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第7話 ひからない

「嫌なら嫌って言いなさい」


 ユカちゃんはよくそう言った。私が学校でイジメられていた頃だ。


「『やめて』も『嫌』も、大声で言っていいんだ。恥ずかしいことじゃない」


 たった二文字、せいぜい三文字の言葉だ。たったそれだけの短い言葉で、私の意思を音として外側に出すことができる。こんなに簡単なことなのに、あの頃の私はなかなかできなかった。


 いや、今もだ。


 私は全然変わってない。


「やめて」も「いや」も、言えないままだ。


 きょうだいの中で本当のお父さんと交流があるのは、唯兄(ゆいにぃ)と私だけ。葉月と晴太、妹二人は、実父の顔すら知らない。一兄(かずにぃ)のお父さんは事故死してる。会おうと思っても、絶対に会えない。


 私は恵まれているんだ。


 血の繋がったお父さんがいる。誕生日プレゼントをくれるお父さんがいる。私を()()()()()()お父さんが、近くに住んでる。


 嫌だなんて言ったら、きっとバチがあたっちゃう。



◆◆◆



 父の部屋で二人きりで過ごすのは、長くても二時間ほど。会話は最初と最後だけ。話題はピーちゃんのことばかりだ。


 しかし、恐ろしいほど時が経つのが遅い。


『認識が鈍くなるから』


 時の速さの感覚について、八幡ちゃんはこう言っていた。


 確かにそうかもしれない。


 この部屋にいる間中、私は認識を鈍くしている。


 正確には、彼が私に触れている間、私は認識を鈍くしているのだ。


 感覚なんて消えてしまえばいい。そんなことを願いながら。認識を極限まで鈍くすること、感じなくなることは、すなわち、私ができる最大の防衛反応なのだろう。


 けれどもそんな防御行為のせいで時間がゆっくりにしか過ぎていかないというのは、なんて皮肉なのだろう。


 秒針の音を聞いて気を紛らわす。


 はるか頭上で、ピーちゃんの呼び鳴きの声がする。


 悲しくなる。


 悲しくなると、とたんに肌に感触が蘇ってくる。


 背中には薄いカーペット、私は横たわっている。上から陸橋の如く覆いかぶさってくるものがあるから、起き上がることができない。自由はない。


 はっ はっ はっ


 持久走の時の自由で健やかな呼吸とは正反対の、囚人みたいに惨めな吐息の音。


 おぞましくて、おぞましいという表現を使いたくなくて、触れあっていることを考えないようにする。


 認識が鈍くなる。


 秒針の音に粘り気を感じる。


 ああ、早く終わって。お願い。



 私の感情も、私の意思も


 光るはずないじゃないか。




 そんなもの、消えてしまえ。





◆◆◆





 分かってるよ、悠里ちゃん。

 あの時聞けなかったけど、本当は聞かなくても分かってた。血が繋がっていてもいなくても、父親と娘は普通ベロチューなんてしない。

 お尻も胸も触らせないし、裸なんて見せ合わない。当たり前だよ。しないよ、そんなの。性交渉なんてするわけない。

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