21話 入学式
前のソフィに続いて少し暗い廊下を抜けると、目の前には煌びやかなホールが待ち構えていた。
右手奥には合奏団というべき集団が華々しく新入生歓迎の音楽を奏で我々を盛り上げてくれている。
圧倒されるまま呆然とただ促されるままホール右前付近に引率される。
「じゅ、順番に着席してください」
青が縦に入った制服を着る人懐っこそうな女学生がなんとか頑張りながら俺たち2組を指示する。
その様子に皆がほっこりする。
「おい見てみろよ、セト。二階まであるぞ」
左隣に着席したケイザに言われ、振り向いてみると確かに上にも席があり若干ながら学生もいるようだ。
「この一階だけでもかなりの人数が収容できるのに二階まであるのか」
「今日は一年生と上級生が少ししかいないからかスペースがあまりに余ってるよ」
「一年生だけでも200人いるのにこんなにがらんとしているなんて」
感嘆していると、ソフィとケイザもあまりの広さに驚いている。
こういったことに自分が慣れてないから驚いていたと思ったが、貴族であるソフィと多分貴族であろうケイザも驚いている様相を見るにここまでの設備は凄いのか。
盛大なる音楽に紛れてこそこそと三人で話していたら音楽が急に終焉を迎えたことにより、急いで姿勢を正して口を閉じる。
「これより入学式を始める」
司会の教員が場を制す。あのいけ好かない男性教員だ。学院見学の時に見た教員で、魔法実技で俺を採点したあのいかにも自信家のやつだ。
「在校生による歓迎」
そうピシャリと言うと、銀髪ですらりとした背格好の男学生が壇上に上がってくる。
儚さと強さを持ち合わせたような雰囲気を纏うイケメンで一部から黄色い声が上がる。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。このような…」
声に強弱がなくただ坦坦と文字を読み上げるかのような口調で朗読が開始された。正確に言うとメモなどなく全て暗記をしているらしくこちらに目をずっと向けて話しているため朗読ではないのだが、聞いている側からすると退屈すぎる。
最初は黄色い声を上げていた学生たちも徐々に雰囲気が死んできている。
ケイザは難しい顔をしてなんとか耐えているが、右隣に座っているソフィは船を漕ぐのに抗って体を少し前後に震わせている。
俺はというと一瞬寝たのかどうかわからないくらいの意識がずっと続いている。寝てはいけないのだがあまりにも辛い。
「…以上をもちまして、歓迎の挨拶とさせていただきます」
永遠にも思えた5分くらいのスピーチから解放され、皆なんとか意識を取り戻していく。
「…次、学院長の挨拶」
流石に司会の教員も堪えたのかちょっと間があってから司会の役割を続行する。
続いて壇上に立ったのは学院長のシエイフというおじいちゃんであった。
学院長だから話が長いと思いきや、さきのスピーチとは異なり、端的にそして笑いを取る話で盛り上がりを見せてくれる。
俺もつい笑ってしまう。ケイザは大きな笑顔を浮かべ、ソフィはお淑やかに手を口に当てくすくすと笑っている。
「では、話はこれにて最後としますが、皆さんにお願いがあります」
「ここに風景を保存することが可能な装置があります」
――えっ?
周囲もざわめき立つ。
学院長が持つ黒がかった青色の球が内部で少しうごめいている。
そのような代物は聞いたことがなく何が起きるか分からなくて皆が期待と不安を抱いて動揺してしまっている。
「静かに」
司会のあいつが注意をするもざわめきは広がっている。
その様子にシエイフ学院長は満足げか話を続ける。
「これは我がトレイン学院が誇る教員たちにより作成された傑作の一つです」
そう言い、不思議な球をふわっと放りだすとある程度昇りピタッと止まる。
「では皆さん笑って笑って」
その言葉によりなんとか笑顔を作るとまばゆい光が広がったかと思うとすぐに元の状態に戻る。
「ほら、これが皆さんの初日です」
そうして壁いっぱいに記録されたであろう皆の様子が学院長と共に映し出される。
「今はまだぎこちないかもしれませんが卒業する時には皆が笑顔で、そして未来にむかって走り出していることを願っています。以上です」
盛大な拍手とともに式は閉会し、演奏団の祝福をうけながら退場していく。
◇
「式、早かったな」
「ですね」
案の定貴族だったケイザは、同じく貴族であるソフィに同意を求めていた。貴族の社交会などではこういった挨拶の場は重要とされる分、どうしても長いことが多いらしいが今回は最速だったようだ。
「来賓の方などの挨拶や別教員からの挨拶、果ては答辞すらありませんでしたね」
確かに。なんとか前世の記憶を手繰り寄せると確かに、新入生代表の挨拶やPTAからの挨拶など色々あって謎に長引いていたのを思い出す。
思い思いに話していると、ようやく自分たちの教室が見えてくる。場所はもはやどこか分からん。
「ここで待っていてくださいね」
ここまで引率してくれた人懐っこそうな上級生が何とか大きな声で衆目を集め、役目をこなし終える。
そんな姿に思わず小さい子が頑張る姿を重ねて微笑ましくなる。
「セト君は、ああいう子がお好みなんですね」
少し笑顔を浮かべているソフィに後ろから言われわななく。なんて答えようか逡巡していると
「はい、皆さん座ってください」
小柄ながらも芯に響くようなしっかりした声の女性教員が入ってくる。齢は40、いや30くらいだろうか。
あらかじめ確認していた自分の席に座る。受験番号やクラス分けなどがランダムだったさしものトレイン学院でも出席順は通常通りらしく名前順であった。そのため俺の一つ後ろがソフィになった。ケイザは幾分か前の出席番号である。
「私があなたたち2組の担当となるバスターミです。よろしくお願いします。専門はざっくり言うとトレイン学院がある国、カルバラ国とその周辺の歴史です」
おお。俺たち生徒がずらっと並び、それと対峙するように先生が教壇に立って話す感じがまさしく昔行った授業、って感じがして懐かしい。
「皆さん自己紹介に入りましょうか。出席番号1番からどうぞ」
次々と軽く自己紹介をしていく。初対面ということもありかっとばす奴は少ないが、時折
『ここを選んだ理由は家から近かったから』とか『誰よりも強くなる』といった発言も出て面白い人たちもいるなあと思いながら無難な自己紹介を済ませる。
自己紹介の時に不快な目線やひそひそ話が少し聞こえてきたが気にしない。
残り数名となってくると見知った顔の奴が立つ。
「ラナです。剣術を極めたいと思ってます。よろしく」
さらっとクールに言いつつ俺に敵対心をむき出しにした視線を向けてくる。
――こいつの名前はラナか
入学式が始まる前からずっと睨んできていた人の名前がようやくわかった。
「えーと、私はラングレーです。クリフ・ディッシュ様の使用人です。よろしくお願いいたします」
へー、貴族の召使いも同い年ならば入学させることもあるのか。呑気に考えていると誰かがぼそっと呟く。
「ディッシュ家かぁ」