10話 友達
神託だと…、そんなもの言えないに決まっている。
「あなたは、ずけずけと人の領域に入り込みすぎている。やめて欲しいのだが」
「へえ、ソフィの領地には簡単に入り込んだくせに」
「それはちゃんと招かれているからだ」
お互いバチバチに向かい合い、トゲのある言い方にシフトしていく。ソフィは急に二人がけんか腰になっていることにオロオロし始める。
(なんで? どうして? ミスリィちゃんどうしてそんなにセト君に言いがかりをつけているの?)
「確かに君はソフィを助けた。でも、試験対策含めた身の回りの世話や合格したら学院代も払ってくれるまで要求しているの?」
痛いところを突かれた。ソフィとそのご家族の厚意に甘えてこの環境にいるが、自分がやったことの対価として釣り合っていない気がしている。だんだんこのままでいいのか不安になってきた。そんな様子をみたミスリィは口角を上げる。
「おっ! 図星のようだね。少なくともソフィには伝えたほうがいいんじゃない?」
「わ、私は別に、…セト様が言い出したいときにでも」
ソフィがそう言いながらこちらをチラチラ見てくる。『言わなくても大丈夫です』ではなく、『言い出したいとき』って言葉を使っていることからもやっぱり俺の神託については気になっていたのか。申し訳なくなってくる。二人きりになった時に話そうか。
こちらの出だしをソフィが伺っているところに爆弾発言が飛んできた。
「ちなみに私の神託は『生命削り』だから」
「は?」
「ちょっと、ミスリィちゃん!」
さらっと自分の神託をあっけらかんと言った。ソフィの反応的に本当なんだろう。ミスリィはそれに留まらず矢継ぎ早に話す。
「私のざっくりとした理解だと、自分がピンチになればなるほど力が出るという神託だよ。体が弱い私にぴったりだね、ウケる。例えばねぇ、…」
「ス、ストップ、ストップ」
呆気にとられる。ここまで簡単に自分の神託を打ち明ける人は初めてだ。しかも、神託の方向性が違うとは言え俺の神託に似ている。しかし、なぜ打ち明けた? そういう性格というだけなのか?
「私は別に誰にでも簡単にいうわけではないよ。ただ、君を試していたお詫び的な?」
「どういうことだ」
「親友に変な虫がついたと聞いたら心配するでしょ。実力があるのは分かっていたから後はクズかどうか確認したかったの。だからわざと煽ってみた」
なんとなく察しはついていたがやはりそういう考えで俺に不審な目を向けていたのか。しかし、今こうしてみると謝りこそは言葉にしていないが少しだけ申し訳なさそうな顔をしている。しかしどこでそれを判断したのだろうか。
「なるほど、でもどこでそれを判断したの?」
「プロヴァンス家におんぶにだっこ野郎的なこと言ったでしょ。あの時に図星な顔をしたことと、その後神託をソフィに話そうと思っていた顔だったじゃん。それが決め手」
意外にも人をちゃんと見ている。友達思いだし、なかなか凄いやつだという評価になってくる。
「もし俺がクズだったらどうしたの?」
「え? そりゃもちろん、ここでボコボコにしてソフィから引き離していたよ」
「でもさっき俺が実力者であることを知っていたじゃん」
「そうだね、でも私は負ける気無いから」
ケラケラと笑いながら言っているが本気でそう思っている目だ。やはり少し怖いな。しかし、ミスリィのおかげで俺も今、決意できたことがある。
「そちらがお詫びにというのならこちらもお礼をしたいと思っている」
「なになに? 実力とかでも見せてくれるの?」
「俺の神託は『行動回数増加』だ。他の人にはそんなに言わないで欲しい」
今度は二人が固まっている。驚きすぎて声も出ないのだろう。してやったりと、ニヤッと笑う。
「えっ、えぇぇ!」
「あっはっは! あんた、面白いやつだよ」
完全に脳の処理が追い付かずパニックになって慌てふためくソフィと、大笑いをするミスリィの姿がある。
「それで能力なんだが…」
どこまで話すか少し悩んだがこんな風に人に神託を話すのは初めてであり下手に嘘をついたり一部を隠したりするより正直に話しちゃえと思う。
致命傷を負う攻撃や死んでしまう攻撃を受ける際には、一回その攻撃をまともに受けた光景が鮮明に脳裏に浮かんだ後、周囲がスローモーションになり自分はいつも通り動けるといったことを話した。
ソフィはもちろん、最初は笑いこけていたミスリィも段々真剣な表情になり話を聞いてくれた。
「そんな能力が。もしかしてオルトロスを倒した後セト様も倒れたのもこれが原因なの? 確かにあの時苦しみながら倒れていたけど、あの時はてっきりオルトロスの攻撃を受けていたからだと思ってました」
「その認識で正しいです、ソフィア様。こんな能力ですので周りの人に言いふらすのはやめて欲しいです」
「そうよね。私たちとしてもセト様の神託の説明は難しいですし、その約束もちろん守らせていただきます。 しかし、でも、…」
ソフィは約束を守ると言った後に何か腑に落ちないことがあるのか考え込んでしまった。
「いやあ、ひっどいの能力だねぇ。私としてはなんか似たような能力仲間ができてうれしいよ」
「やっぱりミスリィさんもそう思いましたか」
「ミスリィでいいよ、セト」
村を出て初めて同世代の友達ができたような感じがして感無量だ。というよりこの距離の縮め方はやはりギャルだな。すこしミスリィと盛り上がっているとソフィが割り込んでくる。
「セト様。失礼ですけど神託の中身と名前がちぐはぐな気がします」
「ああ、それは俺も思っていたが実際こういう能力だしなぁ」
「もしかしてまだ他に何かあるのでは? 実際そんな受け身のみの神託は無いとは言いませんが、少ないですし」
「他に何かって何か思いついたの、ソフィ?」
「いやそれは無いんですけど」
言われてみれば今までこの神託を使わないように立ち回ってきていたが積極的に使おうという意識はなかった。怖いがやってみようかと思って周りを見ると、結構山の奥に行ってしまっていた。
そろそろ帰ろうと提案しそのままプロヴァンス邸に向かう。館に着いたのは日没前の赤みがかった空と、太陽により作られた木々の黒い影が伸びている頃であり、遅い! と少しルドルフさんに怒られたりミスリィの母に心配されたりした。
保護者同士の話し合いが行われているときミスリィがこちらに近づいて小声で話を始める。
「セトはトレイン学院での平民の扱いがどんなもんか知ってる?」
「いや、聞いたこと無いけど」
「そうだよね、ソフィはそういうの言わないっていうより知らされてないと思う」
「何かあるのか?」
何か少し嫌な予感がする。前世でも貴族と平民の扱いの差が如実に出ている例はいくつも知っている。
「平民は下に見られがちで、貴族同士・平民同士で固まることが多いんだって」
やはりそういう系か。
「それは身分によるものなのか?」
「それもあるけど、平民の能力のほうが統計的に貴族の能力より劣っているんだって。それで平民のほうも若干その蔑みを受け入れている節もあるんだって。私としては幼少期からの英才教育がされているかどうかとかいう環境の差な気がするんだけどね」
なるほどね。そういう能力による差別もあるのか。
「教えてくれてありがとう」
「平民同士の友達でしょ。うまくやっていこうよ」
そう言い、ミスリィは俺たちに手を振り帰っていく。
初めてこちらで出来た友達だ。より一層頑張って学院に入ろうという気持ちと、学院内で他学生とうまくやれるか心配になってきた日だった。




