の要請をしようとしたとき、
「伏せるか距離をとってください!」
スピンから急に声が聞こえ、反射的にオルトロスから剣を引き後ろに思いきり下がる。オルトロスは俺に追いつこうと走ろうとするがスピンの魔法により動きが遅くなっている。体勢を立て直して再びオルトロスに突っ込もうとしたが、オルトロスの背後に何か見える。
――そこそこの速さではあるが大きな火球が飛んできている。もしかしてカズヤが打ったのか?
あれの爆発に巻き込まれるのはまずい、と思い後ろに飛び地面に体を伏せる。その直後に耳をつんざくような爆発音が上がり周囲の温度が一気に上がった。オルトロスを中心に激しい炎が上がり突風が吹き荒れたんだろう。完全に背後をとった攻撃のはずだ、やれているはずだ。そう思いオルトロスのほうを見るとダメージは負っているもののまだ戦う気だ。
オルトロスは顔を天に向け先の爆発音に負けないくらいの咆哮をあげた。
完全にキレている。まだやらなければならないのか。そう思い剣を広いオルトロスに対峙しようとするとオルトロスはスピンのほうに駆けて行ってしまった。
――まずい、スピンがやったと思ってスピンにキレている
「ちがうの、僕じゃないの、許してぇ~」
スピンが泣き言を言って走って逃げている。追いつこうと俺も走るが意外とあの魔物の足がはやく追いつく前に、オルトロスのほうがスピンに追いついてしまう。さっきオルトロスの体内に流してやろうと思った電撃を急いでオルトロスに向けて発射する。
――頼む、こちらを狙ってくれ!
オルトロスに直撃はしたが、オルトロスは軽くうなるだけでスピンを再び追いかけようとする。
「あっ!」
さらに最悪なことにスピンが転んでしまった。
くそっ! 最後の手段として持っていた剣を渾身の力で投げると、オルトロスの後ろ左足に刺さる。さすがに応えたのかオルトロスはへたり込んだがすぐにこちらにターゲットを移した。
――勢いづいて武器を投げてしまったがこれはまずいのでは。スピンは今どうしてる⁉
スピンのほうを見ると転んで倒れこんだまま動かなくなっていた。あまりの恐怖で気絶してしまったのか。
そんなことを思っているとオルトロスがこちらに突っ込んでくる。後ろ足に剣を刺されたというのにそこそこ速い。これが上位の魔物というものなのか。そんなことを思いながら近くにある倒れて枯れた木を持ち何とか縦代わりにして再び噛みつきを防ぐ。これでさっきと同じ状況だ。今度こそ体内に電撃を流し込んでやる。
そう思い魔力を貯めていると持っている木がどんどん熱くなってきていることに気づく。なんだ?と思っているとオルトロスの口内がどんどん黒から赤に変わってきている。
「逃げてください! そいつは炎を吐くことができます!」
襲われていた少女がなんとか這いずりながらこちらに来ていた! いや、炎を吐く? この至近距離で?
盾にしていた木を手放して逃げようとしてももう遅い。避けられない! そう思ったとき、
『行動回数増加』を発動
勝手に神託が発動された。来てしまった。そう考える暇もなく頭には勝手に映像が流れてくる。
オルトロスが吐いた炎に直撃し顔が溶け、皮膚もずたぼろになっていき全身がやけど状態になっていく。体を動かすとただれた皮膚の気持ち悪さだけでなく傷ついた筋肉が悲鳴を上げる。
――痛い、いたい、イタイ
痛みを和らげようと空気を吸うとのどが焼けただれ空気が流れるだけでのど、肺が逆なでされる。あまりの痛みに悲鳴をあげるとその悲鳴でまた痛みが増してくる。体の内側の痛みに耐えようとすると今度は肌を焼く熱の痛みが湧ききた。それから逃げようと体が勝手に丸くなる。
――こんなことを味わうなら意識を失って欲しい! いっそ殺して欲しい!
しかし、肌を焼く痛み、喉・肺の痛みにより意識が逆にはっきりしてきた。ふとオルトロスを見ると再び炎を吐こうとしている。
――ああ、次で死ねる
炎が再び視界をうめつくす。もう神経が焼かれきったのか顔の痛みが無い。どんどん頭も焼かれる。ふと腕を見ると肉も焼け落ちちらほらと骨が見える。そんなことをぼうっと思っていると視力も無くなっていきなにも見えず感じなくなってきた。
流れてきた映像がぷつっと終わったタイミングで意識を取り戻す。
――本当に気持ち悪い気分だ、絶対に避けたい、絶対にくらいたくない!
そう思い周囲を見る。神託『行動回数増加』により自分以外の動きが遅くなっているように見える。死ぬ間際に周囲がスローモーションに見える現象に似ているな。しかし、それと明らかに違うのはこのスローモーションの中で自分は普通に動けるのだ!
盾にしていた木を手放し、炎を吐こうとしているオルトロスの右側面に回り込みオルトロスの左後ろ足に依然として刺さっている自分の剣を抜く。
その瞬間、スローモーションが解除された。オルトロスが炎を吐いたと同時に、オルトロスから血しぶきが左後ろ足から上がる。
オルトロスには俺が急に高速移動したように見えて困惑している様子だ。なんとかこちらに体を向けようとしているところを先回りして左首を切り落とす。
右頭が悲鳴を上げて痛みから逃げるように体を動かそうとするが左後ろ足がうまく動かないようでその場でじたばたするだけだった。
「終わりだ」
そう言い、右首もはねる。これにより体は少し動いた後ぱたりと倒れこんだ。
いろいろあったが結果的には俺はそこまでけがを負ってないし、スピンやカズヤももちろん無事であり大勝利と言っていい。
そういえば少女は大丈夫なのだろうかと見ると、何があったか分からないような顔で戸惑っている様子だった。無理もない、俺も初めて神託が発動したときはそんな風になったものだ。
そう思い、彼女に近づこうとしたとき、先の映像が脳内に蘇ってきた。
――熱い、アツイ、イタイ、イタイ!
そう感じ急いで体を見るがもちろんオルトロスの吐いた炎には当たっていないので何もない。でもどんどん体が焼けていく痛みは増えてくる。これは幻肢病みたいに脳が勝手に痛みを感じているに違いない。そう脳に言い聞かせ収まってくれと願うも痛みは増していき、頭も痛くなってくる。
――もうダメだ
そのまま地面に倒れこんでしまう。
「大丈夫ですか⁉ しっかり…くだ… いま、たすけ…から」
声は聞こえるが反応もできない。ああ、こんな神託なんか授かるんじゃなかった。最悪だ。