12話 学院下見
俺、母さん、ニア姉さんを乗せた馬車とソフィ、アリサさんを乗せた馬車の二台体制でトレイン学院に向かう。トレイン学院は校門を開け放ち部外者はある程度のエリアなら自由に出入りできる学院であり、それが入試まで一か月を切った休日でもその状態であるとのこと。
そこまでオープンなのは入試問題が盗まれることはないとの自信からなのか、単に前世でいう大学みたいに一般の人に開け放つのが普通になっているからなのか分からない。
どんなとこだろうねぇとか、寮に入ることは必須らしいから同室の人には失礼のないようにねなど他愛無い話をしていると馬車の扉をノックする音が聞こえる。今馬車は走っている最中なのにノックがあるのはおかしいとのことで警戒しながらドアを見るとソフィがドアにしがみついている。愕然としながらドアを丁寧に開けソフィを向かい入れる。
「ど、どうしたの?」
「そういえばご家族にお話ししたいことがあり、アリサがいると話せなかったからこちらに来ちゃいました」
そんな言葉を発するソフィに対して母さんとニア姉さんは完全に驚き固まっている。この二人から見てソフィは貴族のお嬢様でありおしとやかな姿しか見ていなかったためこのような行動は予想外だったようだ。いや、俺にとってもあまりにも予想外である。
「えーと、どうやってこちらに飛び乗られたんですか?」
「? 単純に飛び移っただけですけど?」
ソフィは意外とわんぱくで好奇心があるのは知っており何度か高い身体能力を発揮するところをフェレルの特訓で見ていたがこんなことも簡単にできるなんて、というより慣れていそうな雰囲気だしまさか何回もやっていたのではと思いたくなる。
「それで話なんですけど、以前私の友達ミスリィがうちに遊びに来た時、セト様の神託『行動回数増加』を知りました」
二人はさらに驚いている。ソフィの行動だけでなく自分が神託を明かしたことを。しかし、この後ソフィが何をいうのか正直分からない。何を伝えるんだろうと疑問に思っていると
「セト様は自分の神託が何か分からず苦悩しているようでした。でも安心してください、学院に入ったら色々な学生と交流しそのとっかかりが見えますし、私も一緒に悩みます。ですのでどうかこの関係を続けさせてください!」
そう言うとぺこりと頭を下げる。二人の反応を見ると素直でまっすぐ正直に隠し事をせず伝える律儀なソフィに感心するとともにいいおもちゃを見つけた表情を浮かべる。
「いやぁ、セトのことよろしくお願いいたします。ところで『この関係を続けさせてください』とはどういう意味でしょうか」
「あ、いや、その…」
自分がとんでもないことを言ったことに気づき何とか弁明しようとソフィはしているが矢継ぎ早に質問されてあわあわしている。
――下手に突っ込むとやけどするな
そう思い残念ながら助けを求めるソフィの目線を無視して窓の外に目をやる。ナッツ村からプロヴァンス邸に来る時の陰鬱とした森林を抜けた時とは違い、栄えている都市の周辺だからか見晴らしがよい丘を小石で整備された道の上を馬車が走っており非常にさわやかな気分になる。後ろが騒がしいが凄く晴れやかな気分だ。
時折ニア姉さんが大切にしなよ、などにこやかにからかってくるがそれらをすべて無視して外の世界に没頭する。
幾分か経つと流石にソフィが疲れたのか完全に丸くなって完全防御形態に移行している。そんな様子を見てみんなで笑っていると段々と民家もちらほら散見され、道に従って目線をやるとその先に街が見えてきた。だいたいプロヴァンス邸から30分くらいで着く距離であった。
◇
街に入りある程度進むとトレイン学院の正門に着いた。
めちゃくちゃでかい。正門というと前世でいう車が一台通れるだけの横幅しかない鉄柵を思い浮かべるがこれは違う。馬車がたくさん行き来するためか、何台もの馬車がすれ違えるくらいに広く、それに伴い門の大きさも高さが20メートルくらいはあるのではないか。
正門から正面に構える校舎には石畳が伸びており田舎出身とすると圧倒されるばかりだ。
突然の訪問であったため正門前で馬車を降りる。完全に田舎者丸出しの圧倒のされ方で家族みなが驚いている間にアリサさんは正門の受付で手続きをサラッと済ませてくれた。
「行きましょうか」
物怖じせずソフィが言う。こういうところが平民とは違うんだなとしみじみ思ってしまう。正門を抜けると正面の巨大な校舎に圧倒されていたが左右を見ると細かい建物がいくつも見える。きっと見えないだけで正面の校舎裏にも建物がいくつもあるのだろう。にしても広い、大学より広そうな感じがある。
「ソフィア様、これらの建物はすべて教室とか実験室なのですか?」
「うーん、そうと言えばそうです。ただ、教育用の実験室というより教員が使う実験室や設備が豊富でありそちらがメインですね。一応、申請して許可が出れば学生もその施設を使えるらしいですが」
やはり教員向けが多いらしい。学生数は一学年200人で三学年制なため生徒は600人しかいないのにこの広さは十分すぎて余りあるレベルだ。
「他にも、図書館や競技場が豊富にあるのでそれもありますけどね」
「にしても本当に広いわね、うちの村がすっぽり入っちゃいそう」
「流石にそれはないよ、お母さん。…無いよね?」
建物にはさすがに入れないので周りをまわるだけである。今日は休日のため人も少ない。少ないというのは他にも同じく受験生であろう人などがちらほら見えるためである。
そんなことを思っていると明らかに受験生ではない人が視界に入る。白をベースとして青の模様が入った制服を着ている女学生だ。優しそうな顔だちでありつつスタイルが良い。
「あら、今年の受験生かしら。是非この学校を楽しんで見ていってください。あなたたちが入学することを楽しみにしています」
そう優しい声で告げてくる。いい人だと思う一方、よく見ると少し疲れている顔をしている。そもそも休みなのになぜいるんだろうか、部活とかでも無さそうだし。そう思っていると後ろから声がする。
「シーモア、できたか?」
「はい、出来てはいました」
そう言い、シーモアと呼ばれた女学生はこちらに会釈して声の主に向かった。
声の主は四十代くらいの男性教員であった。いかにもな自信家で高圧的な態度をとってきそうな野心家っぽい雰囲気を感じる。二人はそのまま建物の中に入っていく。
何をしているんだろうと思いながら深くは考えず校内を巡り、学院の近くには何があるかの下見として街に繰り出す。学生向けの飲食店や遊び場もそこそこあり、トレイン学院の荘厳さとのギャップにちょっと笑ってしまうくらいだった。
その後の街での楽しみ方は、今の学生向け流行りがなんであるかを商売のためチェックする母さんと、純粋に楽しんでいるニア姉さんとソフィを眺めながらアリサさんとソフィやニア姉さんに会う服はどれかということを談義して終わった。
帰りは、皆はしゃぎすぎたためか疲れで寝てしまっており、俺自身も体力を使っていないと思っていたが学院・街の圧倒っぷりに緊張していたらしく馬車に腰を落ち着かせた途端疲れがどっと出てきた。
――試験当日にいきなり学院を目の当りにしたらパフォーマンスが平常時よりも落ちていたに違いない
そう思いつつ意識を手放した。




