19話 村を襲う魔の手
知っている天井だ。半年ぶりの自室だ。
ここまで運んできてくださった人が誰かは分からないが完全に甘える形になってしまい申し訳なく思う。しかし、ルドルフさんがいきなり戦闘を仕掛けたのが悪いんだ。
そう思い、脇腹を見ると手当がされている。少し痛むがそれでもかなり良くなっている。怪我を気にしているとふといい匂いが漂ってくる。
ガバッと起き上がり自室を出て家族のもとに向かう。
「ただいま! 母さん、ニア姉さん!」
「おはよう、セト」
「おはようございます、セトくん!」
母さんの声が聞こえた後、姉さんの声とは違う声が聞こえてくる。あれ? と思い台所にきちんと目をやるとニア姉さんの代わりにソフィがいた。
「え? あ、おはよう。ソフィ」
「はい、おはようございます。ご家族の前だといつもとは違いますね」
珍しい俺が見れたことによるのかソフィは微笑ましく笑う。
なんでいるのかという疑問が沸いたが、それ以上に家族への素の態度をソフィに見られたことへの恥ずかしさが勝り照れくさくなる。
「あはは、それでニア姉さんはどこにいるの?」
「ニアはアリサさんに村の様子を見せに行っているところ。セトも後で見てきなさい」
「アリサさんもいるの!?」
ごまかすように不在の人物へ言及をすると、アリサさんも村にいることが分かり少し驚く。
そんなことより村で起きていることって何だろう。嫌な予感を感じる。
◇
起きたのは昼前だったらしく早めの昼ご飯をとり、ソフィとともにニア姉さんとアリサさんに合流する。二人がいたのは半年前にお世話になっていた村の病院だった。
「セト! 体調は大丈夫!?」
俺の姿を見つけ次第ニア姉さんは駆け寄り脇腹やその他の体の部分の様子を聞いてくる。なんとか引きはがし村の状況を聞く。
「一番の出来事と言えば、ベイツ森林に軽く踏み入っただけなのに今までそんな浅い場所では見られなかった魔物に襲われて怪我した事件かな」
「ニア様に案内してもらって村の被害を聞いたところ、他の小さなこととしていわゆる下級の魔物による作物被害・畜産被害が増えてきたらしいです」
魔物による被害が増えているだと? 嫌な考えが頭をよぎる。
俺がいなくなったからか? いや、あの時にオルトロスを倒してしまって生態系が崩れてしまったのか?
「もしかして俺があの時…」
「それは違うかと」
村医者がさえぎる。
「君が半年前に倒した魔物、オルトロスはそもそもあんな所にはいなかったようです。つまり、あの時オルトロスがいること自体がイレギュラーと言っていいです」
「ボイムスさん…」
「今、魔物が村に出てくることはあの魔物を倒したことが直接の原因ではないと踏んでいます」
そう言ってもらえて少しホッとする。しかし、原因は何だろうと思っているとアリサさんが口を開く。
「実はこういった魔物や悪魔の被害はここだけでなく他の地域にも広がっていまして都市部のほうにも影響があります」
「それを先ほど聞いて、何かしら悪影響がここまで届いてしまい魔物が狂暴化したのか、あるいはなにか森の奥で化け物が誕生してしまい住処を追われた魔物がどんどん森の浅いところに進出したのかもしれません」
「ここはまだましな方らしく都市部では気をおかしくなってしまった人すら出ているらしいです。私も昨日アリサに聞いたばかりなんですけどね」
ソフィも昨日聞いたばかりらしい。受験に支障がないように配慮してくれたのだろうか。
それはそうとして、村に被害が出始めているのは看過できない。
「村に出てきた魔物とかはどう対処しているんですか?」
「外部の人に依頼することもあるけど、普段は君も知っている人たちがかなり対処しているよ。会ってきな」
そう言ってボイムスさんは村の入り口に行くよう俺を促す。
言われた通り向かってみると懐かしい二人がいた。
「お前、半年ぶりくらいだな。元気してたか」
「なんかよく分からないけど、学院とかに合格したんだよね。おめでとう!」
オルトロス討伐してから会えていなかったカズヤとスピンがいた。
「俺に何も言わず、勝手に村の外に長期間いったつけは払ってもらうぞ」
にやついた、それでいて不快ではない笑い顔をしたカズヤは前までのように軽く突いてくる。懐かしいやり取りに思える。
「すまんな。それで村にくる魔物はお前らがやっているのか?」
「ああ、他には軽く森の浅い場所にいる魔物の掃除だな」
「流石にセトが倒したあの化け物にはまだあってないけどね」
自分も村を守りたい気持ちになり学院に行くべきか少し躊躇してしまう。
「俺もここに残って村を守った方がいいのかな」
そう言うと呆れたようにカズヤはため息をつく。
「お前、ボイムスさんやアリサさんという人から聞いてないの? この現象は他でも起きているらしいじゃねえか。俺たちは目の前のことをただ解決するだけだが、お前は違う。元凶を絶って欲しい」
「そうだね、村のことは僕たちに任せて欲しいな」
変に揺らいでしまった気持ちをいとも簡単に整えてしまった。こいつらここまでできていた奴らだったのか。
「まあ、これもあのオルトロス相手に何もできなくてふがいない気持ちだったから頑張っている側面が大きいけどな」
結構二人の中ではオルトロス事件を引きずっているらしい。
ちょっと真面目な雰囲気になったのを感じたのかカズヤがからかいモードに入る。
「そういやあの時の美少女を見たぞ。一緒に暮らしているんだって。そこらへんどうなんだよ」
「僕も気になるな、付き合ったの? 告白したの!?」
スピンも悪乗りにのってからかってくる。こいつ半年前のおどおどした部分を残しながら魔物との度重なる戦闘をしたのだろう。少し度胸がついているようだ。相手にすると絶対恥ずかしいこととか掘り返される。
――よし、逃げよう
踵を返して走る。
「あっ、逃げた」
「はっや」
急いで追いつこうと走っているようだが距離は離れていく。
後ろから、絶対聞き出してやるからな、など聞こえてくる。実際、一か月くらいはナッツ村に滞在するため何回も聞かれることは確かで少しうんざりするとともに久々にこんなバカなことが出来て楽しんでいる自分に気が付き少し笑ってしまう。
◇
夕方中にはプロヴァンス邸に着きたいとのことで14時くらいだがソフィとアリサさんは帰るらしい。
帰る前に話があるとアリサさんに言われ二人きりになる。アリサさんと二人で話す機会は意外と少なかったことに気づき何の話か見当もつかない。
家の裏手に着くといつもは見せない優しい顔で話しかけられる。
「ミスリィ様に魔法実技試験の様子を聞きました。ミスリィ様いわく、セトは周りに恵まれていない、いや逆に恵まれすぎているのではと言われました」
「どういうこと?」
「私もその時は分かりませんでしたが、今日この村を周りあなたの交友関係を見て分かりました。あの二人は自己流のため基礎は一部出来ていないかもしれませんが、尖っている部分は尖っていてなかなか面白い実力をしています」
「カズヤとスピンのこと?」
「そうです。あの中で育ち、ソフィア様という実力が上の人としか接してこなかったため同年代の実力が分からなかったのだろうと思いました」
遠回りだが、軽く笑いながら褒めてくれているのが分かる。軽く笑った後、真面目な顔に戻る。
「おそらくトレイン学院の学生の中で一定数注目をあれで浴びたと思います。平民であるからといって排斥しようとする人もいます」
「…おとなしく目立たなくしろと?」
「それでもいいですが、逆に存分にのびのびやられても大丈夫です。そういった手合いの者は我々プロヴァンス家に任せて学生らしく楽しんでください。それを伝えに来ました」
何から何までプロヴァンス家には頭が上がらない。ナッツ村の問題を解決するという明確な目標もできたことだし学院では解決策を思いっきり見つけだそう!
「トレイン学院では若干ですが平民への風当たりが弱まったらしいです。それについては入学してから確認していただければ」
そう言い、アリサさんは戻っていく。何だろう? まあ今気にしてもしょうがないか。
◇
「じゃあね、セト君。学院に行くまでさよならだね」
「ソフィ。元気で」
ソフィと別れをした後のナッツ村での日々は家の手伝いや久しぶりの熊などの狩猟。そしてカズヤ、スピンと村に侵入した魔物の排除などで受験期とは異なる方向で忙殺されたが充実した日々だった。
そして入学の日。




